第24話「均衡崩壊” ― 王者の10番、ついに牙をむく**」
「志波にマンツーマンか……」
栗林監督が、ほとんど独り言のように呟いた。
「はい?」
小さすぎる声に木村が聞き返す。
「勝負を仕掛けてきたな、鳥海。
バランスを崩さないと止められないと――気づいていたか。」
残り20分。
試合は、静かに、しかし確実に正念場へ突入していた。
■ 南東京、最後の賭け
「おい、1年坊。ずいぶん調子に乗ってくれたな。
これからは俺が相手してやる。覚悟しろよ。」
宮本が右手を手前に引き、挑発するように“来い”と合図する。
鳥海の指示は極めてシンプル。
最強の矛には、最強の盾をぶつける。
マンマークのスペシャリスト・宮本を志波に貼りつけ、
空いたボランチのスペースは佐藤が下がって埋める。
ただしその代償として――
前線の守備は1枚減り、相手DFには自由にパスを出させる形になる。
蛇口は開いたまま。
だが、バケツの穴だけは塞ぐ。
そんな極端な賭けだった。
「いつの時代の戦術ですか、それ。」
志波が苦笑しながらも、ドリブルを開始する。
「ところが、そうでもないぜ。」
志波のツータッチ目――
宮本はその瞬間を狙って体をぶつけた。
「ぐっ……!」
衝撃で志波の体が揺れる。
その隙を逃さず、宮本はボールを奪い、前線へフィード。
後半20分にして、初めて志波から奪ったボールだった。
■ 志波、突然の失速
「おいおい、どうした? 全然抜けないぞ。」
マンマーク開始から10分。
志波は一度も宮本を突破できていない。
関東大瑞穂は再び前半のように攻め手を失い、
ただボールを回すだけの状態に戻っていた。
「くそ……なんでだ……?」
志波は理由がわからず焦っていた。
その焦りを、宮本は見逃さない。
(悩んでるな。
理由がわからない限り、こっちの勝ちだ。)
■ ベンチで語られる“答え”
「鳥海監督!」
控え選手が声をかける。
「今度はなんだ。」
「宮本がマンマーク得意なのは知ってますけど……
さっきまで橋本も柏木もやられっぱなしだった相手ですよ?
なんで急に止められるんですか?」
鳥海は淡々と答える。
「一つは、相手の10番が“左足しか使わない”ことだ。
宮本はそういう特徴を見抜くのが早い。
左足でプレーするエリアに先回りして体をぶつけてる。」
「二つ目は、他の選手に脅威がないこと。
だから10番にパスが入った瞬間だけ潰せばいい。」
控え選手たちは納得したように頷く。
だが鳥海は続けた。
「ただし……俺が思ってた以上に、あの10番は強い。
宮本を見てみろ。」
控え選手が宮本を見ると――
汗でユニフォームが背中に張り付き、
足は痙攣寸前のように震えていた。
「……監督、宮本さん……やばくないですか?」
「正解だ。
あと10分。
持つかどうかは、あいつ次第だ。」
■ 兄の言葉、覚醒の瞬間
「もう諦めろ。」
宮本が声をかける。
「諦めるわけないだろ!」
志波は何度も仕掛けるが、またもボールはタッチラインを割る。
「くそ……!」
ボトルの水を飲み、苛立ちを抑えようとしたその時――
見慣れた影が近づいてきた。
「凌馬、落ち着け。」
兄・志波コーチだった。
「相手をよく見ろ。
追い詰めてるのは、お前の方だ。」
「相手を……見ろ?」
ふてくされ気味に宮本を見る。
――その瞬間、志波は息を呑んだ。
宮本の体は汗でびしょ濡れ。
足は震え、呼吸は荒い。
限界は明らかだった。
(なんだよ……
追い詰められてたのは、俺じゃなくて――あっちだったのか。)
志波はボトルの水を頭からかぶる。
「宮本さん。
もう負けませんよ。」
冷静さが戻った。
■ 運命のプレー
リスタート。
志波はボールを受けると、すぐにボランチへ預け、
リターンをもらうために裏へ全力疾走。
「ちくしょう……!」
宮本は最も避けたかったスプリント勝負に持ち込まれ、
完全に置き去りにされて倒れ込む。
「柏木、頼む……!」
柏木がカバーに入る。
「やらせるかよ!」
柏木はなんとか先にボールへ触れた。
本来なら前線へフィードする場面――
だが、宮本の姿を見てしまった。
(少しでも……時間を……)
その迷いが、坂崎への横パスを選ばせた。
「それはまずい!」
鳥海の声は届かない。
「やっと来た。」
関東大瑞穂、初のゲーゲンプレス発動。
坂崎は囲まれ、ボールを奪われる。
左ウイングが一気にファイナルサードへ侵入し、
マイナスのグラウンダーのクロス。
鈴木は届かない。
ペナルティエリアには柏木とCF。
「自分のミスは自分でカバーする!」
柏木は必死にコースへ入り、体を投げ出す。
しかし――
「俺はおとりだよ。」
CFはスルー。
ボールは後方へ転がる。
そこに――
背番号10番。
「やっとフリーになったよ。」
完全なフリー。
宮本も橋本もついてきていない。
「さすがのあんたでも、これは取れないでしょ。」
左足インサイドで丁寧に流し込む。
ボールはゴール右隅へ――
高橋の手は届かない。
南東京高校のゴールに吸い込まれた。




