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お気に入り小説3

癒されるだけの女では王妃は務まらないのよ。婚約解消されたくない公爵令嬢の物語

作者: ユミヨシ

「申し訳ございませんっ。申し訳っございませんっ。どうかお許しを」


一人の少女が床に頭を擦り付けて涙を流しながら謝っている。


それを冷ややかに見つめる国王陛下と王妃。


「我が息子を誑かしておいてお許しをだと?」


「本当に平民の癖に、何を考えているのかしら」


土下座をする少女の傍に慌てて駆け寄るこの王国の王太子ルイード。


「父上母上。私はファリシアを愛しているのです。どうして許してくれないのです?」


王妃が少女を睨みつけながら、


「当たり前でしょう。貴方はこのアリシア王国を背負って立つ、未来の国王陛下なのですよ。

それなのに、その娘ただではおかぬ。一族郎党滅ぼしてくれるわ」


少女は立ち上がると、テーブルにあったナイフを手に持ち、震える手で自らの胸に突き刺した。

血が吹き出る。


パーティの出席者から悲鳴が上がる。


「どうか、お許しを。両親だけはっ。お願いですから」


少女はそのまま崩れ落ちるように床に倒れ伏す。


ルイード王太子の悲鳴が上がった。


「ファリシアっ?嘘だろうっ?医者だっーー。医者を呼べ」





汗をびっしょり搔きながら、メレンティーナはベッドの上で目を覚ました。

夢。それにしてもなんて生々しい夢。


メレンティーナはカレドス公爵家の一人娘である。

歳は18歳。王立学園を卒業後、夢に出てきたルイード王太子殿下と結婚する予定だ。

婚約をしてから6年間、学園で互いをよく知り、仲を深めてきたはずなのだが。


あの床に頭を擦り付けていた、自害をした少女の事をまるで知らなかった。

金のふわふわした髪の碧い瞳の可愛らしい少女。


自分は銀の髪に碧い瞳であるが、夢の少女とは正反対の。冷たい顔立ちである。

ルイード王太子殿下が特定の女生徒と王立学園で親しくしているという情報はまるでない。

なのに、夢の中で、自分は婚約解消をされたのであろうか?いつの間にか、あの少女がルイード王太子が望む結婚相手になっていて……


今までの時間、何のための時間だったの?

王立学園に入る前から、お茶会をし、仲を深め、厳しいお妃教育にも耐え、王立学園に入ってからもお昼を一緒に食べて、共に学問に励み、貴族の子息である生徒達とも交流し、その中で更に互いの絆を深めたはず。そう思っていたのはわたくしだけ?


あの女は誰よ。


ただ夢に出てきただけの女?


もしかしたら予知夢かもしれない。


カレドス公爵家は予知能力があるらしく、夢で見たことが正夢になった事があるのだ。

夢の少女が実在するのか?王立学園の生徒なのか。まずは調べてみる事にした。


そういえば、食事の後に、一人になりたいからと、ルイード王太子殿下は少しの間、どこかへふらりと行くことがあった。それも毎日である。


庭にでも出てぼんやりしたいのだろうと、気にもしなかったが、もしかしたらそこに何かあるのかもしれない。

その時間以外、ルイード王太子が一人になる時間はないのだから。


メレンティーナ自身がこっそりと後をつけてみることにした。


ルイード王太子自身も目立つ銀の髪を持っている。

帽子を被って髪を目立たないようにし、わざわざ眼鏡をかけてベンチに座っているルイード王太子。


何かを待っているようだ。


一人の少女がじょうろを片手に、花壇に近づく姿が見えた。

花壇に水やりをしている少女にルイード王太子が声をかける。


「毎日毎日、水やりか。偉いな」


少女は慌てたように、


「こんにちは。私が水やりの係なものですから」


「この花はチューリップか?」


「そうです。とても綺麗に咲いているでしょう」


少女は緊張しているようだ。

ルイード王太子殿下と解っているのだろうか?


慌てたように、


「失礼致します」


その場を去っていった。


こうして、毎日声をかけて親しくなっていったのね。

メレンティーナは怒りで腸が煮えくりかえっていた。


あの少女に何が出来ると言うの?

わたくしがこのアリシア王国の王妃になるのよ。


平民の邪魔な女。


例え、あの女がパーティで自害する未来が待ち受けようとも、その事が元で、このルイード王太子殿下が病むかもしれない。その前に、婚約解消をした自分が再び、王太子の婚約者に返り咲くという事は有り得ない。


邪魔な女。平民の……今のうちに亡き者にしてしまった方がいいのだろうか?

公爵家なら、平民の女、一人や二人、簡単に闇に葬る事も造作ない。

邪魔者は消す位の非情さが時にはないと、アリシア王国の王妃になんてなれない。

それは妃教育でも、叩き込まれる事である。


でも……


あの少女の面影が、幼くして亡くなった仲が良かった従妹によく似ていた。

自分に懐いていた可愛らしい従妹。

流行り病であっけなく8歳で亡くなってしまった。


あの少女に会って話を聞いてみたい。


メレンティーナは少女ファリシアを教室に呼び出すことにした。


真っ青な顔をしておずおずとやってきた。

ファリシア。


放課後の傾きかけた日差しが窓から入る中、メレンティーナはファリシアを睨みつける。


ファリシアは床に頭を擦り付け、土下座した。


「申し訳ございませんっ。何かお気に障る事をしでかしたでしょうか。どうかお許しを」


公爵家を怒らせたら、命はない。

それはアリシア王国国民が全て教育されている事である。

特に平民は、王族や貴族達を恐れていた。

無礼をしでかしたら問答無用で切り捨てられても、文句は言えない。

アリシア王国はそういう国だった。


ただ、問答無用で貴族が平民を切り捨てても、器が狭いとか、乱暴とか言われるのが嫌なので、邪魔な平民はひっそりと解らないように闇に葬るのが賢い貴族のやり方なのであるが。


メレンティーナはファリシアに、


「貴方、ルイード王太子殿下とはどのようなご関係なのかしら。わたくしの婚約者と知りながら、仲良くしているのかしら?」


「王太子殿下っ?知りません。お話しした事もありません」


「花壇の前で今日のお昼休み、お話ししていたでしょう?わたくし見たのよ」


「あれが王太子殿下だったのですかっ?貴族の方だとは思ってはおりましたが……」


「顔ぐらいご存じでしょう。入学式の時に挨拶をしたはずよ」


「あの方は眼鏡をかけておられましたし、髪色は帽子でよく……本当に申し訳ございません」


何度も床に頭を擦り付けて謝るファリシア。

メレンティーナはファリシアに、


「貴方にその気が無く、王太子殿下に接していた事は解りましたわ。でも、行動には気をつけなさい。王太子殿下でなくても、他の貴族令息と親しくして、そのお相手の貴族令嬢に誤解されただけで、貴方の命は終わるわ」


「解っておりますっ、私の注意が足りませんでした」


「花壇の水やりは男子生徒にやらせなさい。わたくしからも、特待生の先生に言っておきます」


優秀な平民は特待生として、特待生クラスに属しているのだ。

ちなみに、授業料は免除されている。


ファリシアは更に床に頭を擦り付けて、


「有難うございますっ」


「もう、行っていいわよ」


「失礼します」



ファリシアは慌てた様子で、教室を出て行った。


これで解決した。


ルイード王太子がこれ以上、ファリシアと接触することはないだろう。

そう思っていたのだが。


ルイード王太子は諦めた様子がなく。


「特待生クラスでしばらく授業を受けたい。彼らの話を聞いてみたいのだ」


そう言って、特待生クラスに行って授業を受けるようになった。

特待生クラスの生徒の一人に、カレドス公爵家の事業に関わっている店の息子がいる。

マリード商会の息子だ。

彼にルイード王太子とファリシアの様子を探って貰う事にした。


彼の報告によると、ルイード王太子は休み時間になると、ファリシアの傍に言って、色々と話をしているようだ。

ファリシアはルイード王太子からの接触を断れるはずもない。

それこそ、酷い態度を取ったりしたならば、王族に対する不敬になるからだ。


王太子殿下は恋をしている?

ファリシアに?


何で?何故?彼女は勉学は優秀かもしれないけれども、このアリシア王国の王妃は無理よ。

わたくしはどうなると言うの?


それこそ、夢のように、ファリシアのあの女の自害で卒業パーティは終わるというの?


そうあれはきっと卒業パーティ。

その場でファリシアは自害をするのだ。

国王陛下や王妃に責められて。





メレンティーナは放課後、今度はルイード王太子殿下と、ファリシアと共に話し合いをすることにした。


メレンティーナはルイード王太子殿下に、


「この度はわたくしの話を聞いて下さるとの事で、有難いですわ」


ルイード王太子は不機嫌そうに、


「私が特待生の教室で学ぶことに不満があるのか?何故、ファリシアまでここにいる?」


「親しくしているとお聞きしましたの。ファリシアという平民と」


「話を聞いているだけだ。平民の生活はどういうものか。私は将来の国王だ。色々と学ばなくてはいけない」


「他の方からも広く聞けばよいではありませんか。何故、彼女だけ、話を聞くのです?」


ルイード王太子は怒りだした。


「お前のそういうところが嫌いだ。メレンティーナ。この王国の為に、立派な人間になりましょう。共に努力しましょう。疲れるんだよ。私は。だから、私はお前と婚約解消する。

そして、癒されるファリシアと結婚する」


メレンティーナがファリシアの方を睨みつければ、

ファリシアは泣きながら、床に土下座して。


「とんでもない。申し訳ございません。メレンティーナ様」


「わたくしは貴方に名前を呼ぶ許可を与えていないわっ」


「どうかどうかお許しを。私は王太子殿下とお話をしていただけですっ」


「でも、王太子殿下は貴方と結婚したいと言っているのよ」


フッと頭によぎった姿。幼い女の子が花を両手に一杯持っていて、嬉しそうに金の髪に花冠をつけて微笑みながら、


― メレンティーナお従姉様。花冠、作ってくれてありがとう -


目の前で泣きながら、震えるファリシアとよく似た、8歳で亡くなった従妹カタリーナ。

とても自分に懐いてくれた。

可愛い可愛い従妹。


悪いのは王太子殿下なのに、自分は嫉妬のあまり、我を忘れていた。

もっと冷静に対処しなければ。


身を屈めてファリシアの肩に手を置いて、


「貴方は悪くないわ。悪いのは王太子殿下。頭をあげなさい。わたくしの名を呼ぶことを許すわ」


「有難うございますっ……」


そして、ルイード王太子殿下を睨みつける。


「ファリシアはいかに優秀といえども平民。このアリシア王国の女性達の頂点である王妃になる事は不可能ですわ。この王国の貴族の女性達は皆、ファリシアを馬鹿にするでしょう。いかに不敬だと怒り狂っても、平民の出である事実は変わりありませんわ。ファリシアを地獄に落とす気でしょうか?」


ルイード王太子は、


「私は癒されたいのだ。ファリシアが傍にいれば癒されると思った」


「ならば、市井に下ればよいでしょう」


「私は一人息子だ。父に男兄弟はいない。祖父にもだ。私しかいないのだ。この王国で国王陛下になる男は」


「でしたら、わたくしを王妃に据えて下さいませ。いかに癒されない女だといえども、このアリシア王国の為を考えるならば、わたくししかおりません。貴方は王国を愛していないのですか?わたくしだって、恋をしたかった。愛し愛される方と結婚したかった。わたくしだって。癒される生活が出来るのならば癒されたかった。でも、わたくしは貴方様と結婚し、王妃となるからには、全てを諦めて、この王国の為に生きると心に誓ったのです。貴方は覚悟が足りない。国民を見捨てる気ですか?貴方なんて大嫌い。大嫌い……わたくしは貴方なんて」


フッと優しい手が自分を抱き締めてくれた。


「お従姉様。カタリーナがずっとついているわ。だから泣かないで」


抱き締めてくれたのはファリシア。

でも、ファリシアがカタリーナの事を知っているはずはない。


カタリーナが心配してくれて、きっとあの夢を見せてくれたのだ。

ファリシアが自害する夢、王太子殿下に婚約を解消されて王妃になれないかもしれない自分を心配してくれたから。


「有難う。カタリーナ。有難う」


ルイード王太子の声が聞こえた。


「私の覚悟が足りなかった。改めて、メレンティーナ。私と共に歩んで欲しい。

ファリシア、迷惑をかけたな。すまなかった」


ファリシアは意識を失ったかのように、倒れた。

慌てて、メレンティーナが支えれば、ルイード王太子が彼女を抱き上げて、椅子に座らせる。


メレンティーナはルイード王太子に向かって、


「ルイード王太子殿下。これからも共に歩みましょう。このアリシア王国の為に」


ルイード王太子殿下が手を差し出す。その手に自らの手をそっと添えた。




卒業パーティは何事も無く終わり、卒業後、ルイード王太子はメレンティーナと結婚した。

二人の間には三人の王子に恵まれ、アリシア王国は更に発展した。


ファリシアは卒業後、王宮の文官となり、平民の同僚と結婚し、それなりに幸せな一生を送った。



メレンティーナとルイード王太子の間に、愛が生まれたかどうかは解らない。


― 大変な一生だったけれども、悪くはなかったわ -


メレンティーナは死の床でそう最後に呟いたとされている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 下手に波風立てず、穏便に収めた点 [気になる点] 最後のカタリーナの件が少し唐突で、王太子がどう考えて 心変わりしたのかが分かりづらく消化不良感がありました。 そもそも、癒されたいだけなら…
[一言] 恐らくゴミ男はまた癒しに走りますよ。何一つ反省していない。浮気癖は病気。一生治りません。 大変な一生だったけれども、悪くはなかったわ という言葉は屑男の女癖の悪さも要因の1つでしょう。 …
[良い点] メレンティーナとファリシアの関係が良かった。 格差があるのもよくわかる表現であり、メレンティーナがファリシアを気にかける理由も納得できました。 [気になる点] 元サヤ大好きなのですが、相手…
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