6.8 デュノワの武勇伝(2)危機
デュノワが狙われたのは必然だった。
開戦まもなく、イングランド軍総司令官ソールズベリー伯が戦死した。
もしここでフランス軍総司令官のデュノワを討ち取ればおあいこだ。仇敵を討ったという知らせは、ベッドフォード公を喜ばせ、イングランド軍の士気を大いに高めるだろう。
だから、ジョン・ファストルフは「奴を殺せ!」と叫んだ。
その一方で、シモン・モリエは「奴を生け捕りにしろ!」と叫んだ。
「なぜ生かす? 同じフランス人だからか?」
「別に死体でも構いませんがね」
落馬したデュノワにイングランド兵が群がる。
敗走するスコットランド兵のことはもう眼中になかった。
「生け捕りにしてイザボー妃に献上したら、間違いなく喜びますよ」
「なぜだ?」
「奴の父親……、シャルル六世の王弟オルレアン公とイザボー妃のスキャンダルはご存知でしょう?」
シモン・モリエは、奮闘するデュノワを見ながら「若いころの父親に瓜二つだ」とほくそ笑んだ。
「つまり、昔の不倫相手の息子を……、淫乱王妃に献上すると……?」
「くっくっく」
「なんとも、おぞましい話だな……」
「失敬な! 貴殿が想像するような下卑た意味ではない。気高いイザボー妃が《《私生児》》ごときに手を出すはずがない」
イングランド司令官たちに値踏みされているとはつゆ知らず。
落馬した衝撃を和らげるため、転がった先でデュノワの手に何かが触れた。
先ほど落とした槍だ。すかさず取り上げて振り回す。手応えがあり、デュノワを捕らえようとした敵兵の腕が飛ばされた。
「あっぶねぇ……!」
落馬直後に捕縛される危機は去ったが、敵兵に囲まれてしまった。
徒歩で逃げ切るのは不可能に近い。絶体絶命の窮地だ。
「大人しくしろ、オルレアンの私生児……!」
「するわけない」
「1500人のイングランド兵から逃げられるとでも?」
「俺の武勇伝としては、うってつけの舞台だ!」
白兵戦で槍は不利だが、間合いを知らしめるために横薙ぎに大きく振り回した。
初手で腕が飛ばされたイメージがあるせいか、敵兵は慎重に間合いをはかり、おかげでデュノワは少しだけ呼吸を整える余裕ができた。
「誰でもいい、かかってこい」
イングランド兵は互いの顔色をうかがい、一瞬、隙ができた。
「来ないならこっちから行くぞ!」
デュノワは槍を突き出して突進した。
不意打ちを喰らって敵兵が何人も倒れ、囲みに穴が空いたのを見ると、デュノワは槍を捨てて盾を奪った。迫り来る相手を追い返すには、武器で受けるよりも、盾で押し返すほうが都合がいい。
だが、どれほど善戦しても、囲みを抜けて徒歩でクレルモン伯に追いつくのは不可能だ。数人倒したところで、空いた穴はすぐに埋まる。
「ははは……、モテる男はつらいな」
イングランド兵は交代しながら、数人がかりで休みなく攻撃を加える。
一方のデュノワはひとりで戦っているからいずれ体力が尽きる。唯一、勝ち筋があるとしたら、隙を見てこの囲みを抜け出し、その辺にいる馬を奪って逃げ切るしかない。
「はあっ、はあっ……、次はどいつが相手だ?!」
取り囲む敵兵を警戒しながら戦い、馬を探し、包囲の隙をつく。並大抵のことではない。かなり息が上がっていたがデュノワは諦めなかった。気迫に怯んだのか、一時的に挑んでくる敵が途切れて人の輪が広がった。
ここから抜け出す好機かと思われたが、今度は矢の集中砲火を浴びた。
「ふぐっ……!」
激しい戦いで少しゆるんだのだろう、プレートアーマーの継ぎ目に矢が刺さった。衝撃で息が止まり、倒れそうになったがどうにか踏みとどまった。
度重なる攻撃を受けてアーマーの胸部がへこみ、大きく息を吸い込めない。
疲労と痛みで膝ががくがく震えている。これでは馬を見つけることができても、まともに騎乗できるか危うい。
二人の指揮官ジョン・ファストルフとシモン・モリエは、様子を見ながら、じりじりと包囲を狭めた。
「まあ、生きた捕虜だろうが死体だろうが、あの《《私生児》》に何かあれば、シノン城にいるシャルルも、ロンドン塔のシャルル・ドルレアンも、包囲中のオルレアン市民もさぞかし動揺するだろう」
逃げられないように囲い込み、接近戦と弓兵の射撃を繰り返しながら、デュノワの体力を少しずつ確実に削った。26歳の健康的な若い騎士はしぶとく、時間がかかったが、遠目からでもふらついているのが分かる。
もはや、捕らわれるのは時間の問題だった。
「できれば生け捕りで! イザボー妃に献上する最高の手土産ですからね」
「なぜ生け捕りにこだわる? 淫乱王妃の添い寝役でもやらせる気か?」
「違う!!」
シモン・モリエは敬愛する女主人を侮辱され、唾を飛ばして怒鳴りつけた。
「いいですか。王弟はイザボー妃を愛しながら、同時に宮廷の踊り子にあの私生児を産ませて、それを隠そうとした。そのことを知ったイザボー妃はプライドを傷つけられて大いに悲しみ、愛の深さと同じくらい深く深く憎んだのです」
感傷的なシモンとは対照的に、ジョン・ファストルフは唖然とした。
「なんて自分勝手な王妃だ。王弟とはそもそも不倫関係じゃないか!」
「黙れ黙れ! 無怖公が王弟を殺したように、イザボー妃は父親によく似たあの私生児を……」
そのとき、二人の間で何かが風を切った。
イングランドのロングボウとは明らかに違う、整形されたクロスボウの矢だ。
振り向くまでもない。耳を澄ませば、明らかに軍馬が駆ける足音が近づいてくるのがわかった。
「ひゃっはーーーーー! 俺様が助太刀してやんぜ!」
クレルモン伯率いるフランス軍とは別行動で監視していた、ラ・イルとザントライユが配下の傭兵団を引き連れて戦場に割り込んできた。イングランド軍はデュノワひとりに気を取られて、反応が遅れた。
「おらおらおらおら!!」
デュノワに群がっていた歩兵たちに躊躇なく突進し、人の輪が崩れた。
「ぎゃはははは! イングランド兵を馬上から蹂躙するのは気分いいぜぇ~!」
ザントライユは傭兵たちに指示を送りながら、クロスボウをつがえ、黙々とイングランド兵を狙い撃ちにしていく。
「おらおらおらおら! おいこら、逃げるなら金目のものは置いてけよぉ~!!」
ラ・イルは狂ったように大笑いしながら逃げる歩兵を追いかけ、馬で追い抜きざまに槍で引っ掛けていく。
「略奪は禁止だ」
「ちっ! 貴族くせぇクレクレ伯はいねぇし、硬ぇことはナシだぜ!」
「総司令官に見られているだろう」
「だからよ、こうして助太刀して恩を売っておけば多少は見逃してくれんだろ! ……あ? いねえぞ?」
いつの間にか、フランス軍総司令官のデュノワは消えていた。
ラ・イルとザントライユは敵兵を追い立てて長い間戦場を撹乱し、デュノワを見失ったイングランドの指揮官たちは無傷の兵站を積み直すと、ニシンまみれの生臭い戦場からあわてて立ち去った。





