第30話「準備完了 サイド:レギュラー組」
<森山視点>
サブ組の練習試合を玉木と見た俺の意識は180度変わっていた。
今年赴任してきたただのサッカー好きの教師が監督になると聞いた時は、
目の前が真っ暗になった。
去年の南東京高校の成績は、東京都でベスト16。
しかもレギュラーメンバーはほぼ自分たち下級生だった。
今年はそんな自分たちが最上級生になる為、ひょっとしたら全国を目指せるかもしれない。
そう思っていた。前監督が突然他のチームへ行くと伝えられるまでは。
そこに新監督がサッカーで大した経歴もない一教師が就任。
ここで俺は気持ちが切れてしまった。
今ではさすがに監督に対してあの態度はなかったと自分でも思ってはいる。
ただ、あの時はその現実を受け入れられなかった。
それゆえに紅白戦での結果であの監督を受け入れるかどうかを提案してしまった。
普通の監督なら、怒って俺を干しただろう。
それがどうだ。すんなり受け入れて今に至っているわけだ。
関東大瑞穂との練習試合をサブ組が行うと鳥海監督から聞いた時、素直に驚いた。
自分たちの実力もわからないのかということとそんなパイプを監督が持っていたことだ。
この話を他のメンバーに話したが、皆見る価値はない。
どうせ大差で負けると言って相手にもしていなかった。
もちろん俺もその意見に同感だったが、さすがに誰も行かないのはまずいし、
一応キャプテンである自分の立場を考えて副キャプテンの玉木と足を運ぶことを決めた。
会場に着き、相手が2軍メインということはその場でわかった。
でも、それでも神奈川県を制覇したチームの2軍。十分強いはず。
はずだったのに。
目の前で始まった試合の光景は想像したものとは全然違った。
うちのサブ組は、前監督からは戦えないと言われていて、
技術的にも劣っていた印象だった。
それがしっかり止めて蹴るという基本動作も上手になっていたし、
上から見ていたのでわかったが、選手一人一人が連動しているように感じた。
佐藤も宮本も柏木もあんな選手じゃなかった。
たった3週間程度。
あの監督から指導を受けただけで別人になっていた。
結果は、関東大瑞穂の10番が入って逆転を許したが、
同じチームメイトがあんな熱い試合をしたかと思うと、
強烈な不安を覚えてしまった。
このチームに今のレギュラー組が勝てるのか。
なめ切っているあいつらがこいつらに勝てるのか。
負けたくない。
前監督が作り上げたこのチームが負けるわけがない。
あと1週間しかないが、やれるだけやろう。
玉木と一緒に帰ると早速他のメンバーに感じたことを伝えた。
あれからオフを挟み、残り4日間。
他のメンバーの顔つきは以前とは比べものにならないぐらい変わった。
練習の強度はまさに公式戦前と変わらない。
お互いの要求も去年を思い出すようだ。
「玉木」
俺は相棒に声をかける。
「これなら負けるはずないよな」
不安を隠せずに確認してしまう。
「もちろんだ」
玉木も不安はあるだろうが、みんなの練習への態度がそう言わせる。
「球際を負けない。ボールフォルダーへの寄せを早くする。
個人での打開力で勝負して、あとは個々の判断に任せる。
前監督が言っていたサッカーをやれば大丈夫だ。」
「そうだな」
森山と玉木はチームコンセプトを再確認し、練習を続ける。
「そういえば」
玉木が何かに気が付く。
「水樹はどうする?」
南東京高校唯一の幽霊部員。
「あいつはいいだろ。前監督がいるからこのチームに来たって言っていたし、
俺ら以上にこの状況に絶望したはずだ。
それにあいつがいなくてもそこまで影響はないからな。
俺らが勝ったあかつきにみんなで迎えにいこうぜ」
「そうだな」
玉木も納得してこの話題は終わった。
「鳥海監督。あなたは俺らが思っているよりはいい指導者かもしれない。
でも、今年は全国も狙えると思っている俺らはあなたのサッカーを今からやっている暇はない。
前監督のサッカーできっちり勝って見せます。」
練習の強度・選手のモチベーション・チームコンセプトの共有状況。
ベスト16まで躍進したあのチーム力が戻ってきた。
その手ごたえを感じて森山たちレギュラー組は、残り4日間を過ごした。
俺らはその圧倒的な個の能力を武器にサブ組を蹴散らす。
レギュラー組の準備は整った。
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