第6話「日本的な上手さ」
「集合」
俺の声に、サブ組が一斉に集まる。
昨日よりも声が揃っている。
目つきも違う。
“変わりたい”という空気が、確かにそこにあった。
「今日は、今のトレーニングメニューを続けながら、俺のアドバイスを加えていく。
そのうえで、プラスアルファの練習も追加する。
じゃあ始めよう」
「はい!」
サブ組が一斉に動き出す。
ウォーミングアップの声が、昨日よりも力強い。
十五分後。
「よし、二人一組でパス練習だ。
十五メートル離れて始めてくれ」
パス練が始まる。
俺は一人ひとりの動きを細かく観察していく。
やはり、ベスト16とはいえサブ組だ。
技術的には粗い。
宮本も高橋も、決して“上手い”とは言えない。
だが――
一人だけ、異質な選手がいた。
端のほうで淡々とパス練をしている小柄な選手。
佐藤守。
身長165cm。
目立たない。
声も小さい。
だが、ボールタッチだけは――
異常に美しい。
右足でも左足でも、ボールが吸い付くように止まる。
パスは一直線に味方の足元へ滑り込む。
音が違う。
質が違う。
俺は宮本を呼んだ。
「宮本。なんで佐藤はサブ組なんだ」
宮本は気まずそうに答える。
「いや……実は、みんな理由がわかってないんですよ。
ただ、走らないやつで……強度が低いって前監督が嫌がってたって噂です」
「なるほど。テクニックがあるのはみんな知ってるんだな」
「そりゃそうですよ。
もともとJの下部組織にいたらしいですから」
宮本は誇らしげに言う。
だが、その表情の奥に“悔しさ”が見えた。
「でもサブ組、か」
「……はい」
宮本はうつむいた。
俺はしばらく佐藤を観察し続けた。
そして、ある違和感に気づいた。
「佐藤」
呼ぶと、佐藤は少し驚いたようにこちらを向いた。
「トラップするとき、何を意識してる?」
佐藤は少し考えてから答える。
「ボールが来るとき、近いほうの足を判断して……
リラックスして、ギリギリまでボールを見て……
足をクッションのようにして止めます」
「パスは?」
「軸足をボールの横に置いて、出し先を見て……
まっすぐ線を引くように押し出します」
完璧な答えだ。
だが――
それは“綺麗な技術”であって、“試合で使える技術”ではない。
俺は深く息を吸い、サブ組全員に声を張った。
「集合!」
選手たちが驚いて集まってくる。
「今からパス練習のデモンストレーションをする。
佐藤、宮本。前へ」
二人が前に出る。
佐藤の技術に、他の選手たちは目を輝かせている。
デモンストレーションが始まる。
佐藤のトラップは美しい。
パスも正確だ。
周囲は感嘆の声を漏らす。
俺は同じ質問を繰り返す。
佐藤は同じ答えを返す。
宮本も他の選手も、今にもメモを取りそうな勢いだ。
その空気を切り裂くように、俺は言った。
「佐藤。お前のプレーは上手いのか?」
空気が止まった。
佐藤が驚く。
サブ組全員が驚く。
「この練習は、試合ではありえない状況だ。
だから“上手く見える”だけだ」
俺は佐藤に指示した。
「佐藤、二十メートル下がれ。
そこから全速力で俺に向かって走ってこい」
佐藤は戸惑いながらも従う。
「行け!」
佐藤が全速力で走り出す。
十五メートル、十メートル――
俺は強めのパスを佐藤に蹴った。
「トラップ!
右サイドにはたけ!」
佐藤は反応しようとするが――
ボールは足元から大きくこぼれた。
転がるボール。
止まる佐藤。
静まり返るサブ組。
俺は静かに言った。
「これのどこが“上手い”んだ」
誰も答えられない。
「サッカーは止まってボールを受けるスポーツじゃない。
走りながら、相手が迫りながら、選択肢を持ちながら止める。
それが“本当の技術”だ」
佐藤は悔しそうに唇を噛んでいる。
「佐藤を責めてるんじゃない。
むしろ、佐藤の技術は土台として素晴らしい。
だが――試合で使える技術に変えなければ意味がない」
俺は深く頭を下げた。
「見せしめみたいにして悪かった。許してくれ」
佐藤は驚き、そして小さく笑った。
「大丈夫です。
自分でも……わかりました。
状況が違うと、全然できないんだって」
「ありがとう」
俺は顔を上げ、全員に向き直った。
「いいか。
佐藤ですら状況が変わればミスをする。
だからこそ、練習しかない」
俺はチームを二つに分けた。
「佐藤を中心にしたA組は、走りながらのトラップとパス。
宮本を中心にしたB組は、まず“止める・蹴る”の土台を固める」
宮本が力強く頷く。
佐藤も真剣な表情で準備を始める。
サブ組全体の空気が変わった。
“ただの練習”が、“戦い”に変わった瞬間だった。
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