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『五十嵐くんは、ちゃんと人に寄り添えてるよ』


 こんな会話から始まった。


「最近、彼氏が浮気してる気がするんだけど……」


 ざわざわという喧騒を聞きながら、ミートボールをぱくり。ボイルする出来合いのものだけど、美味しいなぁ。


「どうすれば良いと思う?」


 ミニトマトをぱくり。中身の果汁がじゅわりと口内に広がる。うん、美味しい。


「後を尾行するとか? それで現場を押さえて……サクリ、とか」


 サクリってなんだろう。いや、深く考えるのはやめよう。それよりも僕は冷凍のコーンクリームコロッケをサクリ……と。


「はい! スマホを勝手に見る! メッセの証拠とか残ってるだろうし、その証拠を元にサクリ!」


 どうして皆サクリをしたがるんだろう。というかサクリってなんだろう。


「じゃあ、五十嵐くんはどう思う?」


「え、僕も?」


 もちろん、と女子三人に頷かれる。


 ここは教室、そして昼食時。


 今日は瀬戸くんがサボり……自主休校…………いや、病欠のため、僕は女子の輪の中に逃げ隠れ潜んでいた。


 彼がいないと、僕は男子の中には怖くて混ざることが出来ない。そう考えると情けないけれど、背に腹は代えられないってやつだ。


 だから僕は甘んじて女子の中に混ぜてもらっている。そう、甘んじて。決して楽だからとかじゃない……うん。


「ほら、五十嵐くんも言ってよ。じゃないとあそこの男子の中に放り込むよ?」


 首だけで場所を指す。その場所を見てみると、大笑いをしながら昼食をむさぼる男子というケダモノの群れ。


 あんな中に放り込まれたら、僕は一生お婿に行けないかもしれない。それだけは嫌だ……!


「え、え~と……彼氏のことは、好きなんだよね。なら信じて待つ、とか。確信を持てるまで時期を待つ……とか?」


「………………」


 三人が僕を見つめる。


 こ……答えを、間違ったのかな……?


 間違っているかどうかの答えは、三人の盛大な溜め息と共にすぐに理解した。間違ってたみたいだ。


「なんか男らしくない」


 うっ。


「なんというか、事なかれ主義って感じで消極的」


 ううっ。


「自分がいざその立場になっても、悩んでるだけで何もしなさそー」


 うううっ。


「というわけで、失格! まだまだ男らしさには程遠いね~? 五十嵐 光くん?」


「う~……」


 女子にもこうやってからかわれている僕だけれど。


 それでも直接的な接触がない分、男子よりもマシだと思えてしまう。


 ……慣れって、怖いなあ。



――――――――――



 そして週末。


 駅前で早乙女さんと待ち合わせ中のことだった。


 予定の時刻よりも二十分前。ふと視線を巡らせると遠くから早乙女さんが歩いてきているのが分かった。


「早乙女さーん」


 僕は少し大きな声を出して、大きく手を振る。早乙女さんも僕に気付いたのか、手を振り返してくれた。


 そんな時だった、早乙女さんとすれ違った女性が、何かに躓いたように転びそうになる。


 女性を、早乙女さんは咄嗟に支える。間一髪、女性は倒れずに済んだようだ。


「大丈夫?」


「は、はい……っ!」


 早乙女さんの確かめる声に、女性は顔を赤くして返事をする。


 真っ赤になりながら頭をペコペコと下げ、早足で去って行く。その一連の流れを、僕は熱に浮かされたように眺めていた。


「お待たせ五十嵐くん…………どうしたの?」


「……カッコいい…………僕もそうなりたいんです!」


 僕の心からの称賛に少し照れくさそうな素振りを見せる。


「五十嵐くんだってタイミングがあえば出来るわよ、きっと」


 照れ隠しなのかフォローなのか、どっちかわからないけれど。


「それはないですねっ」


 僕はすぐに答えて言い切る。


「むしろ僕は転ぶ側です。というかついこの間転びましたもん」


 あの時は誰も助けてくれなかった。あ、いや、いるにはいたけれど、何故か軽薄な笑みを浮かべていたのでお礼もそこそこに立ち去った。


「ほら、これその時の怪我です」


 スキニーを持ち上げて靴下を下げ、くるぶしのところの怪我を見せる。その時に擦りむいた怪我だった。


 もう殆ど治ってはいるけれど、かさぶたがまだ少し残ってる。


「綺麗な足ねえ……」


「っ……! ちょ、ちょっとっ、何処見てるんですか!」


「自分で見せたくせに」


 クスクスと笑う早乙女さん。僕は恥ずかしいやら情けないやら、顔を赤くしながらそっぽを向く。


「拗ねないの、ほら、行きましょう?」


 優しく頭を撫でられる感触。完全に子ども扱いされていることにもまた、恥ずかしいやら情けないやら……。


 僕の両肩を後ろから押して、駅前を離れていく。


 といっても、今日は特別な用事はなくて。ただファミレスで食事しながらお喋りするだけなんだけれど。


 ……あ、そうだ。この前の話題。早乙女さんならどうするだろう?


「そういえば、この前学校であった話なんですけど……」


「うん?」


 道すがら食事中におきた話をしてみることに。


 全部話し終わる頃にはファミレスに到着する頃だった、一旦話を区切って席まで案内してもらうことにした。


「私はー、ケーキセットとドリンクバーにしよっかな。五十嵐くんはどうする?」


「僕も同じものを」


「はーい、じゃあ取りに行こっか?」


 頷いて席を立ち上がり、ドリンクを取りに行って……戻ってきた。ちなみに今日はホットココア。


「……それで、浮気の話だったっけ」


「はい。僕は確信が持てるまで話をするべきじゃない、って言ったんですけど……」


「消極的で男らしくないって言われちゃったと」


 はい……。


 思い出してもしょんぼりしてしまう。


 早乙女さんはホットコーヒーを少し口につけて、テーブルの上に置いた。ちなみにブラックコーヒーだった、カッコいい。


「私が思うに、その子はもう別れるつもりだったんじゃないかな」


「え?」


 ついこの間付き合えたって喜んでたのに?


「別れるための理由が欲しかったんだろうね、背中を押してくれる何かが。なのに、五十嵐くんは引き止めるような事をいうから」


「え、でも……別れたいなら、別れたいって言えば良いんじゃ……」


「うーん、ダメだね。そんなことじゃ女の子にも男の子にもなれないよ?」


「女の子には別になりたくないんですけど……」


 とはいえ、そういうものなのかな。でも、確かにわかるかも。踏み出すための一歩の勇気を後押ししてほしい……っていうのは。


「誰だって、背中を押してほしいものなのよ。それは男女関係無くね」


「早乙女さんにもあるんですか?」


「もちろん。上司殴るのを誰か背中押してくれないかなー、とか」


 それは押せないなあ……。


「言わずとも理解してほしいものよ、言わなくても寄り添ってくれる子が……親友とか、恋人になるんじゃないかな」


 なるほど。そう言われると、僕もなんとなくわかる気がする。


「早乙女さんが、実は『デキる』女性を少しやめたくなってるところも、ですかね?」


「え……?」


 コーヒーを持とうとする手が止まった。僕の顔をじっと見つめる。


「ど、どうしました……?」


「お待たせしましたー、ケーキセットです」


 その時、ちょうどよく日替わりケーキセットが届く。一つを早乙女さんの前に置く、でも当の彼女はまだ僕を見ていた。


「どうして……やめたい、って思ってるって……?」


「いや、どうしてって言われると困るんですけど……なんとなく、無理してる感じがして……さ、食べましょう」


 二人の料理が揃って、一緒に手を合わせてから食べるのが慣例になっていたので、早乙女さんが手を合わせるのを待つ。


 僕の顔を見ながら、少し震える手で手を合わせ……。


「いただきます」


 そして、ケーキを食べる。今日はモンブランみたいだ……本当はタルトの気分だったけれど、でもまあ、うん、美味しい。


「でも、人に寄り添う……かあ」


 難しいな。誰にでも寄り添えることが出来れば、それはとっても素敵なことだろうから。


「大丈夫」


 短くそう言う早乙女さん。さっきみたいな驚いた顔じゃなく、なんか……何処となく嬉しそうな顔だった。


「五十嵐くんは、ちゃんと人に寄り添えてるよ」


「そう、ですかね?」


 モンブランをひとくち食べて、早乙女さんは笑顔を見せる。


「――うん」


 ………………


 …………


 ……


 週明けになって、先日相談していた女子の話を聞いてみると。


 週末に別れたらしい、どうやら浮気していたのも事実だったとのことで。


 会ったこともないのに理解できる早乙女さんは凄いなあ……僕も見習わないと。

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