『灯さん、僕がいますから』
時刻は17時。パレードを楽しみ、人の流れに沿って歩きながらぼんやりと考える。
帰りのことを考えるとそろそろ帰った方がいいのかも。
でも、こんなに楽しかったのはいつぶりだろ、子供の頃に行った遊園地もこれくらい楽しかったのかな?
「早乙女さんそろそろ…………って」
隣を歩く早乙女さんを見る。
「ん? どうしたの?」
声を掛けられ、僕の方を見る早乙女さん。
最初は見間違いかと思ったけど、やっぱり気のせいじゃない。
早乙女さんの頭には、遊園地のキャラクターの耳状の被り物を身に付けていた。あれ、いつの間に?
「早乙女さん、それいつ被ったんですか?」
「それ?」
と言いながら頭に手をやると、そこには確かに感触があるのだろう。何度も何度も指でなぞるように形を確認している。
「いつの間に…………って、五十嵐くんも被ってるじゃない」
「……え?」
彼女がしていたように、僕も指先で確認してみる。そこには確かに耳の形をした被り物の感触。
「いつの間に!?」
全然気が付かなかった。二人とも、それくらいハイになっていたのかな?
お互いに被り物をした顔を見合わせる、すると早乙女さんは笑みを零す。
「五十嵐くん可愛い」
「…………」
急に現実に引き戻されたような気分になる。かといってこれを取ってしまうと、今の楽しい空気を壊してしまう気がした。
だから、僕もちょっとやり返してみることにしたんだ。
「早乙女さんこそ可愛いですよ?」
「んなっ……?」
あんぐり。
口を大きく開いて、驚きで目を見開いて僕を見つめる。顔が真っ赤に染まるのはそのすぐ後だった。
「な、なななななに言ってるのかな!? 私は大人なのに?」
大人なのと可愛いことは関係無い気がするんだけど……。
「あ、そうだ」
思いついたと僕は手を打つ。キョロキョロと見回して、声を掛けられそうな人を探してみる。
すると、遊園地で働いている人を発見。手に持っているのはホウキとチリトリ、掃除中みたいだ。
「すいませーん、写真撮ってもらえませんか?」
「って、ちょっと!?」
快諾する声を聞いて、僕は自分のスマホをカメラモードにして手渡す。
モニュメントを背景に、僕らはそれぞれポーズをとる。
「じゃ、撮りますよ~。はい、チーズ…………サンドイッチ!」
シャッター音が聞こえ、スマホを返されると。そこに写っているのは真っ赤になりながらピースする早乙女さんと、僕の姿。
「ありがとうございました」
「いえいえ! 姉妹で仲がとっても良いんですね!!」
え…………。
掃除しながら笑顔で去って行くスタッフの人。
残された僕は呆然とその人の背中を見送った。
「……ぷっ、あはははは!! 最後にやられちゃったね!」
本当に。
最後の最後で悪戯の毒気を抜かれてしまい、ふぅと一息吐く。
僕は早乙女さんを見る。その表情はもう赤く染まっておらず、穏やかな笑顔で僕を見ていた。
「そろそろ帰りますか?」
「うん、そうだね。帰ろっか?」
僕も頷き、二人出入り口のゲートへと向かう。
スタッフの人の元気なお見送りの声を背に、僕らは現実に戻ってきた。
二人ともどちらも何も言わず、被り物を外して顔を見合わせる。そんな時だった。
早乙女さんが何か提案があるみたいで。
「あ、そうだ。付き合ってほしいところがあるの」
「はい……?」
何処だろう?
………………
…………
……
首が痛くなるほど見上げる。
それは巨大な観覧車で、街や海を展望出来るという触れ込みらしく。
「せっかく来たんだし、乗ってみたかったのよね」
「良いですね、行きましょう」
中は割と広いゴンドラで、足を踏み入れてもあまり揺れたりはしなかった。
お互い向かい合って座り、徐々に高くなっていく景色を眺める。
片側は街並み、そしてもう片側は海という光景。
時間が夕方ということもあり、茜色の空が海の群青に反射して神秘的な光景を見せる。
「落ち着くね~」
「そうですね」
お互い海側を眺めながら、ポツリと呟く。
遊園地では皆がはしゃぐ声、賑やかな音楽、明るい雰囲気から始まりから終わりまではしゃいでいる感じだったけど。
今は打って変わって、落ち着いた心で景色を眺めることが出来る穏やかさがある。
遊園地の締めは観覧車に限ると誰かが言っていたけれど、なるほど確かに、と納得するほどのリラックス具合だった。
ふと早乙女さんの方を見ると、キラキラした瞳で海を眺めている。
長い黒髪が夕日に照らされ、艷やかに輝くのがわかった。
「綺麗だねぇ……」
海を見たまま早乙女さんが呟く。
「そう、ですね……」
僕も同意する。けど……自分で思う。
今、僕はどっちに向かって綺麗だと思ったんだろう?
海? それとも……。
そんな思考は、自然の悪戯によって妨げられることとなった。
「きゃあっ!?」
頂上に近付くにつれ、風が強くなって来た。強風によりゴンドラがゆらゆらと揺れ始める。
しかし後は降りるだけ、もう少しの我慢だ。……と、思っていたのに。
ゴンドラが止まる。強風により一時停止するとのアナウンスが入った。
揺れ続けるゴンドラ、前も後ろも同じく揺れ続け、そこかしこで悲鳴が。
「きゃああああああ!!」
そして悲鳴は早乙女さんからも発せられた。
膝に顔を押し付けるように俯き、震えながら悲鳴を上げる。
高所恐怖症というわけじゃないんだと思う、さっきまでは普通だったし。何も出来ないことに対する恐怖なのかな?
って、分析してる場合じゃない!
「早乙女さん! 早乙女さん!!」
僕は呼びかけるけれど、早乙女さんが自分で上げている悲鳴でかき消される。
隣に座ろうかとも思ったけど、動いたことで揺れてしまうと更に怖がらせてしまうかもしれない。
なら、ゴンドラが動き続けるまでこのままにしておいたほうがいい……?
いや、ダメだ。怖いという感情を紛らわせてあげないと。
僕だって怖くないわけじゃない。だけど、目の前で怖がってる人がいるんだから……。
「早乙女さん! 大丈夫です!」
僕は彼女の手を握る。震えが手を通して伝わってくる。
片手を包み込むように両手で握る。
「早乙女さん、大丈夫ですから」
僕の手に、早乙女さんのもう一つの手が重ねられる。
声を掛け続けるけれど、聞こえている素振りはない。震えもまだ治まっていない。
どうすれば……。
考えていると、ふと声が口から意識せずに出た。
「灯さん……灯さん!」
握り返している早乙女さんの手が、ぎゅっと力がこもるのがわかった。
少しだけ、震えも治まったような……?
「…………光くん……?」
「はい、僕です!」
更に手に力がこもる。涙で潤んだ瞳をしっかりと見据え、安心できるように僕も握り返す。
「灯さん、僕がいますから」
「光くん……」
その時だった。ガクンとゴンドラが揺れる。
停止中だったゴンドラが動き出し、ゆっくりと降りていっているみたいだ。アナウンスで謝罪の言葉が流れる。
「あ、あははは……」
どういった感情がわからない笑いを漏らしながら、僕の手を握る力が弱まっていく。
僕も力を抜くと、パッと手を引き抜いて自分の背中に隠す。
「と、とんだアクシデントだったね!」
「そ、そうですね……」
僕は彼女を落ち着かせるのにそれどころじゃなかったけれど、もしも一人だったらどうなっていただろう?
彼女のように震えていたのかな?
終点に辿り着くまで、お互い逆側の景色を眺めて、ぎこちない時間を過ごす。
……ゴンドラの扉が開き、僕らはようやく地上に降り立った。
ゴンドラも足場はあったっていうのに、なんだろう、この安心感。
緊張で強張った体をグーッと伸ばし、解して……振り返った。
夕日のせいだろうか、顔が赤く染まっているようにも見える。
僕と目があった時、ぎこちなく笑う姿が印象的だった。
「じゃ、じゃあ……帰ろっか、ひか……五十嵐くん!」
名前で呼んでいたのは気の迷いだったのかな?
今では名字に戻っていた。特に問題があるわけじゃない、ただ、ちょっと……寂しく思っただけだ。
「さあ、帰るよ五十嵐くん! 晩ごはん食べていく五十嵐くん!? それともお家で用意されてるのかな五十嵐くん!!」
無駄に名前を連呼する辺り、灯さん…………じゃない、早乙女さんは相当テンパっているように見えるのだった。




