人柱お静
人物
柴田勝豊(58) 武将
お静(32) 隻眼の女性。三郎の母
三郎(9) お静の息子
官兵衛(40) 柴田の家来
男性a
〇丸岡城・外
柴田勝豊(58)と官兵衛(40)が丸岡城を眺めている。
丸岡城の石垣が崩れていく。
官兵衛「崩れましたね。これで何回目なんだか。また建て直しですか」
柴田「ああ。そうだな」
官兵衛「たまったもんじゃないですね。ウチだってそんな経済的に余裕があるわけじゃないのに。次の一回でしゃんとさせなければ、いよいよですよ」
柴田「分かっている。しかし、どうしていいのか分からないのだ。何がいけないと云うのだ」
官兵衛「そうですね。土地の神様がお怒りなんですかねー。身勝手に城を建てるなって言っているとかね」
柴田「身勝手か。これは儂の身勝手か」
官兵衛「ええ。私は何とも思いませんけどね。神様が言ってるんですよ。私じゃないですからね」
柴田「なるほどな」
柴田、丸岡城に背を向け歩き出す。
官兵衛「あら。どちらに?」
柴田「町へ行く。神様とやらに供物を捧げなければならないからな」
〇お静の家
お静(32)と三郎(9)が横並びで壁によりかかって座っている。
三郎「母上。もう昼時です。お腹が空きました」
お静「ええ、そうですね。今、お芋の準備をいたしますから。少し待っていなさい」
三郎が口を尖らせる。
三郎「母上。またお芋ですか。昨日も、その前の日も。その前の前の日だってお芋だったではありませんか」
お静「……お芋は嫌いですか?」
三郎「お芋嫌いです。私、お米が食べたいのです。白くて甘い白米が。母上、白米はいつになったら食べられるのですか?」
お静「お米は、まだ遠くなるかもしれません」
三郎「どうしてですか? 隣の家の子は昨晩お米を食べたといっておりました。何故、私は食べられないのですか?」
お静「それは……」
三郎「母上、私は隣の子が羨ましくてしょうがありません。私だって隣の子のようにお米食べたいのです」
お静、下を向いて握りこぶしを作る。
〇町中
町では多くの人間が騒いでいる。
お静が町を歩いている。お静の顔を見て何人かの人はひそひそ話を始める。
お静、それを横目に見ながら近くにいた男性aに話しかける。
お静「少しよろしいですか」
男性a「ああ、お静さんじゃないか。町に降りてくるなんて珍しい。どうしたんだい?」
お静「少し食べ物を買いに。それよりどうしたのです? 大きな騒ぎではありませんか」
男性a「柴田様がさっきおいでになったんだ。それでな、すごいことを言ってたんだよ。だからみんなこんなになってるのさ」
お静「すごいこと?」
男性a「ああ。とある大きな仕事をするとな。柴田様がなんでも願いを叶えてくれるっていうんだよ」
お静「なんでも願いを叶えてくれる?」
男性a「そうなんだよ! 凄いだろ」
お静「なんでもは確かにすごいですけど。でも、なんか怖くありませんか。その大きな仕事って一体なんなのですか?」
男性a「さあな。それが分からないんだよ。このあと、すぐ面接があるっていうんだ。お静さんもどうだい? 話だけでも聞いたら。面白いと思うけども」
お静、目を伏せる。
〇丸岡城前・小屋前
官兵衛がお静のもとにやってくる。
官兵衛「次はあなたです。こちらにどうぞ」
お静「……ええ」
お静、官兵衛のあとをついていく。
〇丸岡城前・小屋中
官兵衛、お静をつれて小屋の中に入る。
柴田、座っている。
柴田「よく来たな。座れ」
お静、柴田の前で座る。
柴田「大体の話は町の噂から分かっているだろう?」
お静「はい。とある仕事をすると、なんでも願いを聞いてくれるって」
柴田「ああ。その通りだ。違いはない」
お静「それは……本当なのですか?」
柴田「疑っているのか?」
お静「いえ。疑っているわけではありませんが。ただ何をしていいのかも私には分からぬゆえ」
柴田「そんなに深く考えることはない。まずは落ち着くことだ。そうだ。お前には何か願いがあるか?」
お静「願いですか」
柴田「ああ。願いがあるからここに来たのだろう?」
お静、目を下に向け、握りこぶしをつくる。
お静「……あります。一つだけ」
柴田「ほう。その願いを申してみろ」
お静「私には一人の息子がおります。夫は早くに亡くなり、女手一つで息子を育ててまいりました」
柴田は何も言わずにお静の話を聞いている。
お静「しかし、我が家は大変貧乏ゆえ、息子には迷惑ばかりかけているのが現状です。私がもっと働ければよいのですが、この隻眼ゆえ町の者からは忌み嫌われておるのです」
柴田「それで?」
お静「だから。その……息子に米をたらふく食わせて欲しいのです。ええ。いくら食べても、食べきれないくらいの」
柴田「健気だな。米を息子にたらふくか」
お静「はい。そのためなら私は何でもする覚悟でございます」
柴田、官兵衛の方を向く。官兵衛、無言で頷く。
柴田「子を愛する気持ちは何事にも勝る。それはこの世の摂理だ」
お静、顔を上げ柴田を見る。
柴田「一時の米だけでは足りなかろう。ずっとお前さんの息子が食うに困らぬよう武士にしてやってもいい」
お静「そんな。ええ? 武士にですか? そんなことすら聞いてもらえるのですか?」
柴田「ああ。子を想うお前の心に打たれたのだ。それくらいの覚悟はわしにだってある」
お静「ええ。ええ。私、なんでもやります! いくらだって働きます!」
柴田「ああ。頼もしいな」
お静「でも、そのお仕事の内容はいかなものなのでしょうか?」
柴田「お前は誰かのために、いや、お前の子のために、自分を犠牲にすることはできるか?」
お静「犠牲?」
柴田「犠牲だ。だが、その犠牲はお前自身を救うさ」
〇丸岡城前・小屋中(夕)
柴田が座っている。目の前に官兵衛。
官兵衛「さっきの女の子供を本当に武士にするおつもりですか?」
柴田「いや。嘘だ」
官兵衛「あら。嘘をついたのですか? やる気にさせるために」
柴田「別にそんなつもりはない。あの女はやるさ。そんな嘘をつかなくても」
官兵衛「なら何故、嘘を?」
柴田「子の晴れ姿を想像しただけで親は嬉しいものだ。そんな一時の救いを見せてやりたかった。これからの暗い沼につかる前に。ただそれだけだ」
官兵衛「でも、武士にしないのでしょう? 想像だけって酷ではありませんか?」
柴田「ちゃんと願いは叶えてやる。一生子は食うに困らぬようにな。毎日米ぐらいは届けてやるさ。それに、武士なんてなるものじゃない」
官兵衛「それを私の前でいいます? 貴方が私を武士に誘ったのでしょう?」
柴田「それもそうだったな!ははは!」
〇お静の家前
お静、顔を下に向けたまま歩いている。
家の扉に手をかけるお静。
三郎がお静の前に現れる。右手にはうさぎ。
お静、驚いて足を数歩下げる。
お静「さ、三郎。どうしたのですか? 母をあまり驚かせないでください」
三郎「すみません母上。しかし、見てくださいこれ!」
三郎、ウサギをお静に見せる。
お静「うさぎですか? 一体これはどうしたのですか?」
三郎「山にいってとってきたのですよ」
お静「山にですか? 危ないからあれほど行ってはいけないと言ったではありませんか」
三郎「分かっております。しかし、どうしてもうさぎを取ってきたかったのです」
お静「どうしても? 何故です?」
三郎「私、昼時に我儘を母上に言ってしまった。それを深く後悔したのです。だからこのうさぎで私を許してほしいのです」
お静「許し? そんなことのために?」
三郎「ええ。私は母上が日々頑張っていることを知っております。だから……あれ?」
お静、涙を流す。
三郎「どうして泣くのです? 私が山に行ったことを怒っているのですか?」
お静「いえ。いえ」
お静、三郎を抱きしめる。
三郎「突然、どうしたのです?」
お静「なんでもないのです。ただ私がこうしたいと思った。それだけです」
〇丸岡城・小屋中
官兵衛、柴田の前にお静がやってくる。
柴田「やはり来たな。待っていたよ」
〇お静の家前
外は小雨。
小雨の中、三郎は裸足で遠くを見つめている。
(丸岡城伝説『人柱お静』より)




