『あー、ムカつく』
「早乙女さん、見積書ってもう出してくれた?」
渡された書類をデータ化していると、背中から声がかかる。振り返ってみると、営業の人だった。
「はい、もうメールで送付してますよ」
「え? あー、ホントだ。ありがとう」
足早に去って行く。その背中を少し見送って、さあ続き、とキーボードに指を這わせると。
「早乙女くん、この間の会議をまとめたファイルなんだけど……」
課長のデスクから声がした。まったくもう。
「デスクの上に置いてありますよ?」
「え~? 無いんだけど」
そんなまさか。午後に使うのはわかってたから、午前中にまとめて置いてあったはずなのに。
立ち上がって、課長のデスクのところまで歩いて行く。
……って、他のファイルに挟まれてて気付かなかったんだ。
「ありましたよ」
「ああ、本当。助かったよ」
いえ、と短く相槌を打って、自分のデスクに戻ると、何故か仕事量が増えていた。
なんで? と少しキョロキョロしていると。
「すいませーん早乙女さーん、後お願いしていいですかぁ?」
わざとらしい猫撫で声が耳に障る。終業三十分前だと言うのに、もう帰る準備をしている後輩がいた。
可愛いアピールを周囲に振り撒いて、どんなミスも許されてきた彼女は、どんどんと天狗になってきたようで。
自分の仕事を他の事務方さんに任せる……ううん、押し付けることが増えていた。
真っ向から返してもいいんだ……けど。
「…………うん、任せて」
「わぁ、ありがとうございます~」
角を立てる必要も無いよね。問答してる暇があったらさっさと終わらせる方が楽、うん、そう。
たぶん、後輩は残り三十分をトイレに立てこもって過ごすのだろう。
他人のことは放っておいて、さっさと仕事を終わらせよう。
………………
…………
……
当たり前だけれど、就業時間内に終わることは無かった。
他の同僚の人から手伝おうか? という優しい声をいただいたけれど、丁重に辞退。
部屋に残っているのは私と課長だけ。
その課長も自分の仕事が終わったのか、立ち上がってビジネスバッグを肩に掛けていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ。…………早乙女くん、他の人の仕事を手伝うのもいいけど、まずは自分の仕事を終わらせようね?」
…………は?
「……はい、すみません」
「キミが優しいのは解るんだけどね……じゃあ、お疲れ」
どうして私が悪いみたいな言い方だったんだろう。
そんなに大きい部屋じゃない、声だって聞こえていたと思うのに。
「…………はあ、ダメダメ」
こんなにささくれだってちゃ、普段しないミスをしてしまうかもしれない。気持ちを入れ替えて、まずは仕事を終わらせよう。
………………あー、ムカつく。
………………
…………
……
――昔から、カッコいい女性になりたかった。
努力した、遊ぶ暇もなく、恋をする暇もなく努力し続けてきた。
高校や短大の友達も、卒業と同時に連絡を取ることはめっきり減って、スマホの中に連絡先はあるけれど自分から連絡を取ってみようという気は起きなくて。
今では友達がゼロ人といっても過言じゃないのかもしれない。
いや、ゼロじゃないか。女の子みたいな顔をした男の子を思い出して、思わず笑みが漏れる。
だけど今日の仕事のことを思い出すと、やっぱり気分は滅入ってくる。
「…………はあ」
溜め息が漏れる。カッコいい女性になりたかった、誰からも頼られて、悩みを相談されても颯爽と解決してしまう女性に。
仕事を押し付けられ、上司より遅くまで残業することに嫌味を言われる未来は……想像してなかったなあ。
なんか……疲れたなあ。今日はコンビニのお弁当で済ませちゃおう。
自宅の最寄りのコンビニへ立ち寄り、おにぎり一個とサラダをカゴに投入。
後はお酒のロング缶を二つほど手に取って…………戻そうとして、やめた。
今日くらいはいいよね。ストレス発散も今日くらいは許されるはず。
今の私の背中、どう映ってるだろう。今日も仕事を頑張ったカッコいい女性? それとも仕事に疲れたただのOL?
ダメダメ、早く帰ろう。外でボーッとしてると気が滅入ってばかりだ。
ササっと会計を終わらせ、マンションのエレベーターでボーっとする。…………あ、階数押して無かった。
今日はそれだけ精神的に疲れてしまってるんだろう。エレベーターの駆動音がなんだか落ち着く。
だけど無限に続くわけじゃない。エレベーターの扉が開き、私は追い出されるように外に出る。自分の家まで歩こうとする、と……家の前に誰か立っていた。
格好からして……配達の人?
「あの……」
私は声を掛ける。
「はい? あ、えっと……早乙女さま、でしょうか?」
伝票を確認して、私の名前を確認。私は頷いて応えた。家の鍵を開けて、家主であることをアピール。
「ここにサインをお願いします…………はい、ありがとうございました!」
元気よく帰っていき、残されたのはとんでもなく大きな段ボール箱。
…………なんだっけ、これ。まあいいや、とりあえずお風呂に入りたい……。
ズルズルと引きずって玄関先に引き入れ、家の鍵を閉める。
シワにならないようにスーツはちゃんとハンガーに掛けて……さ、お風呂に入ろっと。
………………
入浴後、お酒を飲みながらモシャモシャとヤギのようにサラダを食べる。
ああ、今日はなんだか……とっても、疲れた。だけど、週末まではまだまだ日がある。気は抜けないなあ……。
見てもいないテレビの音をBGMに、ご飯を食べているときに、ふと玄関に目をやった。
あ、そうだ。あの段ボールの中身なんだっけ?
玄関先まで歩いて行き、段ボールを開けてみると。
「あ…………そっか」
先週末に行った遊園地の、大きなぬいぐるみ。
五十嵐くんがプレゼントしてくれたやつだ、半ば強引に、だったけど。
「楽しかったなあ……」
顔を埋めるようにぬいぐるみに抱きつく。微妙に埃っぽい。
リビングに戻って、スマホを取り出してフォルダを開く。
五十嵐くんに送ってもらった、撮ってもらったツーショット写真。私も、五十嵐くんもよく笑ってる。
この時の私と、今日の私って……同一人物なんだろうか?
……ダメだー、どうしてもネガティブになってしまう。今日はもうダメかも。
…………あ、そうだ。
私はぬいぐるみが届いた印として、ぬいぐるみとのツーショットを撮って……五十嵐くんに送ってみた。
『届いたよ! ありがとう!』短い一文も添えて。
返事が返ってきたのはすぐだった。
「…………うそ」
そこには、信じられない文面が書かれていた。
『今日は疲れてるんですか? 無理せずに、ゆっくり休んでくださいね』
写真を改めて見てみても、遊園地のときと同じ笑顔を作れたはず。なのに、五十嵐くんは私にすらわからない機微がわかったみたい。
観覧車の時もそうだった。彼だって怖くないワケがないのに、怖がってる私の心配をしてくれて。
手を握って、名前を呼んでくれて。だから私も思わず名前を呼び返したり……。
「って、何考えてるの私っ!!」
赤くなった頬を誤魔化すように、空中をパタパタと手で振り払う。
あの時は、怖がってるのが恥ずかしいやら、名前を呼ばれたり呼んだりしたのが恥ずかしいやらで、最後は誤魔化しちゃったけど。
女の子みたいなのに……男の子なんだなあ、って思う。
……そして。
成人してるのにも関わらず、ぬいぐるみを抱きしめてそんなことを考えてる私は、年甲斐もない乙女ムーブな事に気が付いて、とっても恥ずかしくなる。
『ありがとう。このぬいぐるみを五十嵐くんだと思って、抱いて寝ることにするね』
ちょっと悩んだけど、送信。
これを見て、彼はどうするだろう?
赤くなる? それとも笑ってる?
……どっちでもいっか。
お酒の缶を傾けて喉に流し込みながら、思ったことを口にする。
「あ~……早く週末にならないかなあ」
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