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天邪鬼と天邪鬼

作者: ウォーカー

 昔々、辺鄙へんぴな山奥の村に、小さな男の子の精霊がいた。

その精霊は、前世は絵が好きだった人間の男の子だったとされるが、

実際にそうだったのか定かではない。

とにかく、その小さな男の子の精霊は、絵が大好きだった。

何故なら、精霊には、絵に込められた想念を読み取る能力があったから。

精霊にとって絵は書物であり、願いを込める御守りのようなものだった。

だから精霊はよく人間に絵を見せてくれるようにせがんだり、

村の子供たちと一緒に絵を描いたりしたものだった。

絵を見せてくれたお礼に、その精霊は、

絵に込められた願いを叶えてあげていたので、

村の人たちからは幸運の精霊として大事に扱われたのだった。


 絵が好きな精霊と、絵に込められた願いを叶えてもらう人間と、

仲睦まじい生活はそれなりに長い間続いた。

しかし、ある時、そこに邪魔者が現れた。

写真機カメラである。

外国で発明された写真機が、遠く離れたこの村にも入ってきたのだった。

手で描く絵と違い、写真機は極短い時間で写した光景を写真という絵にする。

写真にも想念は込められてはいるが、しかし、

写真は絵よりも遥かに短い時間で形作られるので、

絵を描く時間が短いと、

絵に込められる想念は単純なものになってしまう。

精霊にとって写真とは、

読む書物としては単純なものとして感じられるのだった。

込められた想念が単純で、内容が乏しくすぐに読み終わってしまう。

単純な本をたくさん読んでも、手の込んだ本を読むほどの楽しさは得られない。

精霊は写真を見ることが少なくなり、

写真に込められた願いを叶えることも少なくなっていった。

すると御利益が無くなるのに従って、人間の心もまた精霊から離れていった。

人間と精霊が疎遠になっていって、精霊の姿が見えない人間も増えていった。

ある時、精霊の姿が見えない人間が、精霊の姿が映り込んだ写真を見て、

写真に化け物が写っていると大騒ぎしたことで、

人間と精霊の親交は崩れてしまった。

化け物扱いされた精霊は傷つき、人間と関わるのを嫌がるようになり、

性格も徐々に変わっていった。

素直だった小さな男の子の精霊は、やがて、

性格がねじ曲がった天邪鬼あまのじゃくになってしまった。


 天邪鬼になった精霊は、写真を憎み、いたずらの限りを尽くした。

自分の姿が人間には見えないことを良いことに、家屋に勝手に上がり込み、

写真立てに飾ってある写真を見つけては、想念を読み取って呪いをかけた。

天邪鬼の呪いは、写真に込められた想念を逆に叶える呪い。

仲睦まじい家族の写真を呪うと、家族が不仲になった。

裕福な家の写真を呪うと、家は貧しくなった。

健康を願う人の写真を呪うと、その人は病に見舞われた。

そんなことが続いて、村の人たちは、天邪鬼と呪いの存在に気が付き、

村では写真を飾ることは不幸を呼ぶ禁忌とされるようになった。


それから短くない年月が経過して、時代は現代。

その村にもう一人の天邪鬼がやって来ようとしていた。



 その男は、へそ曲がりな性格で、

何にでも逆らうので、他人からは天邪鬼と呼ばれた。

右に曲がれと言われれば左に曲がり、前に進めと言われれば後ろに下がる。

そんな天邪鬼な性格が災いして、都会での生活は上手く行かず、

何もかも放り出して、こんな辺鄙な村に引っ越してきたのだった。

村にやってきて第一声、その男は大声を上げた。

「何だあ?この寂れた田舎村は。何もないじゃないか。

 俺は都会から一人っきりでやってきたというのに、

 これじゃあ引っ越しの作業もできやしないぞ。

 あーあ、誰か手伝ってくれないかなぁ!」

そんな白々しい独白は、物珍しさに集まっていた村の人たちの耳に届いていた。

聞かなかった振りをするのも気まずいので、

村の人たちは引っ越し作業を手伝うことになった。

一人暮らしには多めの荷物を、古くも新しく直された民家に運び込んでいく。

「この箪笥たんすはどこに置いたら良いんだい?」

「ああ、そっちの部屋に頼む。」

「この本棚は?」

「それはこっち。中身は向こうのダンボールに入ってるから。」

村の人たちはテキパキと引っ越し作業に汗を流し、

指示を出すだけのその男は、汗一つかいていなかった。

そうして引っ越しの荷解きがおおよそ終わって、

その男は最後に、いくつかの写真立てを家の中に飾った。

何も上手く行かず続かないその男だったが、写真撮影だけは唯一の趣味だった。

すると、それを見た村の人たちが、慌ててその男を制した。

「おっと、写真は飾らない方が良いよ。」

「どうしてだ?」

そうしてその男は、この村の写真を呪う天邪鬼の言い伝えを聞くことになった。


この村ではかつて絵が好きな小さな男の子の精霊がいて、

人間と仲良くしていたこと。

しかし写真機が入ってきたことで疎遠になってしまったこと。

精霊は人間を恨んで天邪鬼となり、

写真に込められた想念と逆のことが叶う呪いをかけるようになったこと。


写真の天邪鬼の話を聞けば、まともな人ならば怖がるか、

あるいは精霊の存在など信じないで無視したことだろう。

しかし、今そこにいるのは、自らも天邪鬼と呼ばれた男。

その男の反応はどちらでもなく、ニヤリと嫌な微笑みを浮かべた。

「写真に込められた想念の逆を叶える呪いだって?それはいい。

 写真の精霊の御利益にあずかりたいものだ。

 実際に試してみようじゃないか。」

そう言ってその男が取り出したのは、一枚の写真だった。

写真には、どこかで見たような顔の老夫婦が並んで写っている。

老夫婦は疲れたような顔をしていた。

村の人たちが興味津々に写真を覗き込む。

「それは?」

「これは俺の両親の写真だ。最近は顔も合わせてないがね。

 こいつを写真立てに飾って、様子を見ることにする。」

「そんな!危険だよ。あんた、自分の両親がどうなってもいいのか?」

「うるさいなぁ。他人の家のことは放って置いてくれ。

 もう引っ越しは終わったんだから、みんな帰った帰った。」

村の人たちが止めるのも聞かず、その男は両親の写真を写真立てに飾った。

心配する村の人たちは、引っ越し作業の労いの言葉もそこそこに、

家から追い出されてしまった。

後にはその男が一人だけ・・・ではなく、

その場にいた人たちの誰にも見えない存在がいたことに、

その男も誰も気が付いてはいなかった。


 写真に込められた想念とは逆の呪いをかける天邪鬼がいる村。

その村に引っ越してきた男は、こともあろうに両親の写真を飾った。

村では珍しい引っ越しをしてくる者を、天邪鬼が見逃すはずもない。

その男の家に人知れず上がり込んでいた天邪鬼は、

きっと写真に呪いをかけたに違いない。

写真に写る両親にどんな災難が訪れることか。

村の人たちはそう思っていたが、その男は違うようだった。

引っ越しの後、その男はしっかりと食事を取り、風呂に浸かって疲れを癒やし、

夜は高らかにいびきを上げて眠った。

翌朝、電話の呼出音に気が付いて、寝ぼけ眼で電話機に耳を当てた。

すると電話からは、年寄りのがなり立てる声が飛び出してきた。

「もしもし、あんたかい!?

 この親不孝息子が、長い間連絡もしないで!

 それよりも、聞いとくれよ。

 お父さんとあたしの病気が治ったんだよ!

 昨日まではあれだけ具合が悪かったのに、

 今朝置きたら、すっかり楽になってたんだ。

 まるで魔法だよ。もしもし、聞いてるのかい?」

両親からの電話に、その男はいやらしくニヤリと笑っていた。

実は、その男が写真に飾った両親は、重い病に長い間苦しめられていた。

病気の治療が苦しい、生きているのも辛い。

その男が飾った写真は、両親がそんなことを言っていた時に撮った写真だった。

病気の治療に疲れた人の想念は、明るいものばかりではないだろう。

場合によっては、生を諦めることもあるかもしれない。

その写真を天邪鬼は呪い、込められた想念を逆に叶えた。

結果として、写真の両親の病気は良くなったようで、

それはその男の目論見通りのことだった。


 病気の人の写真を天邪鬼に呪わせたら病気が治った。

そんな噂は、大きくもない村の中を駆け巡った。

写真の天邪鬼の呪いは、写真に込められた想念を逆に叶える。

本来は忌むべきはずの呪いが、

叶えたいことと逆の想念の写真を呪わせることで、

望み通りの願いを叶える祝福へと変貌した。

それは、絵とは違って想念が単純化される写真だからこそ起こった、

写真の天邪鬼の呪いの誤作動のようなものだった。

しかし、人間にはそんな事情は関係なく、

幸運をもたらす祝福として持て囃されるようになった。


わざと中身を少なくした財布を写真に撮って飾っておくと、儲かるようになった。

車庫の中の古い車を写真に撮って飾っておくと、

希少車で高い価値があるとわかった。

寂れた村の風景を写真に撮って飾っておくと、

落ち着いた秘境だと観光客が集まった。

荒れた畑を写真に撮って飾っておくと、豊かな実りがもたらされた。


慌ただしく時が過ぎ、数年も経った頃には、村はすっかり変貌していた。

金も人も物も集まり、辺鄙だった村は豊かになった。

写真の天邪鬼は崇められ、村の写真を撮ったその男もまた持て囃された。

その男の方はと言うと、外れるように念じて買った宝くじを写真に撮って飾って、

天邪鬼の呪いで当たりくじに変貌させることで一財産を築いていた。

何もかも上手く行かずに、かつては辺鄙な村に流れてきたその男は、

今や人も羨むような裕福な生活を手に入れた。

しかし、その男は内心、幸せではなかった。

写真の天邪鬼は、写真に込められた想念を逆に叶える呪いをかける。

この村での写真は、ほとんど全てその男が撮影した。

つまり、その男は、この村で写真を撮る度に、

村に否定的な想念を強く念じるようにしていた。

写真を撮れば撮るほど、被写体も村も嫌いになっていく。

終いには、写真を撮る事自体が嫌いになりそうで。

金も人望も手に入れてなお、何もかもを嫌っている自分が、その男は嫌だった。


 写真の天邪鬼の呪いで、村の人たちは幸せになった。

しかし、当の写真を撮っている本人、その男は満たされずにいた。

そもそもその男は、金や名声が欲しくてこんな辺鄙な村に来たのではない。

金や名声が欲しければ、石に齧りついてでも都会に居た方が良いに決まってる。

都会の生活を捨てたのは、こんなことのためではなかったはずなのに。

否定的な想念を持ちながら写真を撮り続け、

今では唯一の趣味だった写真にも嫌気が差し始めていた。

このままでは全てを失ってしまう。こんなはずではなかったのに。

でも、どうしたら良いのだろう?

写真を撮るだけの自分に、何ができるのだろう。

・・・あるではないか。

写真の天邪鬼のために、まだ写真に撮っていないものが。

一人っきりの自宅。

その男はゴロンと寝返りを打って、誰にとも無く声をかけた。

「天邪鬼、いるんだろう?

 お前のおかげで、俺は金も名声も手に入れることができた。

 でも、本当に欲しかったのは、そんなものじゃない。

 俺は自分を変えたくてこの村に来たんだ。

 何もかもを嫌って逆らって、そんな自分が俺は嫌だったんだ。

 天邪鬼、お前もそうなんじゃないのか?

 だったら、一緒に生まれ変わろうじゃないか。

 好き嫌いせず、何にでも好きになれる自分に。」

そうしてその男はむくっと起き上がって、写真機に手を伸ばした。

かつてボロボロだった写真機は、今や最新のものに置き換えられていた。

何やら写真機を操作して机の上に置く。

それからその男は写真機の正面に立って姿が写るようにした。

その男が写真機に施したのはセルフタイマー、

写真機が自動的にひとりでに撮影するための機能だった。

「まさか、天邪鬼の呪いを自分自身にかけることになるとは。

 でも、これで俺もお前も変われるかもしれない。

 もしも変わることができたら、今度はお互いに好きなものを見つけような。」

間もなく、写真機のシャッターが切れて写真が撮影された。

新しい写真機には、今撮影したばかりの写真がもう表示されている。

「どれどれ、写真はっと・・・。あれ?おかしいな。」

表示されている写真を見て、その男は驚き、顔をほころばせた。

写真を撮る時には、確かに不機嫌そうな表情をしていたはずだったのに。

撮影されたその写真には、

その男と、どこにいたのか、小さな男の子が、

一緒に手を取り合って微笑み合う様子が写っていたのだった。



終わり。


 願いを逆向きに叶える精霊と、へそ曲がりな男と、

二人の天邪鬼が協力して幸せになる話でした。


へそ曲がりな人のことを天邪鬼と呼ぶわけですが、

人が天邪鬼になるのにはやむを得ない事情があることもあり、

一方的に悪く呼ぶのも気の毒に感じます。

あるいは自分自身が天邪鬼だから、そう感じるのかもしれませんが。


どんな性質の人でも協力して幸せになれるという結末を目指しました。


お読み頂きありがとうございました。


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