7.1 ラ・ピュセル(1)3月6日:到着
1428年3月6日、例の少女がシノンに到着した。
「本当に来たのか」
知らせを聞いて少し驚いた。
ただでさえ「旅に危険はつきもの」で、フランス国内はどこも治安が良くない。
イングランドとブルゴーニュ公が統治する《《北部》》と私が統治する《《南部》》の境界は特にひどく、少女の一行はそこを通過しなければならなかった。
少女に関するさまざまな噂——、それを信じている神秘主義者たちは、シノンまで無傷で辿り着いたことを「神の加護を受けている証拠だ」と考えて、さっそく感激している。
しかし、少女がもたらした奇跡を信じ、すべてを断言するのはまだ早いと思う。
キリスト教徒は、祝祭期間中の戦闘行為を控える。
今は四旬節だから、少女一行は比較的安全な時期に旅をしたといえる。
とはいえ、野生の獣や、自然がもたらす天候はやはり旅人を危険にさらす。
また、道中には、信仰や道徳を捨てた山賊のような輩もいるだろう。
護衛に守られているとはいえ、途中で怖気づいて引き返しても不思議ではない。
神秘的な噂の真偽はわからないが、少女が勇敢であることは認めよう。
私はひとまず、シノンの城下町で評判のいい宿を紹介して、旅の疲れを癒すようにすすめた。
少女との間を仲介する侍従はうやうやしく下がり、しばらくすると足早に戻ってきた。
「どうした、何か不都合でもあったか?」
「恐れながら申し上げます。例の少女が、陛下に直接かつ至急伝えなければならない伝言があるそうで、すぐにでもお目にかかりたいと言い張って動こうとしません」
「まさか、下で待っているのか?」
「門前まで来て、陛下がいらっしゃる《《ここ》》を見上げております」
「ここを……?」
思わず、ぞっとした。
「ちょっと待て。シノン城にいくつ塔があると思っているんだ」
神の目か、悪魔の視線か、それとも野生の勘か。
何にせよ、一方的に見られているようで急に居心地が悪くなった。
(いやいや、少女ごときに怖気づくな。そもそも、一方的に見られている状態はリッシュモンで慣れっこじゃないか……)
そう考えて、気を取り直す。
リッシュモンの場合は、単に見ているのではなく私の動向を監視しているのだろうが、良くも悪くも臣下から注目を浴びるのは君主のさだめなのかもしれない。
「まったく……、私に会うまで城の門前で野宿でもするつもりか?」
シノン城の奥まった場所にいるから、外の様子はうかがえない。
だが、朝方に城内の中庭を通ったとき、風に煽られて身を縮めながら足早に通り過ぎたことを思い出した。
日差しが春めいてきたとはいえ、城壁の影はまだ冬だ。
「天気が良くても、3月の野外は寒い。体に障るだろうに……」
そう言いかけて、少女はこの数週間ずっと野宿を繰り返しながらここまで来たことに気づいた。
山賊や獣が潜んでいるかもしれない旅路に比べれば、野外とはいえ城下町で、王がいる城門の前で寝泊まりするくらい、大したことではないのかもしれない。
私は少女の神秘的な噂を信じていなかった。シノンまで長旅をやり抜いた熱意も理解しがたい。
しかし、この時ばかりは少女の一途さをいじらしいと思った。
「少女の名はなんと?」
「ジャンヌと呼ばれています」
フランスではありふれた名前だ。
少女は自分自身を「ジャンヌ・ラ・ピュセル」と名乗っているらしい。
ラ・ピュセルとは、若い女性の召使いという意味だ。読者諸氏の時代に「乙女」と訳されているのは少々美化した意訳かもしれない。
もはや、会わずに追い返すという選択肢はなかった。
少女の目的が何であれ、シノンまでやって来た勇気に免じて、直接会って話を聞くべきだろう。そのくらいは叶えてあげたい。
しかし、謁見する前に、少女に旅の疲れを癒してほしいと思ったのも本当だ。
明日は休養日に当てて、明後日の夜、シノン城の大広間で謁見すると正式に決めた。
再び侍従を使いに出して、具体的な日時を伝えると、少女はようやく城門を離れて宿屋へ向かった。
「まったく、せっかちな少女だ」
この日、少女がシノンに来るまで、私は数週間前に来訪の許可を出したことをうっかり忘れていたのだが、このこともお見通しなのだろうか。
(※)ラ・ピュセル(La Pucelle)を直訳すると「下女」、英語にするとメイド(Maid)です。





