異国の王女、来訪
仕方なくアイヴァンはサディアス王子の命令に従うことを決めたのだった。
誰に訴えたところで無駄なのだろう。だが、このままではフリーダが潰れてしまうことも分かっていた。だから、アイヴァンは妹を守るために行動を変えることを決意したのだった。
まず自分たちだけで全ての責任を背負い込むスタイルを変え、サディアス王子の名前を使ってより多くの人々を巻き込むことにした。これまでは自分が執務を行っていることが露見しないように執務室に籠り切りになっていたが、現場に出て直接指示を出しながら進めることにした。
「フリーダ、これからはもっと人を頼るべきだ。私たちだけでは限界がある」
フリーダは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに理解したように頷いた。
「そうですね。お兄様の仰る通りです」
アイヴァンは大きく頷き、次の行動に移った。
「この度、陛下が直々にサディアス殿下に親善訪問の準備をするよう任されました。殿下は是非とも皆様に協力していただきたいとお考えです」
アイヴァンの呼びかけに文官、武官、使用人たちが動き出した。しかし、中には反発する者もいた。
「アイヴァン様、本当に殿下の命令なのですか?」
「そうです。殿下からの直々の命令です。皆さんの協力がなければ、この重要な任務を成功させることはできません」
最初は無能と評判のアイヴァンの言葉に懐疑的だったが、内情と実力はともかく人気のあるサディアス王子の名前は強い効果があった。次第に必要な情報が集まり始めたのである。
「警備体制の強化をお願いします。特に王女の滞在中は厳重にとのことです」
「了解しました」
「迎賓館の装飾はこのデザインで進めます。問題があればすぐに報告してください。これもサディアス殿下の承認を得ています」
「はい、早速手配します」
アイヴァンは伝令役の態で全体の調整役として、各部署との連携を取りながら作業を進めた。
その結果、迎賓館の装飾や警備体制、歓迎の舞踏会の準備など、全てが滞りなく整えることに成功したのだった。
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そしてついに鬼燈国の王女を迎える日がやって来た。
迎賓館の広間には豪華な装飾が施され、ヴェリアスタ王国の旗が高々と掲げられている。
アイヴァンは緊張の面持ちで控えていた。サディアス王子の命令に従い、全ての準備を整えたが、実際に迎える瞬間が近づくと、その重圧を改めて感じた。
門が開き、鬼燈国の使節団が入場して来た。
先頭には高貴な佇まいの人物が立っている。恐らく王女なのだろうが、彼女の背はアイヴァンと同じくらい高く、周囲を固める護衛達と大差がないほど、がっしりとした体格が印象的だった。そしてベールで顔を隠しているため、その表情は見えない。
「あれが鬼燈国の王女か……」
「随分と大柄だな。まるで男と変わらないな……」
ヴェリアスタ王国の人々は王女の姿に驚きを隠せなかった。鬼人族は王国周辺では滅多に見かけない存在であり、その威厳と迫力に圧倒されてしまうのは無理もなかった。広間のあちこちから囁き声が聞こえてくる。
その時、ヴェリアスタ王国の国王が前に出て、王女に向かって歓迎の言葉を口にした。
「鬼燈国のリンレイ王女殿下、ヴェリアスタ王国へようこそ。お迎えできることを大変光栄に思います。この滞在が有意義なものとなるよう、我々も全力を尽くします」
王女は静かに頷き、その背後に控えていた使者が代わりに答える。
「この度はお招きいただき、感謝申し上げます。しばらくの間、滞在させたいただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
そしてサディアス王子は微笑を浮かべて一歩前に出る。王子の微笑に広間にいた女性達の羨望の溜息が零れる。
「王女殿下。どうか我が国の滞在を楽しんでください。我々も最大限のおもてなしを用意しております」
王女は再び頷き、静かにその場を見渡した。まるで全てを見透かすかのようだった。アイヴァンはその視線に一瞬息を呑んだが、すぐに冷静さを取り戻す。
広間での歓迎式典が終わり、王女とその随行員たちは迎賓館へと向かう。もちろん案内はサディアス王子である。仕事は丸投げしたとはいえ用意している台本は読み込んでいるだろう。アイヴァンも陰で必要な指示を出しながら、細心の注意を払っていた。
護衛や従者などが周囲を固めながら、サディアス王子とリンレイ王女が進んでいく。リンレイ王女は平均的な身長のサディアス王子よりも背が高く、内心では面白くないだろうに王子は変わらず笑顔を張り付けている。
ふと、アイヴァンは誰かの視線に気づいた。視線の先には美しい少女の姿があった。華奢な体格で、長い髪が風になびいている。その清らかな雰囲気は周囲の豪華な装飾に負けることはなく、まるで一輪の花のように際立っていたのだった。
「彼女は一体……」
アイヴァンは無意識の内に呟いてしまったが、すぐに我に返り、頭を振った。今は仕事に集中しなければならない。
翌日以降、アイヴァンは王女歓迎の準備で手一杯になり、少女のことなどすっかり忘れてしまったのだった。