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少女と僕と何時もの一日

作者: 仁予保

習作です。

 それほど大きくはないけれど古い歴史を持つ街、マデルカ。

 朝を迎えた街の一角に佇む小さな店“ロイ魔導具店”。その二階の部屋で僕ことフォティ・ロイは目を覚ます。


「―――ふぁ、~っ……ん…」


 寝間着姿でベッドからゆっくり起き上がると、大きな欠伸を漏らしながら腕を上げて背筋を伸ばし。

 まだぼんやりと寝惚けていた頭をすっきりさせると、眼鏡を掛けてからカーテンの隙間から覗く外の景色に視線を向ける。

 晴れ渡る空の下、街はまだ静かなもので。それを確認してから動き出す前に、まだ目を覚ましていない小さな寝顔の方に振り返る。


「…くー、すー」


 毛布を捲るまでもなく、微かに差し込む陽射しを受けて微かにきらめく銀色の髪がすぐ傍で覗いている。

 まだ五歳か六歳になったばかりの幼い少女が、僕のベッドに潜り込んで健やかな寝息を立てていた。


「やれやれ、今日もか」


 同じ部屋にこの子のベッドも用意して、夜はちゃんとそちらで寝かしつけているのだけど。

 僕が眠った途端に抜け出して、必ず潜り込んでくる幼い侵入者には何時も叶わない。

 そんな事を考えている内に少女も目覚まして、むっくりと小さな体を起こす。

 彼女は暫くぼんやりを佇んでから、辺りをきょろきょろ見回して。僕の顔を見つけると、碧く澄んだ寝惚け眼をじーっと向けて来くるので僕もじーっと見つめ返しながら。


「じー」

「…………」

「じー…」

「……………」

「……………」

「朝起きた時の挨拶は?」

「…おはよう、フォティ」

「おはよう、シィル。良くできました」

「うん、よくできました」


 睨めっこを経て教えた通りに朝の挨拶が出来た少女の頭を優しく撫でる。

 堅めを擦りながらもうっつらと頭を揺らしている所からすると、まだ眠いらしい。


「どうする? もう少し寝てても構わないよ」

「ううん、おきる」


 僕の問い掛けにふるふると首を横に振ると、頑張って起きようと眠気眼を指で擦っている。


「それじゃ着替えて下に降りたら、顔を洗って朝ごはんの準備をしよう」

「きがえて、かおあらって、じゅんび、する」

「シィルの着替えが仕舞ってある場所は、もう言わなくても分かるよね?」

「…うん、あっち」


 こくっと頷いてからベッドを下りて、自分の服が仕舞ってある小さな衣装棚の方に彼女が向かうと仕切りのカーテンを閉めて。

 自分も自身の衣装棚から服を用意し、パジャマを脱いで着替えて準備を整えたら二人で下に降りて朝食の準備に取り掛かる。


 銀色の髪の少女シィルと僕の間に血の繋がりは無い。

 彼女は三百年と言う時を経て目を覚ました、遠い祖先の忘れ形見。

 そんな少女と過ごす一日が、今日も始まりを迎えようとしていた―――。


        ※※※               ※※※


「いただきます」

「いただきます」


 着替えて二階から降りた僕たちは、顔を洗ってから準備をして朝食の卓についていた。

 今日のメニューはカリカリになるまで焼いたベーコンを添えた目玉焼きにパンとサラダ。飲み物は少し温めのミルク。

 シィルに皿を並べるのを手伝って貰いながら盛り付けを済ませると、席について食べ始める。


「美味しいか、シィル」

「うん」


 大分使える様になって来たフォークを食べる彼女の事を見守りながら僕も同じペースで朝食を済ませ。

 使った食器を二人で洗ってしまってから、店の開店準備に取り掛かる。


 ここは元々祖父が始めた店で、幼い頃に両親を亡くして他に引き取り手が無かった僕を不憫に思った祖父がこのマデルカの街に呼び寄せてくれたのだ。

 その祖父も去年この世を去り、改めて天涯孤独となってしまった僕に色々と良くしてくれたこの街の人たちへの恩返しも兼ねて、この店を継ぐ事を決意して。

 仕入れ先の職人さんやお得意さんたちの力を借りながら今の所は上手く店を切り盛り出来ていると思っている。


「じゃあ何時もの様に、手の届く所をこれでぱたぱた、ってしてくれるかい?」

「わかった。ぱたぱたする」


 シィルを引き取って間もない頃はカウンターの椅子に座らせてじっと待って貰っていたのだけれど。

 何時しか自分も何かしたいと言い出して聞かなくなったので、今ははたきを持たせて低い場所に並べた商品の埃を落として貰っている。

 その間に他の準備を終わらせると、店のカギを開けて扉に下げた札を“Close”から“Open”に引っくり返して営業を開始する。


「ひまだね」

「…そうだね」


 開店してから一時間が過ぎた頃、この日の来客は一人も居らず。カウンターの隣の席で退屈そうに足を揺らすシィルの呟きに苦笑を浮かべながら相槌を打つ。

 実の所この店は午前中に客が訪れる事は殆どなく、それは祖父の代から変わっていない。

 その理由はこの店が流行っていない訳では決してなくて、来店客の殆どは昼過ぎからに集中しているからで。だから今誰も来なくても特に問題ないのだけれど。

 では何故、店の開店を昼からにしないのかと言えば。稀ではあるが、午前に訪れる客も一応存在しているからである。


「…ちょっと早いけど、今日のお勉強、始めようか?」

「おべんきょう?…わかった。じゅんびする」


 凄く退屈そうに見えたので、何時もは昼過ぎの接客が落ち着いた頃に始めるシィルの勉強を今してしまおうかと提案してみる。

 彼女は僕を見上げて小首を傾げてから、こくんと小さく頷て返事をすると椅子から降りて二階に上がると勉強道具を持って戻って来きた。

 仕事や生活の空いた時間を利用してシィルの字の読み書きや数字の数え方を教えている。椅子に座り直してカウンターの上にノートを広げてペンを握り締める彼女の勉強を見てやりながら昼時まで過ごす。

 それから店を一旦閉めて昼食にサンドイッチを作って一緒に食べた。


「――フォティ、すまん! 大至急欲しいものがある!」


 昼過ぎ。再び店を開けてから程なく、今日最初のお客さんが凄い勢いで駆け込んで来た。


「い、いらっしゃい、ブランドンさん」

「いらっしゃい、ブランドンー」


 入店するやカウンターに縋りついて身を乗り出して来る顔なじみのブランドンさんの勢いに気圧され、引き攣った笑みで応えてしまう僕の横で、シィルの方は特に動じる事無くマイペースで応答する。


「…ええと、そんなに慌てて、今日は何が必要なんですか?」

「それなんだが……まずマンドラゴラの脚を六本にセージの葉を十束、それと粉末状にしたバイコーンの角を三包と―――つか直接メモを見て貰った方が早いな。そらっ」

「そんなに多いんですか!―――どれどれ…うわぁ」

「…まんどらー……せーじ…ばいこーん……ばいこーんってなに?」


 最後まで読み上げるのも面倒臭いと云わんばかりに突き出されるメモを受け取った僕は、細かい文字で余白が存在しないくらいに埋め尽くされたリストの内容に目を丸くしてしまう。

 僕たちの話を聞いていたシィルが、服の端をちょいちょいと引っ張りながら聞いて来るけれど、今すぐ答えてあげられる余裕はなさそうなので後で教えてあげる事にする。

 

「確かに結構な量ですね。直ぐに全部揃えられるか、ちょっと分かりませんけど…」

「いやぁ、つい在庫の確認を怠っちまって…今すぐ全部をとは言わん、リストの上から五つ目までのヤツだけでも最優先で頼む! 今日中にどうしても納品しないといけないモンに必要だからよぉ!」

「…分りました。ひとまずその最優先の物だけを今用意すれば良い訳ですよね? 後の物も順次纏めて用意して起きますから必ず取りに来てくださいね?」

「助かる! 本当に恩に着る! これでマリシャの奴にもどやされずに済む!」

「マリシャ、おこるとすごくわい」


 感涙するブランドンの言葉にシィルもこくこくと頷いて同意している。

 ブランドンさんは奥さんのマリシャさんと一緒にこの街で工房を開いている錬金術師で、この店の一番の常連さんであると同時に仕入れ先の一つでもあって、たまに料金を安くする代わりに二人が制作した薬品なんかを優先的に仕入れさせて貰ったりしてギブ・アンド・テイクな関係を築いている。

 この夫婦はわりと騒がしい事でも有名で、かの賢者の都からこの街に引っ越してきたのも、そのせいで追い出されたなんて嘯く人も居るくらいだ。特に奥さんのマリシャさんは怒ると物凄く怖くて、今回の様に何かをやらかしたブランドンさんに激怒して説教をしている様子を目の当たりにした時、シィルは僕の後ろに隠れてまるで自分が叱られているかの様に小さくなっていた。


「ありがとなフォティ! この例は必ずするからな――――!」


 それからシィルにも手伝って貰いながらすぐに必要な物を何とか揃え、後で用意して置く物の分も含めた代金の半分を支払ったブランドンさんは受け取った商品を抱えながら来た時と同じ勢いで走って店を後にして。

 大変だなぁ、と思いながら見送ると、彼と入れ違う形で二人目の来店者が顔を出す。


「―――うわっ、と…あぁ、危なかったなぁ…何なのよ、もう」


 危うくぶつかりそうにでもなってたのか。ブランドンさんが去って行った方を見ながら大きなバッグを背負って入って来たのは、此方も顔なじみのリースだ。

 何時も街を駆け回っている配達人である彼女は厳密に言うと客ではなく、店まで来られない人からの注文を集めて配達までしてくれている。

 祖父がまだ元気だった頃は僕がそれをしてたのだけど、店を継いでからはなかなか外には出られなくなり。彼女が代理で引き受けてくれるようになったのは本当に助かっている。


「いらっしゃい、リース」

「こんにちは、フォティ。シィルちゃんも、やっほー」

「やっほー、リース」

「…ところでさっきのアレは、何かあったの?」

「あぁ、うん。ちょっと急ぎみたいだったけど、事情は毎度の事じゃないかな」

「……あぁ、なるほどね」


 カウンターを挟んで挨拶と他愛の話を躱しながら、裏に回って準備をして纏めて置いた梱包済みの荷物を持って来て、宛名を記したメモと一緒に彼女に手渡す。


「これが今日お願いする分。アシュリーさんの所に運ぶやつはガラスの瓶に入っているから、運ぶ時に気を付けて」

「了解。それ以外は特に問題ないわよね?」


 メモをポケットに仕舞ったリースは、他に注意する事は無いか僕に確認しながら荷物をバッグに仕舞うと、別のポケットから取り出した紙を僕に手渡す。


「はい、これが今日の注文。ダルトンが近く物入りになるから今回は早めに揃えて欲しいって。それと―――…」


 今度は僕がリースから注文書を受け取ると、目を通しながら口頭で付け加えられる内容を余白に書き込み、それを終わせてから少し困った様子で頭を掻いた。


「ごめん、リース。このヒルダさんからの注文なんだけど、さっきブランドンさから受けたのと被ってる物があるから、もしかすると直ぐに揃えられないかもしれない」

「うーん、それはちょっと困ったわね」

「うーん、こまった?」


 僕とリースの顔を交互に見てきょとんと首を傾げるシィルの仕草に思わず笑みが零れてしまう。


「一応在庫も確認して見るけど、もし急ぎとかだったら僕の方からブランドンさんに相談して何とかしてみるよ」

「オッケー。私からもヒルダさんにそう伝えとくわ」

「よろしくー、リースー」

「任されたわ、シィルちゃん」


 シィルとリースはお互いに手を伸ばしてハイタッチをする。シィルは僕以外の相手だとリースに良く懐いている。


「それじゃまた明日、この時間にね?」

「ばいばーい、リースー」

「気を付けて、行ってらっしゃい」


 手を振るシィルに見送られながらバッグを背負ったリースが店を後にしてからは特に何事もなく平穏な時間が流れて行った。


 他所の街から訪れたという人が物珍しそうに覗いて行ったり。

 たまにシィルを目当てにやってくるおばあちゃんが今日はお菓子を焼いて来てくれたので、お茶を出して出迎えたり。

 魔道具を作る職人が新しく作ってみた物を置いてみないかと売り込みに来たり。

 仕事で離れられなくなったブランドンさんの代わりに先程の注文の残りを取りに来たマリシャさんに、リースから受けた他からの注文と被ってしまった品について相談したり。


 やがて日が暮れ始める頃には訪れる客は殆ど居なくなるので、シィルにも手伝って貰いながら店を閉める準備に入る。

 扉に下げた札を“Open”から“Close”に戻し店を閉め終えると、すぐに準備をしてシィルと一緒に外へ出かけて行くのだった。


        ※※※               ※※※               ※※※


 外に出て向かったのはこの街の市場通り。今日の夕食の材料を買いに行く為だ。


「今夜の夕ご飯だけど、シィルは何が食べたい?」

「…んーと。フォティがつくるものなら、なんでもいい」


 手を繋いで並んで歩くシィルに夕食の希望を聞いてみたら、そんな返事が返ってきた。何でも良いと言われてしまうと逆に何を作ろうか迷ってしまう。

 彼女は僕が作ってくれたものなら大概残さず食べてくれるけど、好き嫌いが全く無い訳でじゃない。

 見た目通りの子供らしく苦い物はあまり好きではないらしく。たまにピーマンなんかを出した時は他の物と一緒に口に入れて、味を誤魔化しながら食べていたりする。 

 そうする内に市場通りに到着すると、陽も大分西に傾いて来ているにも関わらず、まだ賑わいで満ち溢れていた。シィルが逸れて迷子になっていまわない様に繋ぐ手をしっかりと握り直す。


「よう、こっちだフォティ! 今日もお嬢ちゃんと一緒に夕飯の買い物か?」


 通りに並ぶ店を順に巡り始めた僕を呼び止める声に振り返ると、ずっとそこで店を構えている肉屋のおじさんの姿があった。


「うん。シィルはいつも、フォティと、いっしょ」

「そうかそうかっ、そいつは何より! ところで今夜のメニューはもう決まったか? ウチはまだ新鮮な肉が残ってるぜ?」


 シィルとそんな遣り取りを交わしたおじさんは、僕の方に向き直ると店に並べた肉を勧めて来る。すっかり捕まってしまったようだ。

 

「実はまだ悩んでる所なんですけど…今日は何がお勧めですか?」

「おう、猪の良い奴が入ってな。一緒に仕入れた鹿の肉と合挽にするのがおススメするぜ?」

「そうですか…では僕もそれを二人分。割合はお任せします」

「あいよ! すぐに出してやるから、其処で待ってな!」


 合挽と聞いて今夜のメニューを閃いた僕は、おじさんに勧められるままにそれを注文した。

 おじさんは早速猪肉をまな板の上で切り分けると、その上に鹿の肉を重ねて両手に持った包丁を使ってあっと言う間に挽肉にしてから紙に包んで渡してくれる。

 それを受け取って代金を支払う僕の横で、おじさんの慣れた鮮やかな手際を目を食い入るように見ていたシィルは服の袖をくいくい、と引っ張りながらこんな事を訪ねて来た。


「ねぇ、フォティもいまの、できる?」

「うーん。出来なくはないと思うけど…あそこまで鮮やかなのは流石に無理かな」


 何度か経験はあるけれど、流石に本職の手際には叶わないと答えて苦笑しながら肉屋を後にした僕たちは次に野菜を売る店を訪れる。


「こんばんは、おばさん」

「こんばんわー」

「やあ、いらっしゃい。今日も二人でお出かけかい?」


 愛想良く出迎えてくれるこの店のおばさんとの挨拶も程々に、既にメニューも決まっていたので此処での買い物はすぐに終わり。

 その他、明日の昼食までの分も含めて必要な食材も買い揃えた頃には空も暗くなり始めていたので、帰りは少し急ぐ事にした。


        ※※※               ※※※


「いただきます」

「いただきます」


 夜。僕たちは夕食の卓に着く。

 今夜のメニューはスパゲティーにオニオンスープ、グリーンサラダ。

 猪と鹿の合いびき肉を細かく刻んだ野菜一緒に炒めてから、良く煮詰めてトマトをベースに味付けしたソースにはシィルの苦手なピーマンも入れてある。

 市場でこれを手にした僕を見て、服の袖を掴む手を強張らせていた彼女だったけど。これなら苦味を殆ど感じずに食べられると分かると、黙々と最後まで食べてくれた。

 食べ終えた後の満足そうな顔を見て頑張って作った甲斐があったと胸を撫で下ろす。


 僕も少し遅れて食べ終えたら、食器を洗って片付けて。

 それから暫くのんびりと過ごして、食事で満たしたお腹が落ち着いてからお風呂に入って疲れた体を癒す。


「おふろ、ぽかぽか、きもちいい」


 今日一日の疲れを垢と一緒に洗い流し、湯船に浸かって寛いでいる。

 体を洗う時にも使った座椅子に座って湯面からちょこんと顔を出し、この時だけはあまり感情を表さない表情を崩すシィルの隣で、僕も肩まで浸かって沁み入る心地に吐息を漏らす。

 こうしていると祖父に引き取られて過ごしていた頃を思い出して。あの頃はシィルの立場だった僕が、今は祖父の立場で彼女と過ごしている事に感慨深いものが込み上げて来る。


 保護者としてシィルの傍に居るけれど、それと同時に彼女の存在が二度も家族を失った僕の心に巣食う孤独を癒してくれている。

 果たして祖父は僕と過ごしていたあの時間を、どんな風に感じていたのだろうかと…。


「…フォティ、どうしたの?」


 湯船に浸かりながら、ぼんやりと思案に耽っていた僕の顔を何時の間にかシィルが覗き込んでいた。


「ぼーっとしたかお、してる。のぼせた?」

「…ありがとう―――そろそろ上がろうか?」

「うん」


 心配してくれる彼女の頭を優しく撫でてから体も十分に温まった所でお風呂から上がり。濡れた体をしっかりと吹いてから寝巻に袖を通して。

 まだ水気が拭い切れていなかったシィルの髪を代わり拭いた後、程好く温めた牛乳を飲んでから二階の寝室に向かう。


「―――こうして女神は誰も知らない遠い場所で長い眠りについてしまいましたが。その祈りは今でも世界を優しく包み込み、私たちを温かく見守っているのです…」

「……ふぁ、…ん」


 寝る前に誰もが知っているおとぎ話の絵本を読んであげていると、僕の膝の上でそれを聞いていた小さな頭がこっくり、こっくり、と揺れ始める。

 開いていた絵本を閉じた僕は大分眠くなってきたシィルを膝から下ろすと、ベッドに寝かせて毛布を掛ける。


「おやすみ、シィル」

「うん。おやすみ、フォ…てぃ……」


 額に優しくおやすみの口づけを落としながら彼女が目を閉じて寝息を立てて眠りに落ちるのを見届けて、そっと離れて自分のベッドに移動する。

 寝転がって毛布を被り。目を閉じて暫くすると、すぐ近くで何かが動く気配を感じる。


(……やれやれ。またか)


 確かめるまでもなくその正体はシィルに他ならない。何時もちゃんと寝かしつけて眠りに着いたのを確認している筈だけど、僕が離れて自分のベッドに入ると必ず目を覚まして一緒に寝ようとする。

 今夜もまた自分のベッドを抜け出したシィルは、隣で眠る僕のベッドに移動すると毛布の中に潜り込んで身を寄せながら再び寝息を立て始める。寝巻の袖を握り締める手はそう簡単に離してくれそうにはない。


「おやすみ、シィル――」


 小さな侵略者にベッドの半分を占領されてしまった僕は、困った様な笑みを浮かべて毛布から覗く銀色の髪を優しく撫でると、背中を優しく叩きながら改めて目を閉じて眠りに落ちる。


 明日も、その明日も。

 傍らで健やかな寝息を立てる少女が過ごして行く日々が、何時までも穏やかであり続ける事を願いながら―――。

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