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『っていうか、なんでビデオ通話なんですか?』


「おい五十嵐、瀬戸」


 放課後、帰宅する為に廊下を歩いていると背中から声が掛かった。


「土井ちゃんじゃん」


 瀬戸くんと共に振り返ると、そこにいたのは科学教師の土井先生だった。


 ボサボサの頭に気怠そうな顔、着古した白衣を雑に着た男性教師であり、そして……。


「お前ら部活いつ来んだよ」


 僕らが入っている部活の顧問でもある。


「欠席率が高えと、後々俺が困るんだよ」


 瀬戸くんは僕を見る。その顔は何故か疑問符まみれだった。


「土井ちゃん、俺たち部活入ってたっけ?」


「ったりまえだアホ。部活必須の高校に来といて何言ってんだお前」


 僕もそんな予感はしていたけれど、案の定瀬戸くんは忘れているみたいだった。


 かくいう僕も、土井先生に止められるまで部活の存在を忘れてはいたけど……。


 …………って、あれ、何部だっけ……?


「俺たち何部に入ってたっけ?」


「動研だ動研。動植物研究部……やっぱり忘れてやがったな」


 はあ、とこれ見よがしな溜め息を吐いてボサボサの髪をガシガシとかきむしる。


「頼むぜ、ただでさえ部員数ギリギリなんだから、あんまり休まれると廃部になっちまう。俺やだぜ? 運動部の顧問とかさせられんの……」


 ふんだんに私情が混じっている気がするけれど、この先生なら仕方がないのかな……と思う。


 土井先生は高校きっての事なかれ主義。いかに自分が楽に過ごすかを第一に考えたズボラな教師という評判だった。


 屋上に不法に侵入しようとした生徒をたまたま見つけた時は『俺がいない時に入ってくれ』といって追い返したり。


 自分の受け持ったクラスの出欠を取っている時も『あいつ遅刻かよ……めんどくせえ、出席にしとこ』というのは有名な話みたいだ。


 担任に土井先生が当たれば、多少の遅刻なら多めに見てもらえるし、基本的に不干渉なために割と自由に過ごせる一年になると皆歓喜する。


「土井ちゃんそんなんでよくクビにならねぇよな」


「世渡り上手なもんでね……」


 小脇に抱えたバインダーを取り出して、ボールペンで何かを書き込む。


「んじゃ、五十嵐と瀬戸は週末のフィールドワークに強制参加、ということで」


「フィールドワーク……ですか?」


「ああ、そろそろ活動実績も作っておかないといけないからな……河川敷でも行って、適当に実績になりそうなもん見繕おうかと思ってんだ」


「ダリーんだけど」


「お互い様だ、じゃあ土曜な。来なかったら内申点大幅に減らしてもらうからな」


 瀬戸くんの不満を一蹴して、土井先生はまるまった背筋を伸ばしながら去って行く。


 残されたのは沈黙と、不満そうな瀬戸くんだけ。


「まあ、しょうがないよ。ここまで不真面目でも在籍したままでいてくれるのって、土井先生のところしか無いだろうし」


「あー…………まあ、そうだな」


 ………………


 …………


 ……


「……というわけで、土曜日は出掛けないと行けなくなってしまって」


『そうなんだ、大変だねー』


 その日の夜、僕は早乙女さんに電話で話していた。


 自室のベッドで横になりながら、スマホの画面に映った早乙女さんを見る。


 ラフな格好に薄手の上着を羽織った、普段は見ることのない格好。


 ソファーにもたれて座りながら、カメラ越しに僕を見つめていた。


「っていうか、なんでビデオ通話なんですか?」


『んー……なんとなく?』


 楽しそうに笑う早乙女さんを見ると、深く追求は出来なくて。


 まあいいか――なんて思えてしまったりする。


『でも、フィールドワークって何するの? そもそも動研って?』


「動植物研究部といって、生き物であればなんでも研究の対象になるっていう……まあ、かなりざっくりとした部活ですよ」


 入部したっきり数える程度しか行っていないので、何をする部活なのか未だによく知らなかったりする。


 土井先生も保身のために言ってきたわけだし、僕も内申点という保身のために行かなきゃならない。


『ふ~ん……それで河川敷に?』


「ええ、たぶん草とか花とか研究するんじゃないかと……」


『なるほどねえ……』


 しかしそれ専門の人でないと、研究するとか言われてもこんな反応になるよね。


 僕も正直気乗りはしていないし…………ってそうだ。


「早乙女さんって学生時代部活ってしてました?」


『してたよー、水泳部』


 水泳部なんだ。意外と言えば意外かもだけど……いや、ピッタリなのかな?


 デキる女性は文武両道でないと、みたいな感じで。


『デキる女性は文武両道でないと……って思ってね。陸上部と悩んだんだけど、私泳ぐの好きだったし』


 ドンピシャだった。一語一句間違っていないことにちょっとした達成感を感じる。


『こう見えて大会とかにも出たことあるんだよ?』


「そうなんですか? やっぱり優勝もしたんですか?」


『んーん、出場経験有り……ってくらいかな。やっぱ上には上がいるもん』


 過去のことだからか、特に気にしている様子はない。元々勝ち負けにこだわっていなかったのか、時が過ぎたから悔やむことじゃないのか、どちらかは定かじゃないけれど。


『もう長いこと泳いでないなぁ……思い出したらちょっと泳ぎたくなってきたかも』


「今度、温水プールにでも行きますか?」


『……………………ちょっと待ってて』


 おもむろに立ち上がり、カメラの外へと出て行った。


 何やらごそごそという物音がしたかと思うと。


『うわ』


 という声がした。


 またもや物音がしたかと思うと、早乙女さんはカメラの前へと戻って来る。その表情は立つ前より暗かった。


『……ダメ、行けない』


「どうかしましたか? あ、水着が虫に食われてたとか?」


『まずはウォーキング、そしてランニングにしよう。体を作らないと……』


 二の腕を揉みながら神妙な表情。でも、そこまでかなぁ……?


「じゃあ、今度の休みには僕も付き合いますよ?」


『良いの? だって五十嵐くん……』


 早乙女さんの言葉はそこで止まった。ええ、言いたいことはわかるけど。


 僕の運動神経は決して良いとは言えない。でも、だからこそなんだ。だからこそ運動をしないと。


「よくよく考えれば良い機会ですよ。最近、出掛けては食べてを繰り返してますし」


『……そうだよねえ、たぶんその結果だよねえ……』


 少し落ち込んだ様子を見せる。


「でも、早乙女さんはとっても綺麗ですよ」


 画面の向こう側では少し驚いたような顔を見せる……けれど、すぐにイタズラっぽい笑みに変わる。


『ありがと、五十嵐くんも可愛いよ』


「……僕は言われても嬉しくないですよ」


『あはは、知ってる』


 もう何度一緒に出掛けたのかな?


 最初の頃のお互い距離を取りながらの時とは違い、少しだけ距離が近くなった気がする。


『じゃあ、動植物を研究した後は私のことも研究してもらおうかな』


「して良いんですか?」


『ダメ』


「なんで言ったんですか」


 お互いの軽口に笑い合いながら、ふとカメラの端を見ると。


 僕がプレゼントした巨大なぬいぐるみがソファーの端に鎮座していた。


「ちゃんと置いてくれてるんですね」


『ん? ああこれ? もちろん、高かったんだし』


 値段の問題じゃないんだけどな。そんな表情が出ていたのかもしれない。


『冗談よ、せっかく貰ったものだしね』


 そう言って微笑む表情は、今のこの時間を楽しんでくれているように見える。


『あ、もうこんな時間かあ』


 時間を確認すると、確かに。もう寝た方が良い時間だった。


 あまり眠くは無いけれど……明日に響くと良くないし。


「じゃあまた来週、ですね」


『うん、じゃあまたね』


 手を振って通話をオフ。早乙女さんの楽しそうな声が余韻となって部屋に残っていた。


 いつまでも浸っていたいけれど……そんなわけにもいかない。


 学校の準備と、週末のフィールドワークに向けて……色々準備しておかないと。



――――――――――



 一方、その頃。


「…………よし、こんなもんかな」


 壁に掛けたカレンダーを見る。


「ふふ、五十嵐くん驚くかなあ」

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