表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/35

王妃の操り人形

「鬼燈国からの親善訪問、ですか……?」


サディアス王子が珍しく執務室にやって来たかと思えば、突然そんなことを言い出した。


この世界は多くの種族が共存している。アイヴァンたちのような人族をはじめ、獣人族、鬼人族、竜人族、精霊族、ドワーフ、エルフなどが存在しているのだ。姿や性質も多様で、それぞれが独自の文化や生活様式を持っている。


短命種である人族や獣人族などは多くの国で見かけるが、エルフや精霊族などは同種とのみ隠れ里などで暮らしていた。


今回、アイヴァンたちの暮らすヴェリアスタ王国は人族が治める国であるのに対し、鬼燈国は大陸の東にある鬼人族が治める国で、多少交流はあるが大々的なものではなかったはずだ。


「王女が滞在するそうだ。滞在中の全ての準備をお前たちに任せる。もてなしに一切の不備があってはならない」


アイヴァンは一瞬、心の中で溜息を吐いた。どうせサディアス王子が言い渡されたのことを丸投げしてきているのだろう。失敗すればアイヴァンの不始末だと責め立てて、成功すれば自分の手柄にするに違いない。


「失敗は許されない。私の名声に傷がつけば、お前たちの責任となる」


やはりな、とアイヴァンは思っただけだが、隣のフリーダは顔色が少し悪かった。


そしてサディアス王子は自分の言いたいことだけを言って去って行った。アイヴァンは一言も承諾した覚えはないというのに。


普段は唯々諾々と従うアイヴァンだったが、流石に今回はまずい。外国の王族を欺けば、国の立場を危うくするかアイヴァンは理解していた。そして覚悟を決め、父に現状を訴えることにした。




+++++





騎士団の本部にある父の執務室に向かう道すがら、どう言えば父に伝わるだろうかとアイヴァンは考え続けた。

許可を得て執務室に入室するとアイヴァンの父は書類に目を通していて、こちらを見ることすらしない。


「何の用だ、アイヴァン。手短に済ませろ」


父は昔から変わらない。自分の言いたいことだけを一方的に言いつけて、こちらの意見など聞きはしない。今回は先触れの時点でサディアス王子についてだと伝えていたので、門前払いされなかっただけである。


「サディアス殿下から鬼燈国の親善訪問に関わる全ての準備を任されました。しかし、これは越権行為ではないでしょうか。私は……」


アイヴァンの話を遮るように父は冷淡に言い放った。


「またお前の泣き言か。殿下の御命令に逆らうつもりか?」

「父上、私はただ――」


通常業務に加え、外交使節の受け入れなどする余裕は無い。アイヴァンは、これ以上業務を増やせばフリーダが倒れてしまうと伝えたかっただけだった。


「貴様は逆賊か!殿下の願いを叶えないとは裏切りそのものだ!」


父の瞳にはギラギラとした怒りが燃え滾っている。幼い頃の折檻を思い出し、身が震えそうになるのを奥歯を噛み締め、アイヴァンは必死に堪えた。


「王妃殿下から働きを認められているというのに、その体たらくとは……嘆かわしい」


その言葉を聞いて、アイヴァンは過去の記憶がよみがえった。確かにサディアス王子の母親である現王妃から言葉を受け取ったことはある。丁度王子に仕事を丸投げされるようになったばかりの頃だろう。


『サディアスのために尽力してくれてありがとう。流石はバートの息子ね』


アイヴァンは驚きと戸惑いを隠せず、どうにか返事をすることしかできなかった。父はすっかり有頂天になり、意気揚々とした表情を浮かべて言ったのだ。


『ご安心ください、王妃殿下。我が息子はその身に代えてもサディアス殿下のために尽くす所存です』


父の大言壮語に王妃は満足そうに頷きながら、ふと冷たい嗤いを浮かべたのだった。その瞬間をアイヴァンは見逃さなかった。


その嗤いに込められた冷淡さと計算高さにアイヴァンは戦慄を覚えた。こうして王妃自らの手で、サディアス王子はアイヴァンの能力を無償で利用する許可を得たのだった。


父は若い頃から王妃に狂信していた。王妃がまだ当時王子だった国王と結婚する以前、彼女はその美貌と優雅さで多くの高位貴族の令息達を虜にしていたことは有名な話である。


王妃は父の初恋だった。彼女が放つ魅力に引き寄せられ、彼女のためなら何でもすると覚悟を決めていたのだ。

あの場で父をバートと呼んだのも上手かった。父の本名はギルバートだが、親しげに「バート」と呼ばれ、天にも昇る気持ちだったに違いない。


それからも度々、王妃直々にお褒めの言葉をいただくことはあった。しかし、アイヴァンは素直に喜ぶことはできなかった。彼女の言葉は、アイヴァンを奴隷にする魔法の呪文に他ならないからだった。

恋に盲目となった父は、王妃の策略に気づきもせず、アイヴァンを生贄に差し出し続けたのだった。


「分かりました、父上……」


これ以上は無駄だと悟ったアイヴァンは父の下を後にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
幼い頃からの洗脳めいた教育、しかも施すのが親とくれば呪縛がより強固になるでしょうね…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ