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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第六章〈ニシンの戦い〉編

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6.9 デュノワの武勇伝(3)帰還

 夕方、クレルモン伯が率いる援軍は予定通りにオルレアンの町に到着した。

 兵站輸送の作戦は問題なく成功したというのに、指揮官のクレルモン伯も兵たちも喜ぶどころか、顔面蒼白で緊張をにじませていた。

 ブサック元帥は、クレルモン伯から一部始終を聞くと、デュノワとスコットランド兵を捜索して保護するため、ただちに兵を向かわせた。


 城壁の内も外も、ありったけの松明をかかげた。

 暗闇の中で、敗走する兵たちが帰ってくる目印と希望を絶やさないために。


 デュノワは、愛馬に背負われて、半ば失神した状態でオルレアンに帰還した。

 ひどい重傷を負っていて、すでに息絶えているかと思われたが、打撃を受けてプレートアーマーの胸部がへこみ、肺に空気を吸い込めなくなっていただけで、出迎えた兵たちが武装を解くとすぐに息を吹き返した。


「はあ……はあ……」

「デュノワ、デュノワ……、頼むから生き返ってくれ!」

「すぐに侍医を呼んで手当てを!」


 新鮮な空気が全身にめぐり、ぼやけた頭がはっきりしてきた。


「俺、助かったのか……」


 ラ・イルとザントライユが敵の注意を引きつけている隙に、包囲を抜け出し、落ち着きを取り戻した愛馬と再会した。

 最後の力を振りしぼって騎乗すると、朦朧としながらオルレアンを目指した。

 馬を見つけて安心したのか、新鮮な空気が足りなかったせいか、デュノワは途中で意識を失った。腕に手綱を絡めていたとはいえ、ほとんど馬首に寄りかかっただけの不安定な体勢だったが、馬は主人を落とさずに歩みを進め、町まで運んでくれた。


 ザントライユ率いる傭兵団が、生き残ったスコットランド兵を拾いながら続々と戻ってきていた。ラ・イルは最後尾につき、一晩中、城壁外で警戒にあたった。


 意識を取り戻したデュノワは、治療を受けるかたわらでブサック元帥や町の守備隊を統べるゴークール卿をはじめ、幹部たちを呼びつけて報告を聞いた。


「痛てて、もう少し優しくやってくれよ……。で、町の様子は?」


 十分な量の兵站が運び込まれ、食糧難の不安は解消された。

 新しい火砲を含め、武器弾薬も補充され、防衛体勢はさらに強化された。

 だが、デュノワの負傷とスコットランド軍が壊滅した知らせは、オルレアン市民に「自分たちに本当の戦況は知らされてないのではないか」という疑念を抱かせた。


「デュノワ伯も数日後に死ぬのではないかと噂が広まっています。イングランド軍の総司令官のように」


「みんな、俺の顔をよく見てくれ」


 一斉に注目が集まる。


「正直に言ってほしい。死にそうに見えるか?」


 全員、首を横に振った。

 代々オルレアン公に仕える侍医も同じ見立てだったので、デュノワは「それなら大丈夫だ!」と胸を張ったが、ゴークール卿は、デュノワの生死とは別の意味で懸念を示した。


「瀕死で運び込まれた総司令官を見た者がいるようで、市民は不安がっています。オルレアン公に続いて、弟のあなたまでいなくなるのではないかと」


「へぇ、俺も案外慕われてるんだな。……じゃあさ、みんなを安心させるために、朝になったらひとっ走りして町中を巡回してくるよ」


 デュノワは市民に元気な姿を見せれば済むと考えたが、すぐに却下された。


「傷だらけの姿はかえって不安を煽ります」

「そんなにひどいか?」

「ぼっこぼこです。大人しく寝ててください」

「はぁ……、ひどい目に遭ったな」


 瀕死の重傷を負ったが、幸いなことに命に別状はなかった。

 ただ、しばらく動けそうになく、傷がある程度癒えるまでブサック元帥が総司令官代行を務めることになった。


「総司令官といっても、俺はもともと《《お飾り》》みたいなもんだし今まで通り。問題ないな!」


 気丈なデュノワは、自分のことはさておき、ブサック元帥やクレルモン伯をねぎらった。


「デュノワ、貴公が無事でよかった」

「へへへ、いい武勇伝になったろ?」

「本当によかった……」

「おいおい、らしくないぞ。あんまり神妙にされるとこっちの調子が狂う」


 手当てが一通り終わると、デュノワはがつがつと夜食をかきこみながら、クレルモン伯にある頼みごとを告げた。


「ここの総司令官はデュノワだ。何でも命じてくれ」

「見ての通り、俺はしばらく動けそうにないからさ」

「さっき話していた町の巡回か? ちょうどいい。地理を覚えるために出かけようと思っていたところだ」

「いや、ひとっ走りして、シノン城にいる王に武勇伝を伝えてきてくれないか」

「えっ……」


 遠回しな言い方はデュノワらしくなかったが、言わんとしていることはすぐに伝わった。クレルモン伯は凍りつき、その場にいる全員が絶句した。

 デュノワの真意を確認しようと、クレルモン伯はシンプルに問いただした。


「……オルレアンから出ていけということか?」


 貴族らしい遠回しな言葉遣いは、むしろ、クレルモン伯の流儀だ。

 嫌味や皮肉をこめていることも多いが、きつい内容を和らげる効果もある。

 デュノワがこういう遠回しな言い方をするときは、大抵、後者のパターンだ。


「ただの任務だよ」


 階級社会において、本来なら格下の「私生児」に屈辱的な命令を受けたら、プライドの高いクレルモン伯は即座に断るか、皮肉を言いながらしぶしぶ引き受けるかのどちらかだろう。

 だが、デュノワへの引け目からか、この時ばかりは素直だった。


「……承知した」

「よろしく頼む」


 翌日、クレルモン伯と援軍は来たばかりのオルレアンを去った。

 町の人々は、《《味方を見殺しにしたフランス軍》》に失望し、共に戦う仲間とみなさなかった。クレルモン伯は背中に罵声を浴びながら、再び城門をくぐって出て行った。


 ニシンの戦いを経て、フランス軍とオルレアン市民の間に亀裂がうまれた。

 溝が深まれば、遠からず内部分裂が起きる。そうなる前に、市民の不満を解消して、関係を修復する必要があった。


 クレルモン伯はデュノワの頼みで「悪役」を引き受け、市民の憎しみを背負いながらオルレアンを旅立った。

 



 



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