第3話「サッカーとは何か」
練習二日目。
今日から、いよいよ本格的な指導が始まる。
とはいえ、広くないグラウンドをレギュラー組とサブ組で分けて使うため、環境は決して良くない。
その狭いスペースの片隅に、不安そうな表情を浮かべたサブ組の部員たちが並んでいた。
「監督、全員集合しました」
高橋が代表して声をかけてくる。
その声は落ち着いているが、周囲の空気は張り詰めていた。
「よし、じゃあ練習を始めよう……の前に、まずはミーティングからだ」
その瞬間、サブ組の顔に影が落ちた。
“また何か言われるのか”
そんな不安が一気に濃くなる。
俺は一歩前に出て、静かに口を開いた。
「一つ質問していいか」
全員の視線が吸い寄せられる。
「サッカーってなんだ?」
沈黙。
“何言ってんだこの人”
そんな表情が一斉に並ぶ。
「なんでもいい。思ったことを言ってみろ」
「ボールを蹴って行うスポーツです」
一人が恐る恐る答える。
「他には?」
「世界で一番競技人口が多いスポーツです」
それを皮切りに、次々と意見が飛び出す。
だが、どれも“教科書的な答え”ばかりだった。
「よし、そこまででいい」
一気に静まるサブ組。
“正解を教えてくれるんだろう”
そんな期待が空気に滲む。
「実は、この質問に正解はない。
もちろん“手を使うスポーツ”なんて答えたら間違いだがな」
少し笑いが起き、緊張がわずかに緩む。
「俺が本当に伝えたかったのは、自分で考えることの必要性だ。
サッカーとは何か。
今日まで、真剣に考えたことはあったか?」
誰も答えない。
その沈黙が、逆に胸に刺さる。
「チームの目標や方向性は、監督である俺が示す。
だが、その先――どう戦うか、どう成長するかは、技術のあるなしに関係なく、全員が考える必要がある」
視線が変わる。
不安から、真剣へ。
「サッカーが上手い人に教わりたいと思うのは当然だ。否定はしない。
だが、“サッカーが上手い人”と“サッカーを上手くさせられる人”は違う」
俺は一人ひとりの目を見て言った。
「その違いを、これから君たちを通して証明していく。
厳しいことを言うが――今のままではレギュラーは難しい」
空気が張り詰める。
誰もが息を呑んだ。
「だから、一緒に新しい南東京高校サッカー部を作っていこう」
その言葉が落ちた瞬間、サブ組の表情が変わった。
不安が消え、胸の奥に火が灯る。
「宮本」
俺は一人の生徒を呼んだ。
「はい!」
元気な返事。
坊主頭で、どちらかというと野球部のような雰囲気。
だが、その目は真っ直ぐだった。
「今日からお前がサブ組のキャプテンだ。
そして、お前を中心にチームを作る」
「えっ……」
宮本の顔が青ざめる。
周りもざわつく。
“なんで宮本が?”
そんな空気が渦巻く。
その時――
「いいじゃん。それでいこうぜ」
後ろから声が響いた。
全員が振り向く。
高橋だった。
「俺は宮本がどれだけ凄いのか知ってる。
前から、お前がサブ組なのが不思議だったくらいだ。
この抜擢だけでも、俺は監督を信用できる」
その言葉は、サブ組の空気を一瞬で変えた。
レギュラーであり、絶対的守護神の高橋が認めたのだ。
「監督、ぜひいいチームにしてください」
高橋の言葉は、宮本の背中を押した。
「任せろ。必ずいいチームにする」
俺は宮本に向き直る。
「宮本、任せていいか」
「はい!」
その返事は、さっきよりも力強かった。
「じゃあ、就任の挨拶を頼む」
「わかりました」
宮本はサブ組全員を見渡し、ゆっくりと口を開く。
「今回、急ですがキャプテンに就任した宮本です。
自分がキャプテンに向いているかは正直わかりません。
でも、監督がどこを評価してくれたのかを考えたい。
そして、自分なりのキャプテン像を作っていきたいと思っています。
よろしくお願いします!」
温かい拍手が起こる。
その音は、昨日までのサブ組にはなかった“前向きな音”だった。
「じゃあ、これから練習を始める」
何気ない呼びかけに――
「はい!!!!」
とんでもない熱量の返事が返ってきた。
サブ組の目が変わった。
ここから、本当の戦いが始まる。
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