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『灯さんが、好きだから』


 駅前のロータリー。僕たちはいつもそこで待ち合わせをしていた。


 そして、今日も。


 緊張でずっと胸が早鐘を打つのがわかる。なんなら今すぐにでも逃げ出したいくらい。でも、それ以上に……早乙女さんに会いたい。


 人の往来が激しい駅前は、人を探すのには向かない。見つけるのも一苦労だから。


 だけど、僕にはすぐにわかった。人の間を縫うように歩いてくる女性、それは僕がずっと恋い焦がれてきた人。


 人混みの中でも見つけられる、何故か彼女が輝いて見える。


「久しぶり……だね」


 それは早乙女さんも一緒だったのかな、なんて自惚れてみる。だって早乙女さんもまっすぐ僕に向かって歩いてきていたから。


「お久しぶりです」


「……行こっか」


 頷く。早乙女さんは背を向けて歩き始め、僕は隣を歩く。いつもは他愛のない話をしたり、仮に無言でも気まずさは無かったけれど……。


 今日は、なんか……気まずい。


 行く場所はいつものファミレス、話すのなら腰を落ち着けられる場所が良いとの事だったけど……。


 無言で歩き続ける。気まずさから話題を振ろうと思ったけれど、何も思いつかない。だから無言。


 その無言はファミレスまで続くかと思っていたけど、早乙女さんの足が突然ピタリと止まった。


「ごめん……五十嵐くん、やっぱダメだぁ」


「早乙女さん?」


 彼女の横顔を見ようとするけれど、顔を背けて表情を隠す。


 何かを無理やり抑え込むような感じで、声を絞り出していた。


「うん、泣いちゃう。だから……私の家にしよっか」


「え……良いんですか?」


「五十嵐くんは大丈夫だよ」


 嬉しかった、なんだか認められたような気がした。


 初めて会った時に一度だけ入った早乙女さんの家。でも、あの時は女性だって勘違いされていたからノーカンでも良いのかな。


 今回は僕が男だって分かった上で招待してくれている。


 なんだか余計緊張してきたな……。


「行こ」


 そう言って手を伸ばし…………僕の裾を摘んだ。


「あの……?」


「逃げ出すかもしれないからね」


 確かに、早乙女さんと合流するまでは何度逃げようかと思ったか。だけどもう……。


「逃げませんよ」


「……どうだか」


 言いながら悪戯っぽく微笑む顔は……やっぱり早乙女さんだった。


 ああ、やっと早乙女さんに会えた。今更ながら実感が沸いてきた……と同時に、裾を掴まれて手を引かれる姿が恥ずかしく思えてきた。


 だけど、逃げ続けた僕に拒否をする資格は無くて。早乙女さんの家に辿り着くまでずっとこのままだった。



――――――――――



「好きなところに座って」


 通された室内。一度来ただけなのに記憶にはしっかりと残っていた。


 隣には寝室があって、ベッドの上にはぬいぐるみが三つ……。


「あ……」


 今は四つあった。僕が遊園地であげた大きなぬいぐるみ。


 ぼうっと寝室の方を見ていると、早乙女さんが慌てて扉を閉める。


「女性の寝室をまじまじ見るものじゃないよ?」


「ご、ごめんなさい」


 慌てて目を逸らし、テーブルに向かい合ったソファーに腰掛ける。


 所在なく辺りを見渡してみると、可愛らしい小物がちらほらと置かれている。やっぱりこの辺りはとても女性的なんだな、と今更だけど思う。


 テーブルの上に置かれたロウソク。……なんでロウソク?


 凄く太くて短い。ロウソクにしては色も白くないパステルグリーンだ。……これは……?


「それ、アロマキャンドル」


「ああ、あの……っ」


 名前しか聞いたことがない。へえ……こんな見た目をしてたんだ……。


「どうぞ、コーヒーでいいよね、コーヒーしか無いし」


「はい、大丈夫です」


「ミルクと砂糖は二つずつ入れておいたから」


「…………ありがとうございます」


 ブラックが苦手なのは見抜かれてるみたいだ。


 僕も早乙女さんのコーヒーを一口。お茶請けにと出してくれたクッキーを一ついただいて……。って、これ例の数量限定のクッキーじゃ……?


「あ、わかった? また五十嵐くんと食べようと思って頑張ったのよ?」


「いいんですか?」


「もちろん。…………それで?」


 唐突に切り出される本題。僕は思わず居住まいを正す。


「どうして私に彼氏がいるって思ったの?」


「…………それは」


 誤魔化すべきか、正直に言うべきか。


 …………誤魔化しても、しょうがないよな。正直に言おう。


 仕事だと言ってた休日。駅で二人で何処かに出かけようとしていた後ろ姿。


 手に持った大きなカバンは旅行用に見えて。僕はその姿を黙って見送るしか出来なかった。


「だから、彼氏と旅行に行くって言いづらくて、仕事って言ったのかと……」


「………………」


 僕が言い終わるまで早乙女さんは黙って聞いていた。


 表情の変化は無く、どう思っているのかは一見してはわからない。


「……あのね、五十嵐くん」


「はい……」


「あれ出張だったんだけど」


 …………しゅっちょう?


「出張…………出張?」


 言葉にピンと来ない。


「県外に商品の売り込みに行ってたのよ、県外だから泊まりになっちゃってね。戻ってきたのが日曜の夕方ってワケ」


「………………は~……」


 出張……。


「出張って……あの?」


「あの」


 オウム返しに頷く早乙女さん。


 ……そっか、出張か…………って、泊まり?


「……同じ部屋ですか?」


「そんなわけないでしょ、別々の部屋よ」


「……………………良かった~……」


 どれにだろう?


 出張だったこと? 別々の部屋に泊まったこと? それとも彼氏じゃなかったこと?


 ……全部かな?


「どうして?」


「え?」


 彼女の顔を見ると、真剣な表情をしていた。いつものからかうような表情じゃない。


「どうして良かったの?」


「…………えっと、それは……」


 なんて言おうか。


 本当に仕事で、泊まりだけど別々の部屋で寝ていて、単なる同僚で彼氏じゃなかったから。


 この言い方だと早乙女さんを疑ってたみたいな言い方になるよね……。


「私は、今日までずっと寂しかった」


「ぁ…………」


「電話にも出てくれない、休みの日だって会えない。ずっと寂しかったの」


 そうか。思ったことを正直に言うんじゃダメだ。


 もっと根本的な……。


「僕は……早乙女さんが――うわっ!?」


 突然顔に覆いかぶさる感触。早乙女さんが抱きついてきたと理解するまでは、少し時間が必要だった。


「癒やされたかった、五十嵐くん…………光くんは、私にとって癒やしそのものだったから。だから、今は不足分をチャージしてる最中です」


 泣くのを堪えているかのような声。勝手に勘違いして、こんな思いをさせていたなんて……。


 僕はバカだ。


「僕は、ショックだったんです」


 僕も早乙女さんの背中に手を回す。


 頭を抱きしめる力が強くなった、少し苦しいけど構わない。僕も手に力を込めた。


「早乙女さんに彼氏がいるって思って、ショックだったんです」


「……どうして?」


 それは……。答えなんて、決まってる。


「……灯さんが、好きだから」


「…………」


 そうだ、彼氏がいるってショックを受けたのも、嘘をつかれたと勘違いしてショックを受けたのも。


 全部――――彼女が好きだったから。


 今更自覚するなんて、遅すぎると思う。


「僕は灯さんが好きです、機転が利くカッコいい所や、とっても可愛らしい笑顔。それに『デキる』女性をやめたい、と思ってる小さな弱さも、全部好きです」


「ちょちょちょちょ!? どうしたのいきなり、恥ずかしいよ」


「でも、付き合ってくださいなんて、言いませんから」


「え?」


 灯さんが離れる。手を肩に置いて覗き込むその顔は何処か不満げで。


「だって、年齢差とか……僕も男らしくなんてないし……」


 不満げな表情から膨れっ面に。肩においていた手は僕の頬に伸びて……。


「いひゃいです」


 引っ張られた。


「男らしくなりたいなら、特等席に入ればいいのに変な遠慮するからよ。……本当に良いのね?」


「……何がですか?」


「私が他の人と付き合っても」


 …………良くはない。嫌だけど……僕は彼女に相応しくないから。


「他の人と、さっきみたいに抱き合うかも。キスだってする」


「………………」


 嫌だ。嫌だ、だけど。


 灯さんは僕の耳に唇を近付け、囁くように。


「キス以上のことだって……するかもよ?」


 ……嫌だ!!


 思わず灯さんの背中に手を回した。離すもんかと力を込めて。


「嫌です! そんなの……絶対に……!!」


「…………だよね。私も光くん以外としたくない。…………なら、なんて言うの?」


 それは、まるで母親が子どもに教えるような言い方。


 だけど僕の口は勝手に開く、望んでも届かなかったはずの願いを口にする。


「僕と付き合ってください……僕の、彼女になってください……!!」


「あはは、よく出来ました…………答えは、もちろん」


 灯さんも僕を抱きしめてくれる。優しくて、温かい。


「もう、離しちゃダメだからね?」


「はい――!!」

読んでいただきありがとうございました。


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