1 聖別されし者②
そうこうしているうちに、俺の七歳の誕生日が来た。
ちょっと前から母が仕立ててくれていた、真っ白な硬い襟のついた青い上衣に、サスペンダーを付けた上衣と共布で仕立てた膝丈のトラウザー。
真新しい白い靴下に、兄貴たちも履いた焦げ茶の革靴はピカピカに磨かれている。
用意された畏まった装いに、さすがに俺も、子供なりに身が引き締まった。
当日、俺は朝早くから起こされ、支度をさせられた。
近所への振る舞いを含めたご馳走やお菓子は数日前から準備され、昨日から女たちの手で少しずつ作り始められている。
厨の方から強烈にいいにおいが漂ってくる。
香ばしい肉の焼けるにおい、焼き菓子の甘いにおい……。
半分寝ながら顔を洗い、のたのた着替えていた俺の鼻先へ、焼き上がった白パンのにおいが暴力的なまでに突き刺ささってきた。
普段なら忙しい朝に、パンを焼くことはまずない。
いくら祝いの日でも、朝から、しかも白パンの焼くにおいをかげると思っていなかった。
腹がグウグウ鳴り始める。
「アル、朝ごはんだよ」
今年十四歳になる一番上の姉貴・マーガレットが、じいさん自慢の蜂蜜を落としたホットミルクと、かまどから出たばかりの白パンを持ってきてくれた。
「白パン!」
思わず叫ぶと、姉貴は苦笑した。
「今日はアルのお祝いの日だからね。特別だよ」
俺は急いでテーブルに着き、畏まって座って
「聖母神アシーアに、大地の恵みを感謝します!」
と、大声でお利口に食前の祈りをささげ、まだ熱い白パンをほおばった。
口に入れた瞬間、バターの香りが鼻に抜ける。
やわらかい白パンは、瞬く間に俺の腹の中へとおさまった。
姉貴は苦笑いしながら、こっそりもう一個、皿に白パンを置いてくれた。
「ゆっくり噛んで食べるんだよ」
母親のような口調でそう諭す彼女へ、俺は、わかったねーちゃんと真面目にうなずいて、二つ目の白パンを口に詰め込んだ。
この時食べた白パンは、俺の人生で一番旨い白パンだったかもしれない。
その後も白パンを食べる機会は山ほどあったが、この時ほど切実に旨いと思ったことは無い。
白パンに限らず、大人になるまでに色々と美味を口にする機会もあったが、七つの誕生日の朝に食べた白パンほど旨いものは、未だに食べたことはないような気さえする。
……いや。
ひとつだけ、あるか。
あの日、五十番が作ってくれた、胡桃とメープルシロップの小さな焼き菓子。
あれも、同じくらい旨かった……。
陽の高くなる頃。
俺たち家族は全員、皆、それなりによそ行きというか一張羅に着替え、並んで村の聖堂へ向かった。
もうすぐ一歳になる末の赤ん坊でさえ、ばあさんに抱かれて一緒に聖堂へ向かう。
【七歳詣で】は田舎の農村では特に、大きな祝い事なのだ。
砂ぼこりの舞う乾いた田舎道を歩くと、せっかくピカピカに磨いた革靴が白っぽく曇る。
それが妙に気になって、俺は足許ばかり見て歩いた。
そもそも、一番上の兄貴から大事に受け継がれてきた子供用の革靴は、俺の足にはちょっと大きい。
つま先に古布を詰めて履いていたせいで余計に足許が気になった記憶が、今でもぼんやり残っている。
聖堂に着いた。
顔見知りの神官様が、いつもと違った厳めしい表情で俺たちを出迎えてくれた。
「よくぞ来られた、リチャードの御一家。そして本日、七歳の誕生日を迎えるアルフレッド。今日の佳き日を、聖母神・アシーアも寿いでいらっしゃいましょう」
紋切りの祝福の言葉の後、神官様はようやくかすかにほほ笑んだ。
「参りましょう、アルフレッド。七歳のこの日まで大気に溶けず、めでたくヒトと成ったその身に、聖母神より大地の祝福が授けられます。……さあ、こちらへ」
なんともいえない緊張に震えながら、俺は、ぎくしゃくと神官様の後ろについていった。