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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第一章〈逆臣だらけの宮廷〉編
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1.7 さまよう王と北極星(2)

 アルテュール・ド・リッシュモン伯はイングランド王家と縁が深く、長らくブルゴーニュ派と思われていた。

 この経歴だけでも、アルマニャック派多数の宮廷で反発必至だというのに、大元帥(コネタブル)の権力を盾にして重臣たちを断罪し、全員を追い出してしまった。

 宮廷をめちゃくちゃにされて、私は腹を立て、勢いで「顧問会議の再編」を押し付けた。


「陛下から命じられた『顧問会議の再編案』を作成しました。お目通しください」


 リッシュモンの鉄面皮は強靭で、嫌な顔ひとつしない。


「まったく……」


 仕事をする気分ではなかったが、働き者の家臣を追い返すほどでもない。

 私たちは厩舎の特別室を出ると、人払いした牧草地へ足を運んだ。

 「人払い」といっても、一定の距離内に護衛が何人かいるが、通常、彼らは人数に含まない。


「貴公は、あきれるほど仕事熱心だな」


 年老いた愛馬を放牧しながら、私は「顧問会議の再編案」に目を通した。

 リッシュモンはブルターニュ公の弟だから、同郷のブルトン人をねじ込んでくるのではないかと警戒したが、そんなことはなかった。


「顧問会議の人事もさることながら、王国軍再編も急務です。つきましては、ジャン・ド・ブロスを元帥(マレシャル)に推挙します」


 ジャン・ド・ブロス——通称ブサックは50歳になる歴戦の騎士で、リッシュモンより18歳も年上だ。


「なぜ、ブサックを推す? 貴公よりだいぶ年上だろう」

「その名をご存知でしたか」

「確か、ロードス島騎士団長の娘婿だったかな」

「姪の婿です」


 ロードス島はエーゲ海に散在する諸島のひとつで、東ローマ帝国——またの名をビザンツ帝国の統治下に置かれている。

 異教徒との交易と紛争が多い地域で、信仰心のあつい歴戦の騎士団が一帯を守っている。


「騎士としての技量は申し分なく、高潔で忠誠心の高い男です」


 異論はなかったが、言われるままにすべて承認するのは面白くない。

 私は内心で、「リッシュモンの大元帥叙任を早まったのではないか」と考えていたから、次は慎重に見極めようと思った。


「わかった。考えておく」


 それに、ブサックの他にも幹部候補が何人かいる。

 例えば、レー伯の孫ジル。20歳になったばかりだが、祖父シャルル五世に仕えた名将ゲクランの曾姪孫として将来有望な青年だ。

 ブサックの件はひとまず保留し、私は宮廷顧問会議の人事再編のみを承認した。


「ここでは署名ができないな。仕方がない、戻るか」


 残念だが、牧童ごっこは終わりだ。

 それでも、少し風に当たったおかげかだいぶ気分が和らいだ。


「こちらへおいで、ポレール」


 老馬ポレールは「王の厩舎」の古株で、軍馬たちの長老みたいな存在だった。

 艶のある立派な黒馬だったが、近頃は白毛が増えて灰色っぽくなった。

 とても賢くて、名を呼ぶとこちらに来てくれる。


「新鮮な牧草をお腹いっぱい食べられたか? 寂しいが、私はもう帰らなくてはいけない」


 老いた馬は、人の言葉がわかるのか、私を慰めるように鼻を擦り寄せてくる。

 くすぐったくて、ケダモノくさいが、悪い気はしない。


「よしよし、いい子だ」


 私も鼻や首筋を優しく撫でて、愛情に応えた。

 現役の軍馬として役に立たなくても、絶対に手放さないと決めている。


「ギュイエンヌ公——陛下の兄君、ルイ王太子の軍馬ですね」


 束の間、リッシュモンの存在を忘れていたが、その言葉を聞いて我に返った。


「知っているのか」

「額の星に見覚えがあります」


 リッシュモンは、かつて私の兄に仕えていた。

 兄は病床にいたため、アジャンクールには参戦できなかった。

 代わりに従兄のシャルル・ドルレアンが戦地へ行き、敗北して捕らわれた。リッシュモンも同じく。


「二度と会えないと思ってましたが」


 アジャンクールから二ヶ月も経たないうちに、兄は亡くなった。


「良い命名です。北極星(ポレール)は、さまよう旅人の道しるべとなる星ですから」


 旅人や船乗りにとって、北の空で動かない星「北極星」は生死に関わる道しるべだ。

 フランス語の慣用句「北を見失う」とは、「途方に暮れる、気が動転してどうしていいかわからない」という意味だ。


 リッシュモンは、優れた王太子だった兄をよく知っている。

 兄と比べて、愚弟の私は「さまよう旅人」も同然なのかもしれない。


「貴公は、私に兄上の面影を見ているのか?」

「……さあ、どうでしょう」


 意外な反応だった。

 質問をはぐらかすとは、堅物リッシュモンにしてはめずらしい。

 貴重(レア)だなと思っていると、今度はリッシュモンが口を開いた。


「寂しいのですか」

「何のことだ」

「昔、陛下がまだシャルル王子だった頃、アンジューで初めてお目にかかったときに、ずいぶん兄君を慕っている様子でしたから」


 リッシュモンは、12年前の私をしっかり覚えているらしかった。

 私とマリーの婚約を祝う使者として、リッシュモンは兄からの手紙を届けてくれた。

 私は感激して泣きべそをかき、下手くそな返信を見られた上に、書くのを手伝ってもらった。


「はは、懐かしいな」


 私も思い出した。

 当時から、リッシュモンは厳しくて生真面目だった。

 だが、冷酷無情な人間ではなさそうだった。


「デュノワ伯のことは覚えてなさそうだったのに、私は貴公に弱みばかり見られている気がするな」


 12年前は、主従関係になるとは夢にも思わなかった。

 ましてや、自分が王位を継承するなど想像もしなかった。

 私は名目上のフランス王「シャルル七世」となり、見た目こそ大人になったが、子供っぽい未熟な部分がたくさんある。


 リッシュモンはどうだろう。

 ロンドン塔幽閉は、彼の心を変えたのか。それとも——


(少なくとも、悪い奴ではない)


 顧問会議の一件で「怖い奴」だと思っていたが、公務から離れて話をすると、また違った一面が見えてくる。堅物リッシュモンの「人間らしい」部分が少し見えた気がした。


「デュノワ伯といえば——」


 のどかな牧草地に一陣の風が吹いた。

 親しみを感じたのも束の間、私はリッシュモン大元帥を決定的に嫌悪するようになる。


(※)資料によると、ジャンヌ・ダルクが来た頃、「王の厩舎」にはシャルル七世の兄で王太子だったルイの軍馬がいて、シャルルはこの馬を引き取ってとても可愛がっていたらしい。

当時、自分の名を長男に名付けることが多いのに、シャルルは兄の名前をつけていたりと、この人絶対にお兄ちゃん大好きだよな…と思っています。

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