第56話「待たせた一体感」
同点になってからの試合展開は一方的になってきていた。
さすがに北川学園の川辺も先ほどのミスからおとなしくなり、
相沢・軽井沢の組み立てに口を出すこともなくなった。
ただ、相沢への負担は変わらず
その上で水樹とのマッチアップは荷が重く
ペースは南東京高校へ傾いていた。
その中で、水樹は相沢へトラッシュトークを続けていた。
「相沢、こんなもんか」
「もっと自由にやれよ」
相沢の気持ちがわかる分、
心を鬼にして冷静さを失わせるよう仕向ける。
「うるさい」
徐々にヒートアップする相沢。
ボールを運ぶにも、奪うにも少しずつプレーが荒くなってきた。
後半も残り半分。
何回かの1対1。
ボールを持つ水樹が相沢に話しかける。
「なんでそんなにすべてを背負う必要がある?
サッカーはもっと楽しいものだろ」
ピッチ上の指揮官では収まり切れないその姿が痛々しい。
ただ、水樹自身も鳥海が監督に就任していなかったら
同じ境遇だったかもしれない。
「俺だってこうはなりたくなかったさ。
でも軽井沢を含めた同級生やベンチにいる長瀬コーチの為にやるしかない。」
今も監督の小言を言われているであろうコーチの長瀬の気持ちまで背負っていた。
「気持ちは理解できるけどな。
でも裏を返せばおまえは誰も信用していないってことだな。」
昔の俺みたいに。
「・・・」
「まぁ、そんな奴におれは負けない。
ここで勝負をつけさせてもらう。」
ドリブルのギアをあげる水樹。
「くっ・・・」
相沢にはその水樹の姿の後ろに
サポートに入る佐藤や宮本など南東京高校一丸で攻めてくる様子がわかった。
勝てるわけがない。
孤独が自分を支配してくる。
後ろには不安そうな守備陣。
戻ってくる気配のない上級生の二人。
ここで自分が抜かれれば勝負は決まる。
サッカーは11人でやるスポーツのはずなのに・・・
この重圧誰か助けてほしい。
「おまえら!!!」
グラウンドの外から怒号がとぶ。
北川学園のベンチからだった。
「いい加減にしろ!
いつまで相沢に甘えているんだ!」
声の主はコーチの長瀬だった。
決して監督の北沢より前に出ることがなかった。
でもこの状況を見逃すことはできなかった。
「川辺・佐治!
おまえらも戻ってこい。
ここで相沢が抜かれたら負けるぞ」
あっけに取られていた川辺と佐治も
慌てて戻り始める。
北川学園の止まっていた時間が動き始めた。
「長瀬」
監督の北沢が詰め寄ってくる。
「北沢監督。
話は後にしてもらえますか」
覚悟を決めた長瀬。
「自分はこの試合に勝ちたいんで」
もう失いたくない。
「うっ・・・」
その姿に気おされた北沢は何も言えずに戻っていった。
テクニカルエリアまで前に進む長瀬。
その姿は十分監督だった。
「相沢!
もうおまえだけには背負わせない。」
「俺がこのチームを勝たせる!!
全員いいな」
相沢以外の選手に向けて声をかける。
「はい!!!」
川辺と佐治も含む全員が返事を返す。
「なら全員で戻れ。
相沢をフォローしろ」
「はい!!!」
北川学園の全選手の動きが変わる。
「相沢よかったな。
いいコーチがいるじゃないか」
相手チームなのになぜか嬉しくなる水樹。
「そうですね。
水樹さんが言うように自分が信用していなかっただけかもしれない」
さっきまでの孤独が嘘のようにいなくなる。
「ここからが本当の本番みたいだな」
「勝たせてもらいます。」
攻める南東京高校。
守る北川学園。
チームの一体感では互角。
次の1点が勝負を決する。
この試合を見ている誰もがそう感じていた。
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