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『僕は早乙女さんのことが』


「なんかお前元気ねぇな」


 昼休み。


 教室で自分の作ったお弁当を食べていると、向かいに座っていた瀬戸くんからそんな事を言われた。


「え、そ、そう?」


「ああ、だって……」


 瀬戸くんの指は下へ。その指を追いかけてみると……。


「全然食べてねぇんだけど。つーかなんだその弁当」


 ……確かに。全然減ってない。というか盛り付けたお弁当そのままの形だった。


 そしてご飯しか盛り付けられていない。ご飯をおかずにご飯を食べるつもりだったんだろうか。


「……はぁ」


 溜め息を吐いてお弁当箱に蓋をする。どうも食欲がわかない。


「この前見かけたお前の友達の事――」


「おーい、五十嵐」


 教室の入口から呼ばれる声がした。視線を向けると、そこにいたのは土井先生。


 先生は僕の姿を見つけると、気怠そうに僕らの方まで向かってくる。


「なぁよ、この前の美女のことだけど……」


 僕の肩がビクリと震えるのが自分でもわかった。


 今は早乙女さんの事は考えられないし…………話したくない。


「なあ、土井ちゃん」


「あの人、誰かと付き合ってんのかな? もしも付き合ってないんならよ」


「土井ちゃん、おい土井ちゃん」


 付き合ってる人なら……いるんだと思う。


 駅で見かけた、背中しか見ていないけれど……あの人は、きっと彼氏なんじゃないかな。


 確かめようがないし、確かめるのが……怖いけれど。


「今度聞いといてくれよ、なあ」


「土井ちゃん、ちょっと来い」


 瀬戸くんは土井先生をズルズルと教室の外まで引きずっていって……そのまま蹴り出した。


 教室のドアを閉めて鍵を掛ける。


「瀬戸ぉ!! お前先生を足蹴にしていいと思ってんのか! なぁおい!!」


「うるせえなあ」


 顧問の先生と友人との出来事のはずなのに、何故だか僕は……何処か遠い話のようにそれを見ていた。


 ………………


 …………


 ……


「俺は確かめてみればいいと思うんだけどな」


 下校中、隣で歩く瀬戸くんがおもむろにそんな事を言い出した。


 …………っていうか、あれ? 下校? いつの間に終わったんだろう?


「……何を?」


 わかってる。わかってるけれど、聞き返さずにはいられない。


 そして瀬戸くんの口から聞かされる言葉も、聞きたくない内容だということも……わかってる。


「彼氏いるんですか? あれは彼氏だったんですか? ってな」


 悩むこと無くまっすぐに言うあたり、とても瀬戸くんらしいと思う。


「いつまでもうじうじ沈んでても、何も変わんねえぞ。自分の気持ちを精算するなり、決着を付けるためにもな」


「決着……」


 ……というか。


 僕は早乙女さんのことをどう思ってるんだろう?


 本当はなんとなく分かってる気がする。ただ、言葉にしていないだけで。


 考えながら俯いていると、瀬戸くんが歩みを早めて前を歩き始める。


 慌ててついて行こうと足を早めるけれど。


「もういいや、今のお前つまんねえ」


 背中越しに冷たく言い放たれ、僕の足は……止まってしまう。


 振り返りもせず、そのまま雑踏の中に瀬戸くんの背中は消えていく。


「僕は、早乙女さんのことが――」


 小さな呟きは、夕方の風に乗って何処かに運ばれていった。


 ……その後はどう帰ってきたか覚えていない。


 気が付けば自分の部屋で、ぼうっと天井を眺めているだけ。


 そんな時だった、脇においていたスマホが震え始める。


 画面を見て電話の主を確かめると――


「……早乙女さん」


 心臓の鼓動が早まるのを感じる。出るべきか、出ないべきか、それを考えるだけで息が乱れる。


 あれから毎日のように電話がかかってくるけれど、僕は敢えて出ないようにしていた。


 早乙女さんの声を聞くと、何を口走ってしまうかわからないから。


 だけど夕方の瀬戸くんの声が頭の中に響く。


――つまらない。ああ……確かに今の僕はつまらない。


「…………もしもし?」


 思い切って電話に出た。電話口から聞こえてきたのは。


『……あ、五十嵐くん? よかったー、元気してた?』


 明るい早乙女さんの声。聞いただけで胸が高鳴るのがわかる。


 長い間聞いていなかった声。耳が求めていたんだな、ってわかるくらい満たされていく。


『一ヶ月ぶり……くらい? 久しぶりだね、テスト期間中とかだったのかな?』


「…………ええ、はい、そうなんです。連絡できなくてすみません」


 嘘だった。テストは来月でまだ先の話。


 泣きそうになるのを必死にこらえ、雑談に花を咲かせる早乙女さんに相槌を打つ。


 ……だったんだけど。


『…………ぐす』


 鼻をすする音が耳に届く。


「……風邪ですか?」


『ううん……違う、そうじゃないの…………なんか、五十嵐くんの声を久しぶりに聞いたら、なんか……泣けてきちゃって』


 その気持ちは……僕にもよく分かる。


『あはは……なんか、変だね。ごめんねー?』


 取り繕うように笑う声を聞くと、僕はもう――我慢の限界だった。


「うっ…………うああぁぁ……ごめんなさい、ごめんなさい早乙女さん……」


『えっ!? ちょ、ちょっと、どうしたの!?』


 ずっと胸にしまってグルグルしていた感情が、彼女の声を聞いただけで溢れ出す。


 溢れた気持ちはもう止められなくて、変なことを口走りそうになる前に、涙と一緒に出してしまおう。


「テストとか、嘘なんです……! ほ、本当は、気まずくて、なんか、胸の中ぐちゃぐちゃしてて……!!」


『……気まずい?』


 電話越しで見えないはずなのに、僕は何度も何度も頷く。


「言っちゃいけないのに、話しちゃいけないのに、でも言いたくて……話したくて……自分のわがままに嫌気が差して……!」


 嗚咽と共に、僕は言葉を続けていく。


 変なことを口走りそう、なんていう不安は既にもう無くて。全部洗いざらい話すつもりになっていた。


 早乙女さんは電話の向こうで、鼻をすすりながらも聞いていてくれているのがわかる。


「会って、まだそんなに経ってないのに……僕の中で、早乙女さんがとっても大きくなってて……だからこそ、苦しくて!」


『……五十嵐くん?』


「言ってしまうだけ迷惑をかけてしまうって、自分の中で何とかするべきだって思ってたのに、もやもやはどんどん積もっていって」


『あ、あの……私も……その、えっと…………あの、今度会って話さない? ね?』


 会って話す? ダメだ、ダメだよそんなの。


 彼氏がいるのに…………って、ああそうか。


 僕は勝手に、早乙女さんには彼氏がいないと思い込んでいたんだ。


 無意識で淡い恋心を抱いていて、それが自然に花咲くのを待っていた。だけど現実は違っていて。


 元々僕にチャンスなんて無くて、咲いてしまったそれは行き場のない感情で僕の中をぐちゃぐちゃにした。


「ダメです……ダメなんです…………もう……」


『ちょ、ちょちょちょちょっと、ストップ! 電話で言うにはあまりにも……!!』


「彼氏さんに、申し訳が立ちませんから……!」


『………………ちょっとストップ、マジでストップ、良い?』


 声のトーンが変わるのがわかった。


 何処で知ったの? とか、なんで知ってるの? とか。


 そんな感じのことを言われるのだと思って、駅前で見たのをそのまま伝えるつもりでいた。けれど。


『私彼氏いないけど?』


「へ――――?」


 僕の涙が一瞬で引っ込んでしまうくらいの驚きだった。

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