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第6話「日本的な上手さ」

練習3日目


「集合」

俺がそう声かけるとサブ組が集合する。


「今日は、現在行っているトレーニングメニューは変わらずに、アドバイスを開始したいと思う。

そのうえでプラスアルファの練習を追加する予定だ。

では、はじめよう」


「はい!」

サブ組がウォーミングアップを始める。

15分が経過したところで、


「よし。じゃあ、二人一組でパス練習をしてくれ」

俺の一声で各自ペアを組み始める。


「15m離れて始めてくれ」

パス連が始まる。


まずは各々のスキルを念入りにチェックする。

やはりベスト16のチームとはいえ、サブ組だ。

お世辞にも上手なメンバーが揃っているわけではない。


宮本や高橋もそこまで上手ではない。


そんな風に感じていると一番端でやっている一人の選手が目に留まる。


名前は佐藤守。

身長が165cmの小柄な奴だ。


右足でも左足でも実に上手にボールを止めている。

パスも正確だ。


俺は宮本を呼んで聞いてみた。


「宮本。なんで佐藤はサブ組なんだ」

宮本がばつが悪そうに答える。


「いや、実はみんななんでかわかってないんですよね。

ただ、走らないやつでいわゆる強度が低いってやつで・・・

そこを前監督は嫌がったってのが自分たちの予想です」


「そうか。やっぱりテクニックがあるとみんな思っているか。」

俺はさらに質問した。


「そりゃもちろんですよ。もともとJの下部組織にいたらしいですから」

なぜか誇らしげに答える宮本。


「でもサブ組ってわけか」

俺がそう言うと


「はい」

うつむきながら答えてきた。


「ありがとう。練習に戻っていいぞ」

宮本が練習に戻っていく。


しばらく佐藤の様子を見ていると少し気になることを見つけた。


「佐藤」

佐藤がこちらを向く。


「トラップする際に気を付けていることはなんだ」

そう問いかけてみた。


すると怪訝な顔をしながら佐藤は

「ボールが来る際に近いほうの足がどちらかを判断して、

なるべくリラックスした状態でボールをギリギリまで見て、

止める足をクッションのようにしてボールを止めます。」


「そっか。それじゃあパスを出す際は何を意識している」

続けて聞いてみた。


「ボールの横に軸足を置いてしっかりとパスの出し先を見て

まっすぐ線を引くようにボールを押し出します。」


「なるほど。ありがとう」

俺は頷きながら佐藤との会話を終えた。


前監督の指導の一端が見えると俺はため息をつきながら、

選手が集まりやすいスペースを見つけると

「集合」と声を大きくして言ってしまっていた。


選手たちがびっくりして集まってきた。

各々が何かをしてしまったのかと顔を見合わせている。


「今から先ほどのパス練習のデモンストレーションを行う。」

選手たちを見回しながらある選手を名指しする。


「佐藤」

もちろんやってもらうのはサブ組の中で一番上手だと思われている選手だ。


「はい」

佐藤が返事する。


「相手は宮本。いいか」

そう言うと


「はい」

宮本も前に出てくる。


デモンストレーションが始まる。

他の選手は上手な佐藤を見て、技術的に学ぼうとする姿勢が見える。


2,3分たった時に改めて、先ほどと同じ質問を佐藤にしてみた。

もちろん佐藤からの解答は同じだ。

それを聞いた他の選手や宮本すらも今にもメモを取りそうな勢いだ。


その光景を見た俺は佐藤に思わず聞いていた。


「佐藤、お前のプレーは上手いのか。」

佐藤が驚く。それだけじゃない。サブ組すべてが驚いている。


「この練習は、試合ではありえない状況だ。

ゆえに上手くなる部分は、本当にボールを止めることと蹴ることだ。」


気づかないうちにヒートアップしているようだ。

「これを日本では上手という。テクニックがあるという。

そして、佐藤が解答したように気にしている点も動作のことだけだ。」


選手に伝わっているか不安になった俺が佐藤にさらにデモンストレーションをお願いした。


「佐藤、今いる場所から20m後ろに下がってくれ」


佐藤は言われた通り下がる。

「じゃあそこから俺に向かって全速力で走ってくれ」


佐藤はこちらに向けて走ってくる。

残り15m、10mと近づいてくる。


ここで俺は、ボールを佐藤に向けて蹴る。


「佐藤、トラップだ。

トラップしたらすぐ右サイドにはたけ」


全速力で走ってきた佐藤はいきなりきたボールを上手くトラップできず

はじいてしまう。


ボールは転々と後方に転がっていった。


ここでサブ組に向けて声をかけた。

「これのどこが上手いんだ。

全速力で走ったぐらいで上手く止められないじゃないか」


選手が真剣に聞いている。

もちろん佐藤もだ。


「サッカーは止まってボールを受けるなんてほぼない。

おまえたちがやってる練習の上手さはあくまで土台だ。」


「俺が考える本当に止めて蹴れる選手は、一番厳しい状況でボールをしっかり止めて

蹴れる選手だ。

動作の綺麗さや滑らかさなんかはいらない。」


「その瞬間に判断の選択肢を増やせるようにボールが止められることのほうがよっぽど大事だ。

そして、味方にパスを出すというのは選択肢を増やすように出してあげなければいけない。」


「だから、トラップの際に気を付ける必要があるのは、どんな状況を想定しているかで変わるし、

パスを出す際に気を付けなければならないことも当然変わる」


「よって、この質問に不変な解答はない。」


そう言い終わっただが、もちろん俺が指導するうえでは解答がある。


「ただ、俺の指導するチームでは、選択肢を増やせるように心がけてやってほしい

これからはこれを正解としてトレーニングメニューをこなしてくれ」


「佐藤」

改めて佐藤に声をかける。


「見せしめみたいにして悪かった。許してほしい」

俺は、そう言うと頭を下げた。


佐藤はびっくりした様子で

「いや、全然大丈夫です。

実際に上手くボールを止められると思っていたのに、

少し状況が違うと感覚が違いました。」


「ありがとう」

そう言う俺に


「大丈夫です」

笑顔で佐藤は返してくれた。


「いいか、佐藤ですら状況が違えば簡単にミスをするということだ。

練習しかないからな。」


「では、練習を少し変える」


佐藤を中心とした土台ができている組(A組)と、

宮本を中心とした土台がまだできていない組(B組)に分ける。


「宮本、B組は引き続き同じ練習だ。

さっき佐藤が言ったことにプラスして、自分なりに止めやすいフォームや感覚を固めろ。

パスも同様だ。いいな。」

俺の話をしっかり聞いていたB組は練習を再開した。


「佐藤、A組はまずは10mダッシュ中のトラップ、その後すぐ左右にいるメンバーのどちらかにパスを出す練習を行ってくれ」


佐藤をはじめとしたA組はがぜんやる気な顔をして準備を始めた。

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