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『僕、男なんです……!』

新作です、よろしくお願いします。


 僕は困っていた。


 夕方の大通り、通り過ぎていく人は奇異の視線をこちらに送り、遠巻きに眺めている人もいる。


 僕は平凡な高校生。だと言うのに、どうして周囲の人たちは送ってくるのか。それは……。



「ねえ、君可愛いね」

「カラオケでも行こうよ、ねえ?」



 僕は今、ナンパされていた。


 しかも、男の人に。


 僕? もちろん男だ。


 生来の女顔に華奢な体。明るい茶色の地毛に、学生ズボン。


 そう、学生ズボンを履いているのにも関わらず、僕は見知らぬ人にナンパされていた。


 もしかしたら、男性が好きな人の可能性もある。それでも僕は困るけれど。


 だけどその可能性も次の言葉で露と消える。



「女の子なのに男の子の制服着てるんだね、そういう趣味かな?」

「それとも足を出すのが恥ずかしいとか? 可愛いね~」



 どう見ても僕のことを女の子として見ている発言だった。


 確かに、最近では女子でもズボンを履いていたりする。僕のクラスにも何人かいたりする……けど。


 困る、とても困る。


 先程から自分は男だと主張しているのだけれど、二人は聞いてくれる気配が少しもない。もう微塵もない。


 チャラいお二人は僕が強く反論をしないのを良いことに、徐々ににじり寄ってきている様子。



「こんなところじゃなんだから」

「とりあえず行こうよ、ね?」



 二人の男の人は、慣れた様子で僕に手を回す。一人は肩に、一人は腰に。


「え、いや、あの」


 あまりの行動の早さに、声が出ない僕をぐいぐいと連れて行こうとする。


 周囲の人は誰も助けてくれず、遠巻きに眺めているだけ。動画を撮影してる人もいた。


 そんな時だった。


「ちょっと待ちなさい」


 女性の声だった。


 僕たち三人は振り返る。そこにいたのは……。


「………………」


 僕と、男の人二人は言葉を失う。そこにいたのはとんでもない美人だったから。


 烏の濡れ羽色のような艷やかな長い黒髪。


 本来ならば大きく丸い綺麗な目は、僕のサイドを挟む男の人たちを睨みつけるために細くなっていた。


 筋の通った鼻立ち、薄く化粧をしたシミ一つ無い頬。


 美しい赤い唇は、耳に当てたスマホに向けて言葉を発していた。


「ええ、そうです。駅近くの総合病院の大通り、お願いします。……繋げたまま? はい、わかりました」


「……お姉さん、すっげえ可愛いじゃん」


 男の人の一人が僕から離れ、目の前のお姉さんに近寄っていく。その表情は恍惚としていたけれど、お姉さんの次の一言で冷水を掛けられたように表情を消していった。


「警察、呼んだから」


「……は?」


「その子、どう見ても嫌がってるわよね? 女の子が無理やり連れて行かれるのは見過ごせない」


 耳に当てた携帯をこれ見よがしに存在をアピールする。


「お、おい! 俺たちはただナンパしてただけだぜ!?」


「だから?」


 お姉さんの冷たい一言に、目に見えて動揺しているみたいだった。


 僕の肩を掴んだままの男性が声を上げる。



「行こうぜ!」

「あ、ああ……」



 僕の肩からは手が離れ、男の人たちは去って行く。だけど。


「わわっ……!?」


 逃げる際に飲み物とスマホを両手に持った人とぶつかっていくナンパの人。持っていた飲み物は本来の持ち主の手から離れ、僕の体に向けてまっすぐ向かってくる。


 自慢じゃないけど、僕の運動神経は良くない。だから――


 だから、零れた飲み物を避ける反射神経なんて無いわけであって。


 僕のお腹から足先まで、ぐっしょりと濡れてしまうのだった。


「大丈夫?」


 呆然と濡れた足を見ていると、助けてくれたお姉さんが声を掛けてくれる。


 声につられて顔を上げると、にこやかに微笑むお姉さん。


 その笑顔に見惚れていると、お姉さんはスマホの画面を向けて二度、三度振る。


「騙されてくれて助かったね。本当は警察呼んでなかったから」


 スマホの画面は真っ暗だった。


「あ、ありがとうございます!」


 深々と頭を下げてお礼を言う。


「……あれ、あなた……?」


 訝しむ声。そりゃそうだと思う、男が女の子に間違われてナンパされるなんて、普通じゃあまりないことだ。


 変声期も訪れたというのに、いまだに高い声は更に勘違いを呼ぶ。だけど、僕のこの姿をよく見てもらえれば僕が男だっていうことは見て判るはず。


 ところが、お姉さんが言った一言は僕の想像とは違った。


「…………大変! びしょ濡れじゃない!」


「え?」


「私の家、このすぐ近くなの、すぐに洗濯しないと!」


「……え?」


「さあ、早く!」


 お姉さんは僕の手を掴んで、引いていく。


 呆然とした僕はされるがままで。


「…………え?」


 疑問の声しか上げられなかったのだった。



――――――――――



 そうしてやってきたのは、オートロック付きの新築のように綺麗なマンション。


 入るや否や、脱衣所に押し込まれてしまった。


「あ、あの……っ!」


 この人は、僕のことを男と思っているのかな? それとも、勘違いしてるのかな?


「お風呂場は、そこね。着替えは後で用意しておくから!」


「あ、あ…………はい」


 言いたいのに、お姉さんの押しに負けて言えなかった。


 情けない、と思いながら服を脱いでいく。


 下着は……恥ずかしいから、制服の間に挟んで隠しておこう。


 お風呂場に入ってシャワーを出し始める。


 お湯を浴びていると、ふと思う。


 …………僕、何してるんだろう?


 ナンパされて、助けてもらったお姉さんの浴室に今、いる。


 一体どうして?


 混乱していた頭が、シャワーを浴びていることで急速に冷静になっていくのがわかった。


「……そうだ、ちゃんと言わないと」


 お姉さんが僕の性別をどちらと思っているのかわからないけれど。ひょっとしたら気にもしていないのかもしれない。


 でも、男が女性の家でお風呂を借りるのは、きっと良くないはず。良くないと思う、うん。


 やっぱり出よう……。濡れちゃったけど、帰ってから改めてお風呂に入れば大丈夫。


 決心してシャワーを止めようと思った時だった。


「着替え、置いておくね~」


 扉の向こう側から声が掛けられる。


「あ、あの……僕、帰り――」


 最後まで言い切る前に、お姉さんは被せるように言った。


 僕の一大決心をへし折る一言を。


「制服、シミになる前に洗濯しておいたから」


「………………ありがとう、ございます……」


 帰るための服が、無くなりました……。


 ………………


 …………


 ……


 お風呂をいただき、体はサッパリしたけれど。心はどんよりと曇り空。


 自分の体から知らない匂いがするのも落ち着かない、そして――


 お姉さんが僕のことをどう思っているのか、着替えでわかってしまった。


 ピンクと白のボーダーパジャマ。手触りはふわふわもこもこ。


 まさかのフード付きで、フードにはうさみみがついている。


 下半身は、同じセットのパジャマ。


 しかし丈が短い短パンだった。


「………………」


 これを、着るの? 本当に?


 洗濯機を見ると、グルグル回っている。取り出すのは難しそうだ。


 …………着るしか、ないんだ。


 意を決して足を通し、そして首と腕を通していく。


 下着を履いていないことにも落ち着かないし、知らない匂いも落ち着かない。


「着れたー?」


 脱衣所の外側から声。ビックリして体が跳ねた。


「は、はいっ!!」


 ゆっくりと扉が開き、顔だけひょっこりと現れる。


 僕の体をしげしげと眺めた後、脱衣所の扉は全て開かれた。


「うん、似合ってる。せっかく買ったんだけど、私じゃ可愛すぎたかなと思って仕舞っておいたのよね」


 ニッコリと笑って僕の手を引き、脱衣所の外まで連れて行く。


 案内された場所はリビングだった。女性らしい装飾品がところどころ置かれており、アロマでも炊いたのか良い匂いが部屋からする。


 横にある開いた扉の向こう側は寝室みたいだ、ベッドの上に結構大きなぬいぐるみが三つ置いてあった。


 それぞれがひよこと……牛と、クマ? がデフォルメされたぬいぐるみ。


「ごめんね、乾燥が終わるまでゆっくりしてて」


 そう言ってソファーに座らせる。


 ゆっくりしてて、と言われても……。


 辺りを見回しても、そこにあるのは僕の知らないものばかり。


 落ち着かない、落ち着けない。


「それにしても、洗濯した時に思ったけれど……あなた、ブラしてないの?」


「し……してません!」


 男なんだから!


 だけど僕の返答に、深々と溜め息を吐いた。


「ダメよ、小さくてもスポブラだけでもしておかないと」


「い、いや、そうじゃなくて……」


「あ、下着はサイズが流石に……だし、デリケートな部分だから用意出来なかった……ごめんね?」


 それは用意されても困るだけだったから、助かったけれど。……じゃなくて!


「僕、男なんです……!」


「え――?」


 お姉さんの僕を見る目が変わる。


 怪しい者を見るような目つきで、僕の体を何度も何度も見続ける。


「……もう! ナンパはもう何処か行ったんだから、今更そんな嘘必要ないわよ?」


 はい、信じてもらえませんでした。


 ナンパを躱すための嘘だと思われているみたいだった。


「あの、嘘ではなくてですね……!」


「あっ!!」


 僕が釈明を続けようとする中、お姉さんは大声を上げて手をパンと叩く。


 いそいそと立ち上がり、キッチンの棚から何かを出してきた。


「これ、買っておいたの。一緒に食べない?」


 僕はそれどころじゃない、それよりも男だという説明を――


「あ、それ……」


 お姉さんが出した紙袋。そこに描かれたロゴに目が留まる。


 そこは、ひょっとして……。


「あの、行列ばっかりでほとんど買えないっていう噂の……?」


「……そう! 何と滑り込みセーフで買えちゃいましたー!」


 笑顔で高々と掲げるそれは、ただの白い紙袋なのに何処か神々しく見える。


 毎日数量限定販売、ネットでは高値で転売されているという噂のクッキー。


 ずっと食べたかった。だけど競争率が高すぎて、諦めていたんだ。


「あれ、それで? 何か言ってなかったっけ?」


「………………」


 言うか、言わずに食べたかったクッキーを食べるか。


 どうしよう。


「ん?」


「…………なんでも、ないです」


「ん。じゃあ食べよっか!」


 誘惑に負けてしまった僕だった。


「ん~♪」


 だけどすっごく美味しかったです。


 ………………


 …………


 ……


 その後。


 慣れてはいけないはずなのに、女の子の服を着ているという現実にも少し慣れてきてしまっていた。よくないと思う。


 脱衣所の方から音が聞こえる。


「あ、洗濯終わったみたいね」


「ありがとうございます」


「いーえ」


 そう言ってお姉さんは脱衣所の方へと歩いて行く。


 ああ、これでようやく制服が着れる……パンツが履ける……。


「………………ねえ」


 お姉さんが戻って来る。


「あ、ありがとうございまし…………た?」


 様子がおかしい。


 手に握りしめているそれは……?


 つい数時間前まで、僕が履いていた、パンツ。


「キミ……男の子、だったの?」


「………………」


 そうだった。お姉さんは僕を女の子だと思っていて。


 僕はそれを否定せずに食べたかったクッキーにありついて。


 騙していたと言われてもしょうがない状況に。


「…………」


 お姉さんは大きく息を吸って、吐いた。そしてまた大きく吸って――


「きゃああああぁぁぁぁぁああっ!!」


 大声を上げた。


 そして、手に持っていたパンツを僕に投げる。その後は僕の制服を。


「きゃー、きゃー!!」


 ぽいぽい、ぽいぽい。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」


「出てって!!」


 投げられた制服とかを慌てて拾い上げ、小脇に抱えたまま玄関へと走って行く。


 そのまま靴を履いて、外へと逃げた。


 家の中からはまだお姉さんの悲鳴が聞こえていたけれど、僕は一目散に逃げ出す。


 足を止めたのは、マンションを出てからしばらくだった。


「はあ、はあ……」


 そして気付いた、僕の今の格好に。


 女性用のパジャマを着ていた僕は、そのままの格好で家に帰る羽目になってしまった。


 ……お姉さんに、悪いこと……したな。

読んでいただきありがとうございます。


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