第24話「VS関東大瑞穂高校⑥」
「志波にマンツーマンか・・・」
栗林監督がぼそっとつぶやく。
「はい?」
あまりに小さな声だったために、聞き直す木村。
「勝負をしかけてきたな。鳥海。
バランスを崩さないと抑えられないとやっぱり気づいていたな。」
残りおよそ20分。正念場にさしかかろうとしていた。
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「おい、1年坊。ずいぶん調子に乗ってくれたな。
これから俺が相手してやるからよろしく頼むぜ。」
右手を手前に出しこいこいと挑発する宮本。
鳥海が指示した策は、シンプルイズベスト。
一番マンマークが得意なキャプテンの宮本を相手エースにぶつけること。
その分空いたスペースにはOMFの佐藤がボランチの位置まではいり、
2ラインを維持する。
ただし、2ラインの前でボールの供給源である相手DFのビルドアップに
プレッシャーをかけていた前線の枚数が2枚から1枚に減らさざる負えず、
ここから先は自由にパス出しを許すことになる。
まさにバケツの穴を防ぐことを優先し、蛇口を閉めることをあきらめた格好だ。
「いつの時代ですか、その感じ。」
昭和の香りに苦笑いな志波。
「でもどんな相手でも自分を止めるのは難しいと思いますよ。」
そう言うと同時にハーフウェイラインを超えたぐらいからドリブルを開始する。
「ところがそうでもないぜ。」
ドリブルを開始した志波のツータッチ目に合わせて宮本は体をぶつける。
「ぐぁ」
あまりの衝撃にバランスを崩す志波。
もちろんそこを見逃さない宮本はなんなくボールを奪取すると、
前線にすぐさまフィードする。
後半に入って20分が過ぎて初めて志波からボールを奪うことに成功した。
「おいおいどうした、全然抜けないぞ」
宮本がマンマークを始めて10分が立とうとしていた。
いまだ1回も志波に抜かれていない。
志波が抑えられた関東大瑞穂は、攻め手を失くしていた前半に逆戻り。
ボールは回るが決定的な場面は作れずにいる。
「くそ~急にどうした」
志波はなぜ抑えられているかわかっていない。
悩んでいるな。
宮本からも容易に精神状態が読めていた。
宮本がなぜ志波を止められているか。
それがわからない以上は、うちの負けはないぞ
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「鳥海監督」
またも控え選手から声がかかる。
「今度はなんだ?」
「いくら宮本がマンマークが得意と言ってもさっきまで橋本も柏木もやられっぱなしだったんですよ。
それを簡単に抑えるなんて、何か策があったんですか?」
「そうか、説明してなかったな。
一つは、相手の10番が左足でしかプレーしていないことだ。
そういった相手の特徴をつかむのが上手い宮本ならすぐ気づいただろう。
そのため左足でプレーするエリアを意識して先に体をぶつけているからなんなく止められている。」
「2つ目は、他の選手に脅威がないことだ。
これはさっきから伝えているから詳しい説明はいらないだろう。
それゆえに相手の10番にパスが入らないようにマークし、入った瞬間にボールを奪うことができる。」
「ただし、俺が思っているよりもずっといい選手だな。
宮本が感じているプレッシャーは相当みたいだな
口で挑発してはいるが、宮本を見てみろ。」
控え選手たちに宮本を見るようにうながす。
じっと見ている控え選手たち。
一人の選手がその異変に気付く。
「監督、宮本の汗が尋常じゃありません。」
後ろから見るとユニフォームが濡れている。
「正解だ。」
あと10分。果たしてもつのか。
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「もう諦めろ。」
何度もドリブルをしかけてくる志波に宮本が声をかける。
「諦めるわけないだろ。」
持てる技術を駆使して何度も右サイドで仕掛ける。
だが今回もボールに触られ、ボールがタッチラインをわった。
「くそ~」
タッチラインにあるボトルを手に取り、水をふくむ。
すると人影が近寄ってくる。
小さい頃から見慣れたフォルムだ。
「凌馬、落ち着け。しっかり相手を見てみろ。
追いつめてるのはお前だぞ。」
兄である志波コーチが冷静になるように声をかけてくる。
「しっかり相手をみろよ。」
そう言ってベンチに戻っていく。
「冷静だって。」
何を言っているんだ。相手を見ろって見てるよ。
ふてくされにも似た感情を抱えた志波。
それでも兄が言うならとなにげなく宮本を見る。
するとどうだ。
汗が尋常じゃないぐらい出ており、足ももうけいれん寸前のように震えている。
「なんだ。相手の方がいっぱいいっぱいだったのか。」
いったい何をテンパっていたんだ俺は。
ボトルに入っている水をおもいっきり頭にかける。
「宮本さん。もう負けないっす。」
頭も体も冷静になっていく。
リスタートからボールを受けると、
「行きますよ。」
声をかけるとともに、すぐボールをボランチに預け、
リターンをもらうためにディフェンスラインの裏に一直線に走り出す。
「ちくしょう。」
実は宮本が一番避けたかったのがスプリント勝負だった。
もう走る力が残っていなかったのだ。
完全に振り切られた宮本はその場に倒れてしまう。
「柏木頼む。」
味方にあとは任せるしかなくなる宮本。
その声を受け、柏木が志波のマークにつく。
「やらせるかよ。」
なんとか志波よりも先にボールに追いついた柏木。
ここで前線にボールをフィードする約束。
しかし、宮本の姿を見て、一秒でもボールを保持して休みたいと考えてしまう。
その気持ちが右サイドの低い位置にいた坂崎へのパスを選択させてしまう。
「それはまずい」
届くはずもない声で鳥海は声を出してしまう。
「やっと来た。」
関東大瑞穂高校のメンバーが一同に動き始める。
この試合初めてのゲーゲンプレッシング。
ボールを受けようとする坂崎にプレスが襲い掛かる。
「ここは外に出すしか」
とっさにボールを外に出そうとする坂崎だが、その前にボールを奪われる。
ボールを奪取した勢いのまま関東大瑞穂の左ウイングは、ファイナルサードに侵入し
マイナスのグランダーのセンタリングを選択する。
右CBの鈴木が精一杯右足を出すが間に合わない。
ペナルティエリアには、走りこむCFと柏木の二人。
「自分のミスは自分でカバーする。」
柏木が関東大瑞穂のCFに戻りながらぴったりマーク。
お互いなんとしても先にボールに触りたい為、ポジショニングは熾烈を極めている。
「よし、クリアできる」
柏木が相手のシュートコースに入ることに成功。
体を投げ出してブロックに入る。
ボールは関東大瑞穂CFに絶妙なクロスになる。
しっかりボールを合わせて左足を振りぬく・・・はずだったが。
「俺はおとりだよ。」
関東大瑞穂のCFはそう言うと、後ろにいるであろう選手に
このボールを預けるようにスルーをした。
ボールが後ろにこぼれていくその先には・・・
「やっとフリーになったよ。」
背番号10番がフリーでペナルティエリアのど真ん中にいる。
宮本も橋本もまったくついてきていない。
「さすがのあんたでもこれは取れないでしょ。」
目の前に来たボールをインサイドキックで丁寧に蹴る。
蹴ったボールはゴール右隅に狙いすましたように転がる。
横っ飛びで対応するGK高橋の左手にかすることもなく
南東京高校のゴールに吸い込まれていった。




