私、武器になんてなりません!
「エシュナ、今日こそ僕の──」
「嫌です」
ここはとある女学園。そのどこかにある狭い部屋の中で、ボーイッシュな女子がエシュナと呼ばれた後輩に笑顔でフラれていた。
「用件はそれだけでしょうか、ユーティアーシュ先輩」
「エシュナ、僕のことはリオエルと──」
「では私は教室に戻りますね」
「あぁっ、待ってくれ!」
連続で言葉を遮られ、さっさと部屋を出ていこうとするエシュナに伸ばした手は届かず。
このリオエル・ユーティアーシュ、学園内では『あの短くも綺麗な金の髪は──』『あの青い目に見つめられたら──』『あのアルトボイスに耳元で囁かれたら──』などと生徒たちが毎日のように話題に上げる人気者……のはずなのだが、エシュナはその人気者の願いを断るどころか聞きすらしない。
当然、理由なき行動ではない。それは人気者に声をかけられて恥ずかしがっている……わけではなく、
(本っ当にしつこいわね、あの先輩! 次からは誰からの呼び出しかちゃんと確認するようにしないと……)
第一に、既に繰り返し頼まれては断り続けている、ということ。内容が分かっているのだから聞くまでもないのはある意味当然だろう。
では、そもそも断っている理由は何か。それはその内容にある。
(まったく、私が【武器】になんてなりたくないって、何回言えば分かってくれるのかしら!)
それは『僕の【武器】になってくれないか』という、エシュナには到底聞き入れることができないものだった。
この世界には人間に害を及ぼす魔物が現れる。それに対し人間は、その身を武器に変化させ、別の人間が力を引き出して扱うことで対抗している。その関係性は【武器】と【主人】と呼ばれ、この世界のほぼ全ての人間がその両方になることができる可能性を秘めている。
それはこの世界の常識で、誰も疑わない。しかし、このエシュナ・キュードは違う。
(私は武器じゃなくて人間なの、モノ扱いされるのなんて嫌に決まってるじゃない! ああ神様、どうして私をこの世界に転生させたのでしょうか……!)
彼女には前世の記憶がある。それも別の世界の。しかし、前世の自分は女性であった程度しか覚えておらず、経歴も享年も死因も分からないまま気が付いたらこの世界に生を受けていた。神様に呼び掛けてはいるが転生の際に会ったわけでもない。
髪が淡い桃色で瞳が濃い緑色である自分を含め、髪や瞳の色が前世ではありえないほどにバリエーションに富んでおり、果てには魔物まで存在することから『異世界転生だ』と喜んでいたものの、突き付けられたのは人間が武器になるという現実。前世で培った価値観では『武器になった人間を扱う』というのは理解できなかった。
(相手を探すのが嫌だからここに入学したっていうのに、まさか同性に迫られるなんて……!)
昔は性別に関係なく同性で組むことも多かったらしいが、男女で組むとそのまま結ばれることが多かったことから、今では逆に結婚を前提に組むのが当たり前と化している。エシュナの両親も例外ではなく、むしろそうでない夫婦の方が珍しいほど。いざという時に家族を守るためでもあるので当然といえよう。
そこから、異性と接する機会が多いほど危険と判断したエシュナは両親を必死に説得してこの女学園に入学したのだが、同性から告白されるとは夢にも思っていなかった。
(いや、先輩に告白のつもりはないかもしれないんだけど……って、先輩のことなんてどうでもいいのよ! 今日も特訓特訓!)
いずれ特定の相手と組むとして、いきなり戦闘ができるようになるわけではない。この世界の人間も幼少の頃より戦闘訓練を行っている。学校などで行う訓練で武器として使用されるのは形を似せただけの模造品であることが多いが、それ以外にも方法がある。
一度寮の自室に立ち寄った後、エシュナがやってきたのは木々に囲まれた秘密の特訓場。当然学園にも訓練場は存在しているが、誰にも見られたくない彼女に利用するつもりはなく、生徒や教師が誰も近寄らないような場所を見つけて特訓場としていた。
「先輩は……ついてきてないわね。《顕現》」
周囲を確認して呟いたエシュナの手に、両刃の片手剣が現れる。
この世界の人間は最初から【武器】と【主人】のどちらになるか決まっているわけではなく、幼少の頃からどちらにもなることが可能なように訓練を始める。
今エシュナがしてみせた《顕現》とは、【武器】としての自身の複製品を本人が手元に召喚する技術で、基本的に誰でも可能。自身の【武器】としての性能を確認できるほか、自身と同タイプの【武器】を扱う【主人】としての訓練を行うことができる。
「はぁっ!」
適当に近くの葉を斬ろうとするも、葉は二つに分かれることなく剣を受け流すのみ。
(今日も痕すらなしって……! でも今日の私は違うわ!)
綺麗な葉の姿にイラつきを見せるも一瞬で切り替える。
「《形態:銃》!」
唱えると同時に剣が白く光って形を変え始め、光が収まればエシュナの手には銃。
そのまま放たれた弾丸は近くの木を貫く……ことはなく霧散していく。
「嘘でしょ、こっちもなの!?」
当然、この木が特別なのではない。自身が変身したわけではないために性能を一パーセントも発揮できていないというだけなのだが、エシュナにはもう一つ問題があった。
(くっ……、やはり魔力、魔力が少ないとこうも弱いなんて……!)
この世界における魔力とは、【武器】の能力を引き出すために必要なエネルギーを指す【主人】として外せない素養の一つ。だがエシュナは生まれつき魔力が少ないだけでなく、成長につれ増えるはずの魔力まで通常より少ない。普通であれば大人しく【武器】としての人生を歩むだろう。
「でも諦めない! いつか絶対、一人で【主人】と【武器】を兼ねてやるのよ!」
普通ではないエシュナは今日もその誓いを立てる。仮に人並みの魔力があっても難しいのだが、そんな運命なんて蹴飛ばしてやろうと。
しかしいつもと同じ調子で銃を掲げ叫んだのがいけなかった。
「これは驚いた」
(しまった、見られた!)
慌てて《顕現》を解除するも時既に遅し。
「君は複数形態の持ち主なのか。ますます君の【主人】になりたくなったよ」
「げ、先輩……」
一番見られたくない人物に秘密を見られてしまった。
この世界において、複数の形態を持つことは非常に珍しい。エシュナが幼い頃、本能的に自分がそうであることを悟った際、成熟しきった精神は冷静に周囲を観察し隠すことを選んだ。学校に通い始めてそれが正解だったと判明した時には『あっぶな! ナイス私!』と自画自賛したものだ。
だからこそ学園の訓練場を利用せず、こうして誰にも見られなさそうな場所を選んだというのに。
「僕がここに来た理由かい? 別の用事で近くを通りかかったら、突然《顕現》の気配を感じたものだから、何かあったのかと思ってね」
「……魔力が多いから、でしたよね? はー羨ましいこと」
「そうらしいね」
リオエルはエシュナとは逆に魔力が圧倒的に多く、周囲の人物からは『世界でも指折りの【主人】になるだろう』と期待を集めている。
不思議なことに《顕現》の気配とやらを感じ取れるらしく、研究者の間では溢れた魔力が異能として発現しているとされている。
「良いことばかりでもないのだけれどね」
「先輩……?」
表情に影を差したリオエルを、流石のエシュナも心配そうに見つめるが……
ビーーーッ!!
「「!?」」
警報音が鳴り響き、少し遅れて放送が入る。
『東門より魔物の群れが侵入いたしました。教師・校務員は戦闘及び生徒の避難誘導を、生徒・来校者の方々は近くの教師の指示に従ってください。繰り返します──』
「びっくりしたぁ……。何回聞いても慣れないわね、これ……」
「慣れてしまっては意味がないからね。ほら、僕たちも避難しよう。東門はここから遠くないし、先生たちの手を煩わせるわけにはいかない」
「あっ、はい!」
二人で避難場所へ向かって走り出したところで戦闘音も聞こえ始めた。偶然戦闘可能な教師か公務員が居合わせたのだろう。
空を見れば、東門の方へ飛行している人物も見える。この女学園に勤める夫婦の中でも特に惚気話が多いあの二人だが、有事の際には夫は【主人】として、妻は【武器】として、こうして真っ先に出動している。
日常での姿を知っているだけに、あの夫が『モノ扱い』をしているとは思えない。それなら【武器】になるのも……と思考が自身にとって危険な方向へ進んでいることに気付き、あの夫婦が特別なだけだと思い直そうとしたところで──
「へぶっ!?」
前を走っていたリオエルに衝突し、女子にあるまじき声を漏らす。
「いったぁ……。急に止ま──」
「まずいことになったかもしれない」
「ふえっ?」
リオエルが指し示した前方には、一匹の狼型の魔物。
「嘘、どうして……?」
「小さいから後回しにされているのかもしれないね。ここは生徒が通ることも少ないし」
「その数少ない例の私たちが遭遇しちゃったら意味ないじゃない! 先輩、端末は!?」
この女学園、スマートフォンのような端末を生徒に一人一台貸与しており、緊急時にはその端末からSOSを送れるのだが……
「用事の都合で持ちきれなくてね、今頃は寮の部屋の中さ。君は?」
「あそこがバレたくないから持ってきてないんですよっ!」
「……君も無茶をするね。しかし困ったことになった」
前方に魔物。群れから遠ざかるように道を選んだので戻りたくはない。そもそも、今は気付かれていないものの魔物が追ってくる可能性が非常に高く、そうなれば逃げ切れるか。
空を確認したが見える範囲では誰も飛行しておらず、救助は期待できない。先程の人物も既に別の場所で先頭を開始していることであろう。
「……だったら、やるしかないわよね」
「エシュナ?」
「《顕現》! 《形態:銃》!」
手元に召喚した銃を魔物に向けて撃つが、魔物には有効打とならない。当然当たっていないわけではなく、威力が圧倒的に不足している。
こればかりは、エシュナに仮に人並みの魔力があっても難しい。【武器】は、基本的に別の人物の魔力でないとその性能を十全に引き出すことができない。仮に一人で戦おうものなら、それこそリオエル並みの魔力が必要になる。
「そうだ、先輩なら──ひゃぁっ!」
突然体を引っ張られたと思うと、牙を見せて飛びついてきていた魔物がエシュナが居た位置を通り過ぎていく。魔物は着地してすぐに振り返り、獲物の隙を見逃すまいと鋭い目つきを向ける。
「先輩も、攻撃を!」
「できない」
「どうしてですか!」
「僕は……、《顕現》ができない。【武器】になることができないんだ」
「……え」
別の世界の記憶を持つエシュナは、全ての人間が【主人】にも【武器】にもなれると聞いて、本当にそうか、と疑問に思ったことがある。
しかし、転生して今まで実際に見たことも無ければ、噂にすら聞いたことが無かった。
「驚いたかい? 膨大な魔力と引き替えに、一つの可能性を失った者が、ここに一人存在しているんだ」
「……そ、それじゃあ」
「僕も一人では戦えない。だから、僕は……、いや、今はここを何とかしないとだね」
リオエルはずっと魔物と目を合わせ続けている。そのおかげか、魔物の方もすぐに飛び込んでくる気配はない。
「エシュナ、僕が囮になるから、君は先に避難場所まで行って、そこに居る先生を呼んできてほしい」
「……ちょ、ちょっと、今戦えないって言ったばかりじゃないですか!」
「大丈夫、【武器】になることができない分、【主人】としての訓練は多く受けている。時間くらいは稼いでみせるさ」
「で、でも……!」
「ここで二人、いつ来るか分からない救助を待つよりは確実さ。今できる最善の行為だと思う」
嘘だ。もっと良い手段があることを、この先輩が分かっていないはずがない。無理矢理にでも私を【武器】として振り回し、あの魔物を倒してしまえば良い。
でもそれを提案しないのは、きっと私のせい。断り続けてきたそれを、こんな状況だからと私に強いらずにいてくれている。
「さあ、早く行くんだ」
リオエルの厚意を強く感じてしまったエシュナは足が出せなくなってしまった。自分が【武器】になりたくないという理由だけでリオエルをここに置いていくのを許せない自分が生まれてしまった。
逃げたい、でも先輩が、でも【武器】になんて、でもこの先輩なら──そんな葛藤の末に、彼女は。
「……なります」
「エシュナ?」
「先輩の【武器】に、なってあげます」
「えっ……」
まさかの提案に、つい後輩の方に顔を振り向いてしまうリオエル。そんな隙を魔物が見逃すはずがなく……
「ちょっ、先輩! 前!」
「おっと。……エシュナ、良いのかい?」
「こ……、今回だけ。今回だけ、ですからね」
魔物の突進を危なげなく避けて再び注意を向け始めたリオエルからは見えていないだろうが、つい目を逸らしてしまう。心なしか、顔が少し熱いような気もする。
「ありがとう。おいで」
「はい。《武器化》」
エシュナの体が白い光に包まれ、その形を変えていく。
その過程は人それぞれであるのだが、エシュナは光と化してから一度球体を経て【武器】としての形を作り上げていくものらしい。
剣の形を作り上げた光はリオエルの前にふわりと下りると、その光を弾かせて中から一振りの剣が現れる。美しい銀の剣身以外は彼女の髪の色である淡い桃色をベースとし、埋め込まれた宝石の濃い緑も彼女の瞳と同じ。
リオエルは宙に浮くその剣に数瞬の間見惚れ、ふと我を取り戻して手に取る。
(これが【武器】の感覚……!)
人間の体の時とは明らかに違う感覚。しかしそれは自分が自分ではなくなってしまうようなものではなく、これもまた自分なのであり切り替わっただけなのだと理解する。
今のエシュナに目は無いが周囲の光景が確かに見えるし、耳も無いのに周囲の音が確かに聞こえる。この未知の感覚を不思議と受け入れられるのはこの世界の人間としての本能が為せる業か。
(先輩の手、優しい……)
そこにはもう、前世の記憶に引っ張られて【武器】になるのを恐れていた少女は居ない。自分が【武器】であると、リオエルが【主人】であると認めた、この世界を生きる少女だ。
「調子はどうだい?」
『バッチリです、先輩!』
「思念伝達も問題ないね」
エシュナが伝えたいと思った内容は、【主人】であるリオエルの頭の中に届く。慣れれば映像やそれ以外の感覚も伝えたり、【主人】からも伝達したりすることが可能になるが、今はエシュナが言葉を伝えるだけで精一杯。しかし、今はそれで十分。
魔物も脅威となる存在が生まれたことに警戒を強めるばかりで、今すぐ飛びついて来たりはしなさそうだ。今のうちに、次の段階に進む。
「魔力、流すよ」
『は、はいっ』
それは【武器】の性能を引き出すために必要な作業。エシュナも《顕現》で召喚した剣に自身の少ない魔力を流したことはあったが、今初めて流される側に回る。
(あっ……!)
全身をリオエルの魔力が流れていく。それは優しくも激しい波を起こしてはエシュナの思考を包み込んでいき、『あんな魔物に負けるはずがない』『二人でならどんな魔物だって倒せる』という高揚感を掻き立てていく。
(何これ、何か出そう……!?)
リオエルの魔力に魂が包まれきったかと思うと、自分の中の何かがリオエルの魔力と混ざって外に出ようと暴れ始めた。
困惑こそしたものの、本能もそれを出せと訴えている。抑えておく理由もないと、素直に応じて外に出してあげる。何となく言うことを聞いてくれそうではあるが、今はまだ難しそうだ。
「凄い……」
漏れたのはリオエルの呟き。今まで剣身だと思っていた部分から桃色の光を発し、更に大きな剣身を作り上げる。
巨大な光剣が完成しても手に感じる重さに変化はない。実体化はしていそうだが質量が無いのだろう。
「じゃあ、行くよ」
『はいっ、先輩!』
自身にそれを向けられると感付いた魔物が先手必勝とばかりに飛びついてくるが……一閃。光の刃が魔物の脚を切り落とした。
(っ!)
その瞬間にエシュナに生まれたものは、魔物の体内を通った不快感ではなく、【武器】としての役目を果たした快感。
魔力を流された時とは違う悦びが、エシュナを満たしていくが……眉を顰めるリオエルが視界に映り、熱が引いていく。
『どうしました、先輩?』
「参ったね、どうやら魔物の種類を勘違いしていたらしい」
『種類?』
視界の注意をリオエルから魔物に移すと、狼型のはずの魔物の背中に翼が生えている。
今までどこに隠していたのかは分からないが、あの翼で体を斬ろうとしていた剣を避けようとしたのだろう。そして避けきれずに脚が斬り落とされた、と。
エシュナの性能に空を飛ぶ類のものは無いため、剣が届かない範囲に逃げられてしまっては手が出せない。しかし、それならば剣以外で戦えば良い。
『任せてください! 《形態:銃》!』
剣が白く光り、再び球体を経て今度は銃の形へ。
何かを察したのか、魔物が空高くへ逃げようとし始める。
『逃がさないわよっ! 先輩、魔力の充填を!』
「ああ」
再びリオエルの膨大な魔力がエシュナを包み、同じように何かが外に出ようとするが、今度は自分の意思でそれを出すことができない。
強制的に我慢をさせられているが、不思議と嫌ではない。それどころか、もっと我慢したいという欲が思考を埋め尽くしている。
当然早く出してしまいという欲もある。しかしそれは今ではないと理解しており、その時を待つ。
……そう。充填完了の、その時を。
『今ですっ、先輩!』
リオエルが引き金を引く。
(いぃっ!?)
と同時、今まで我慢することで育てていたそれが放出され、エシュナの魂を爆発のような衝撃が襲う。衝撃というには苦痛が無いが、それでも意識が飛びそうになったほど。何となくだが、今の自分が【武器】だからどうにか意識を失わずに済んだような気がした。
一方、銃から放たれたのは銃弾ではなかった。この銃から出たとは思えない、人間ですら比較にならないような巨大な光線が、一匹の小さな魔物を消し飛ばし、雲を散らしていった。
「……」
流石のリオエルも、反動で尻餅をついたまま口を開けて唖然としている。少し遅れて、よく後ろに吹き飛ばずに尻餅だけで済んだな、という感想が生まれたところで、銃がリオエルの手元を離れて再び白く光る。
今度は球体の後に元のエシュナの形をとり、地に足を着けたところで、空を見て唖然とする。光線を放った時は衝撃で余裕が無く、たった今空の穴に気付いたからだ。
「……先輩」
「……なんだい?」
「早く避難場所へ行きましょう」
「えっ、ちょっと、エシュナ!?」
選んだのは、逃避だった。
翌日の放課後、生徒指導の教師に呼び出されてお叱りを受けた。
「ダメだったか……」
「それはそうだよ……」
あの光線のこともあるが、そもそも学園で許可されていない【武器】が勝手に使用されたのだ。一生徒でしかないエシュナたちが隠し通せるわけが無かった。
そもそもリオエルには隠す気が無かった。今のエシュナを一人にできない、と一緒に避難場所へ向かってくれた時は可能性を感じていたのだが、これでは一人負けである。
「それで、どうだったかな?」
「……どう、とは?」
「僕の口から言わせたいのかい?」
「うっ……」
「ふふっ」
今まで散々突っぱねてきたのだ、『最高だった』と正直な感想を口にしたくはない。
「では、改めて頼もう。エシュナ、僕の【武器】に、なってはくれないかい?」
差し出された手に、昨日の体験を思い出す。いや、あれからずっと、あの体験が頭を離れない。
顔が熱い。今までと明らかに違う反応をしてしまう自分が抑えられない。目の前のリオエルも何かしらの確信を持ってそうで、仮にここで断っても微笑んで受け流してしまう気がする。
(はっ! 『仮に』って何よ! それじゃあまるで──)
多分、いや必ず、いつか自分が折れるであろうことは分かっている。
「わ、私……」
「うん?」
でも、まだ素直にはなれないエシュナは、こう叫ぶのだ。
「私、武器になんてなりません!」