1 聖別されし者⑥
大神殿から来た使者様が言った通り、その五日後に正式な迎えが来た。
やはり【旅の門】を使って王都の大神殿から、村の神官様より五つくらい年上らしい神官様と、一番上の姉であるマーガレットと変わらないくらいのシスターがひとり、ウチの村へ来た。
この二人が当面、俺のお世話係を務めるという話だ。
シスターは神官とは違い、(比較的上級の職種に必要な)行儀や作法の見習い、あるいは初級から中級程度の教育を受けるかわりに、神殿内の雑役をこなす役目の女性を指す。
最低限の衣食住は保証されるが、まあそれだけ。
基本的に『神殿内で奉仕活動を行う者』という位置付けだ。
下級貴族の子女や裕福な商家の娘さんなんかが、花嫁修業がわりに務めることが多い。
名のある神殿で一年以上シスターを務めたという実績は、それなり以上の家の子息との結婚、または貴顕の家での侍女や家庭教師などになる際、箔になる。
真面目で謙虚であるとかある程度以上の教養を身につけているとか、質素な暮らしに耐えられるだけの体力気力の持ち主だとかの、目安にされるからだ。
ま、あくまで目安だと俺は思うがな。
どんな集団にも例外はあるし、場合によると形だけ実績を捏造する者だって出てくるものだ。
詳しくは知らないが、そんな話をいくつか見聞きしている。
またこの『奉仕活動』をする男性(こちらはブラザーと呼ばれる)もいるが、あまり多くない。
男の場合は働き口も幅広くて多いから、最低限の衣食住しか保証されない神殿で、わざわざ『奉仕活動』にいそしむ旨味は少ないからな。
安定的に学校へ行けるほど裕福でない家の子が、ある程度以上の知識を身につけたくてブラザーになる例なんかが多いそうだ。
話がズレた。
旅立ちの日のことだ。
『七歳詣で』当日から翌日くらいは、家族のみならず村中がわちゃわちゃカオスな状態だったものの、翌々日くらいからは皆、落ち着きを取り戻し始めた。
自分の身に起きた途轍もない状況に青ざめ、ろくに食事も出来ないでいる俺の姿に、ようやく大人たちも気付き始める。
母や祖母から始まり父や祖父、兄弟たちみんなが、俺のこわばった背中を優しく撫で、皆が交代で無言で抱きしめてくれた。
彼らの体温に包まれ、俺は、ようやく泣けた。
漏れ出た嗚咽が徐々に大きくなり、最後は大号泣になった。
泣いて泣いて……泣き疲れて眠った後。
俺の心はずいぶんと静かになった。
運命を受け入れたとまでは言わないが、どうしようもないことと諦めた、くらいには割り切れたらしい。
これは俺だけじゃなく、少なくとも俺の家族はみんなそんな感じだった。
抗うすべのない人間というのは、最終的に従順にならざるを得ない。
天変地異の前では、どうあがいたとしても最終的に人間は無力。
そんな感じだ。
静かに穏やかに、俺が『王都へ持ってゆくもの』を、俺自身と家族皆で選び、ああだこうだ言いながら鞄に詰めていった。
まるで弔いの儀式のような、変な静謐の中で皆して笑顔を作り、詰めていった。
穏かで静かで……なんだかやり切れない、そんな時間だった。
当日。
俺は、【七歳詣で】で着た一張羅を着込み、親父が馬をとばして町まで行って買ってきた、俺の足にちゃんと合う上等の革靴を履き、家族と選んで詰めた大きな鞄を手に、村の聖堂へ行った。
俺のお世話係になった神官様――チャールズ司祭――が、女神へ捧げる聖句を呟きながら、俺の首にペンダントタイプの護符をつけてくれた。
「これよりアルフレッド殿は、クレイン村のリチャードの子・アルフレッドではなくなります」
チャールズ司祭は厳かに言う。
「私が【旅の門】を展開し、我々と共に王都の大神殿へ着いたその時より。アルフレッド殿は勇者候補となられます。その晴れがましき門出に立ち会えたこと、喜ばしく思っております」
チャールズ司祭は村の神官様に軽くほほ笑みかけた。
「お世話になりました、トマス助祭。それでは失礼いたします」
「はい。よろしくお願いいたします、チャールズ司祭」
そして村の神官様――トマス助祭――は、ややこわばった、それでも精いっぱいの笑みを浮かべて俺を見た。
「母なる女神・アシーアにより聖別されし女神の下僕・アルフレッド。貴方の未来が、誉れある栄光の日々であることを祈念いたします」
「……ありがとう、ございます」
何かに操られるように俺は礼を言い、もう一度だけ、家族を見て……。
チャールズ司祭とシスター・アイリスと共に、俺は、【旅の門】をくぐった。