第8話「チームの土台」
A組が選手主導で10mダッシュを始めていた。
誰に言われたわけでもない。
“やらされている”のではなく、“自分たちでやっている”。
その光景を見た瞬間、胸が熱くなった。
――ひょっとしたら、このチームはとんでもない可能性を秘めているのかもしれない。
外から見ていても、雰囲気がまるで違う。
声の質、動きの鋭さ、集中力。
昨日までのサブ組とは別物だった。
「じゃあ、そろそろ休憩にしよう」
声をかけると、A・B組ともに練習を中断した。
休憩に入ったサブ組を横目に、少し離れたレギュラー組の様子を見てみる。
「やはり能力はレギュラー組のほうが高いな」
素直にそう思う。
だからこそ――もったいない。
“能力だけで戦うサッカー”の限界を、彼らはまだ知らない。
「まぁ、サブ組との戦い方で何かをつかんでくれれば、今は十分だ」
気持ちを切り替えた。
■ A組の手応え
10分の休憩が終わり、選手たちが戻ってくる。
まずはA組に聞いた。
「どうだ、ダッシュの感覚はつかめたか」
柏木が代表して答える。
「すぐには難しいですけど、きっかけみたいなのはみんな感じたと思います。
あとは各々で自主練していきたいと思います」
その表情には、確かな手応えがあった。
「わかった。
今後も継続してやっていくが、今日は次の練習に移る」
「はい!」
A・B組の返事が揃う。
声が揃うだけで、チームは強くなる。
■ パスからのターン練習
「じゃあ、次はパスからのターンを練習しよう」
俺は説明を始めた。
「パス出しが1名、受け手が1名。
受け手は首振りをしてDFの状況を確認。
空いているサイドにターンして前を向く」
「ポイントは首振りだ。
最初はパスは弱くていい。
じゃあ、始めてくれ」
選手たちが動き出す。
決して上手くはない。
だが――
“何かをつかみたい”という熱量が、全身から伝わってくる。
15分後。
「じゃあ、集合」
選手たちが集まる。
「今回は、前を向くためにどうするかを感じてほしかった。
そのためには首振りが必要で、前を向くには“どこにボールを止めるか”が重要になる」
宮本が手を挙げた。
「監督、なんとなくどこにボールを止めたらやりやすいか、わかった気がします。
さっきのパス連でも、このシチュエーションを想定してトラップ練習してみます」
――さすがだ。
俺が伝えたい50%は、もう理解している。
■ もう半分の答えを探す
「じゃあ次は、後ろのDFはFWに寄せる前に、
どちら側から寄せるか手で合図をしてくれ。
パス出しはそれを見て、受け手にどんなパスを出すか考えてくれ」
「はい!」
練習が始まる。
ここで俺が伝えたい“もう50%”の答えを、
誰が見つけてくれるだろうか。
――やはり、アイツだった。
「左側から来るか……じゃあ左足にパスを出そう。
次は右側か。なら逆だな」
まるで頭の中で状況を整理しながら、
正確にパスを出している。
佐藤だ。
持ち前の技術に“思考”が加わり、
プレーの質が一段も二段も上がっている。
昨日まで“技術の方向性”を誤解していたはずなのに、
もう“考える技術”を使い始めている。
「……さすがだ」
思わず声が漏れた。
■ 佐藤、覚醒
15分後、練習を止めてフィードバックを行う。
「今回の練習で伝えたかったことは、佐藤がプレーで答えてくれた。
佐藤、見本を見せてくれ」
佐藤は迷いなく前に出る。
そして――
先ほどと同じ、いやそれ以上の質でプレーを見せた。
「みんな、この練習で伝えたかったことは何かわかるか?」
沈黙。
考える顔。
その中で――
宮本が答えた。
「一秒でも早くパスを受け手に渡して、ターンをしやすくすることですか?」
悪くない。
だが、まだ表面だ。
「佐藤、どう思う?」
佐藤は一歩前に出て、はっきりと言った。
「細かいことを言えば、DFが寄ってきた方向と遠い足にパスを出すことを意識しました。
宮本が言う通り、パスのスピードも意識しました。
ただ……
受け手が困らないように、というだけではなくて――
後ろのDFがどうアプローチしてきているのかを“メッセージとして伝える”ことを意識しました。
左足に出したら、右側からDFが来ているとわかるように」
完璧だった。
「正解だ」
俺は深く頷いた。
「この練習では、パスに“思い”を込めてほしかった。
そのパスにどんな意味があるのかを考えて出してほしい」
選手たちの目が変わる。
「これからパス練をするときは、
・トラップは“どんなシチュエーションか”を意識して止め方を変える
・パスは“どんなメッセージを込めるか”を考えて出す
この2点を必ず意識してくれ。いいか?」
「はい!」
声が揃った。
その声には、昨日までなかった“覚悟”があった。
――チーム作りの土台が、確かに一歩前進した。
ここからだ。
南東京高校サッカー部の革命は、まだ始まったばかりだ。
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