1 聖別されし者④
その後のことを、俺はあまりちゃんと覚えていない。
せっかく用意されたとびきりのご馳走やお菓子も、食べたには食べたが味がよくわからなかった。
もっと言うなら、食べた記憶自体が曖昧だ。
帰宅後。
俺も何だか変な感じだったが、家族や親戚、村の大人たちの情緒も、かなりおかしかった。
そもそもさほど大きくもない村だ。
俺が今日【七歳詣で】なのは村中の者が知っていたし、その結果『勇者の資質がある聖別されし者』だと判明したのも、野火のようにあっという間に村中へ広がっていた。
一体どこから情報がもれるのかわからないが、こういうことは田舎の村にありがちだ。
家へ帰ると、農繁期以外は大して付き合いがある訳でもない親戚たち、村長やら村の長老やらがウチの門の前で待ちかまえていた。
『村から勇者様が出た!』とやたら上機嫌で笑う者、『王都へ行く支度はどうするのだ、神殿からの支度金は幾らあるのだ』と心配?する者、『アルフレッドはウチの子なんだから、どこにもやらない』と憤る者、『アルは王都へ行くことになるんだろう? なら自分たちも一緒に行って、大神殿の神官長様に挨拶するべきでは?』などと変に目を光らせて言い出す者、『聖別されし者は女神の眷属、家族とも出身地とも縁が切れるんだ!』と叱りつける者。
しまいには『アルフレッド~!』としくしく泣き出す母や祖母、兄弟姉妹。
常にない騒ぎに不安になったのか、赤ん坊はビービー泣きだす。
めちゃくちゃというかわちゃわちゃというかぐちゃぐちゃというか、とにかくカオスだった。
そりゃあ……ご馳走の味なんかわからなくなるよな~。
お裾分けの振る舞いを待っていた村のガキどもも、大人たちの様子が変なので途方に暮れていた。
泣きながらもそれに気付いた、一番上の姉・マーガレットが、用意していた振る舞い用の菓子類、揚げた樽漬け肉、細く裂いた蒸し鶏を白パンにぎっしりはさんだ軽食なんかを、門の外で困惑しているガキどもへ手際よく渡してゆく。
「【七歳詣で】の振る舞いになります、お納めください」
マーガレットはしきたり通りの口上を早口で言うと、目と鼻の頭を赤くしたままガキどもへ笑いかけた。
一生懸命、笑った。
つられてガキどもも笑った。
振る舞いありがとうございます、と、ばらばらながら型通り答え、皆、一生懸命笑った。
仕方なく俺も一生懸命笑い、これもしきたり通り、深く深く頭を下げて感謝の意を表した。
それから色々あった筈だが、その辺りの記憶も曖昧というか、やけにはっきりしている部分と茫々とかすんで覚えていない部分がある。
村の聖堂の神官様はまず、魔道具を使って王都の大神殿へ新しい勇者の資質を持つ者が現れたことを速やかに伝えたようだ。
翌日か翌々日にはもう王都の大神殿からの使者が、空間魔法の一種である【旅の門】を使い、現れた。
使者は壮年の、かなり位の高い神官様らしい。
まだ若いウチの村の聖堂の神官様は、強張った顔で使者様をウチの家へ案内してきた。
「お初にお目にかかる、勇者の資質を持つ『聖別されし者』・アルフレッドよ。我は大神殿にて女神アシーアに仕える者。まずはご挨拶に参った」
にこやかにほほ笑んでそう言う少し白髪の混じった黒髪の男の顔は、子供心にもどこか得体のしれない感じがして気味が悪かった。
しかし相手は王都の大神殿から来たとんでもなく偉い神官様だ、無碍に出来ないことくらい、田舎のガキでも察している。
俺は引きつった作り笑いを浮かべ、こんにちは、とか、はじめまして、とか、もごもご挨拶した。
「健やかで素直なお子でいらっしゃる。さぞ素晴らしい勇者様になられよう」
わざとらしく俺を褒めると使者様は目顔で、後ろで小さくなっているウチの村の神官様に何かを指示した。
神官様は青くこわばった顔で、何か重いものがずっしり入った革の袋を取り出し、親父に渡した。
「『聖別されし者』は王都の大神殿で養育され、その職能に相応しい教育と訓練を受けるのが定め。アルフレッド殿は今後、クレイン村のリチャードの息子ではなく、聖母神・アシーアの眷属として生きることとなる。これは大神殿からの支度金、お納めいただきたい」
親父は茫然とした顔でまじまじと、両腕で抱えた革袋を見ていた。
「色々と思うこともおありだろう」
使者様は訳知りそうにうなずきながら、言った。
「されど、これは人間が決めたことではないのです。すべて女神の思し召し。ご家族としては突然のことで呑み込みにくいであろうが、ここは笑ってご子息の今後を寿ぎ、送り出していただきたい」
「……否も応もないんだろう?」
親父の後ろからじいさんが、のそっと出てきて言った。
「『聖別されし者』に選択の余地はないさ。大体、嫌だと言ったところでアンタらはアルフレッドを連れてくし、逃げても国中追いかけまわして捕まえるんだろうが。……子供の頃、わしと同い年に魔法使いの資質を持つ『聖別されし者』がいてね、そいつは、まだ何も習ってないのに我流で空間魔法が使えた天才だった。親元を離れるのが嫌でこっそり逃げ出したけど、所詮はガキの自己流の魔法さ。偉い魔導士さまが出てくるとあっさり捕まり、ろくすっぽ親と別れの言葉も交わせずに王都へ連れていかれて、それっきりだ」
「偉大なる魔女・空間魔法の天才と誉れ高い、ジーン女史のことですね」
かなり無礼にずけずけ言うじいさんの言葉をサラッと受け流し、使者様は笑みを深める。
「あの方は素晴らしい魔法の使い手であり、研究者でもありました。お亡くなりになるその日まで、研究に邁進なさっていましたよ」
この村には時折、規格外の『聖別されし者』が現れるのですね、きっと聖母神の恵みが濃い土地なのでしょう、と、感動したような口調で彼は言い、思い出したように俺へほほ笑みかけた。
「今後の君に必要なものは大神殿にそろっていますよ、アルフレッド殿。それでも個人的に持ってゆきたいものも少しはあるでしょう。ご両親やご家族と話し合い、ここ二、三日のうちに鞄ひとつ分くらいにまとめておいて下さい。迎えが来るのは五日後になりますので」
言うだけ言うと、使者様はさっさと帰っていった。
親父はしばらくぼうっと立っていたが、やがてのろのろと、いつもみんなで食事をしている木のテーブルの上へ革袋を置いた。
そろっと袋の口を開け、顔色を変える。
「なんだよ!」
赤い目をして親父は吠えた。
「要は、この金でアルを売れってことか? ふざけんな!」