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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第六章〈ニシンの戦い〉編

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6.1 ブロワ城の後方支援(1)

 リッシュモンが危惧していた通り、総司令官のソールズベリー伯が戦死したというのに、イングランド軍は撤退しなかった。


 キリスト教徒にとってクリスマスは重要な宗教行事だ。

 イングランド軍で脱走兵が続出していると聞いたときは、末端の兵士がいなくなれば敵軍が自然消滅するかもしれないと期待したが、新たな司令官ジョン・タルボットが援軍とともに着任し、軍紀を引き締めた。


 クリスマス当日、「イングランド軍は休戦にとどめて誰も帰還しなかった」と報告を受け、この戦いから手を引くつもりはないと確定した。


 間違いなく、包囲戦は長引くだろう。


 兵站計画を練り直すために、ブロワ城で義母ヨランド・ダラゴンと面会した。

 本来、女性は戦いに不向きだが、アラゴン王国の嫡流王女だったヨランドの才覚と人脈を頼って、オルレアンの後方支援を任せている。


「匿名希望の大元帥から献上品が届きましたよ」

「匿名にする意味があるんですか……」


 ヨランドはご機嫌で、「生成りの亜麻布」を見せてくれた。

 手垢のついていない清潔な新品で、大量に運び込まれている。


 古代エジプトのミイラは亜麻布の包帯を巻いて保護していたと聞くし、古代ローマの包帯学は十五世紀ヨーロッパでも健在だ。

 戦争に負傷者はつきものだから、包帯に使う亜麻布はどれだけあってもいい。


 包囲戦が長引くことを見越して、物資を送ってくれたのだろう。

 内心でありがたいと思っていたら、ヨランドは首を横に振った。


「これは、陛下個人への贈り物なのですって」

「どういう意味です?」

「この亜麻布で、下着をすべて新調するようにと」

「何なんだあいつは!」


 つい、口調が乱れた。


「それは、わたくしが聞きたいですわ。大元帥と何があったんです?」

「何もないです。何も」


 ヨランドはからかうような眼差しで見ているが、「何もない」のは事実だ。


「別に、私のものに限定しなくても……。ラドゴンドとカトリーヌの産着やおしめは何着あってもいい」


 少し前に、マリー・ダンジューは双子の王女を出産していた。


「献上品の送り主に感謝を伝えてください」

「あら、直接伝えませんの?」

「《《誰だか知りません》》が、奴は匿名希望なんでしょう?」

「陛下が望めば、秒で駆けつけると思いますわ」


 冗談なのか本気なのか。私は反射的に振り返り、リッシュモンが隠れていそうなところがないか辺りを見回した。


「秒で現れる……? まさかここに……?」

「さあ、どうかしら」


 ヨランドは唇を震わせて吹き出すのを堪えている。

 私を動揺させて、からかっているのだ。


「とにかく! 私は送り主を詮索しないし、公妃も詮索するのは程々に!」


 ヨランドは素知らぬ表情で、「陛下の仰せのままに」と優雅に礼をした。


 オルレアンの戦況について、私は悲観的に考えすぎるところがある。

 ヨランドなりに緊張をゆるめようとしているのだろう。あの人は昔からそうだ。さらっと聞き流せばいいのに、リッシュモンの存在感に動揺する私もどうかしている。





 シノン城と違って、戦略兵站基地と化したブロワ城は活気づいていた。

 役人が近隣から食料や武器などの物資をかき集め、品目ごとに過不足を管理し、数日おきに兵站輸送の部隊をオルレアンへ送る。


 戦闘力を維持するために、必要な物資を適材適所に充足させる。

 戦闘を遂行する上で求められる軍需品は、量的に膨大であるだけでなく多種多様だ。しかも、必要な物資は戦闘状況に応じてつねに変化し、また限りある補給能力を効率的に活用しなければならない。

 このような諸問題に随時対応するために、兵站学では補給の計画的な管理と効率的な実行が求められる。


 野戦では、瞬間的な戦闘力がモノを言う。

 だが、包囲戦では、後方支援の良し悪しが勝敗を左右する。


 平時の管理業務と違って、戦時下の兵站輸送は危険をともなう。

 輸送中に物資を敵方に奪われないように、輸送部隊の人選は、慎重かつ厳重に組織される。


 戦場は、危険と隣り合わせで血生臭いが、英雄的な華々しさがある。

 裏方は、地道で目立たない。戦場ほどではないが危険もある。


 ブロワ城の大広間で、私とヨランド・ダラゴンは各地の商人たちと謁見していた。


「このたびは、ご招待に預かり光栄です」

「ブロワへようこそ。オルレアンは目と鼻の先だが、あまり近づかない方がいい」


 土地の権利や戦後復興の利権と引き換えに、商人と交渉して味方につけるのも重要だ。実際、ビューロー兄弟のように武器を売り込みに来る連中もいる。


「町は無理でも、遠くから観戦するのは構わないでしょう?」

「……イングランドの脱走兵が野盗と化している」


 言葉の通じない異国で、飢えた脱走兵は徒党を組み、敵味方に関係なく襲ってくる。彼らにとって、裕福な行商人は格好の獲物だ。


「オルレアンを見たいならご自由に。だが、忠告を無視して脱走兵に襲われ、身ぐるみ剥がされ、誘拐されたとしても身代金は払わない」


 商人たちは互いに顔を見合わせる。


「陛下もご苦労が絶えませんね」

「心配無用だ。近いうちに、総司令官のデュノワ伯が朗報をもたらすだろう。イングランド軍も脱走兵もすべて駆逐したとね」

「フランス軍が勝つと? 陛下はずいぶん自信がおありのようですね」


 商人たちにブロワ城の状況を見せることで、フランスに勝機があると証明し、投資してもらわなければならない。私は引き続き、はったりを効かせる。


「あなたがたにとってもこの戦争は商機になる。その根拠をお見せしよう」


 表向きは、王らしい威厳と優雅さを見せかけながら、水面下では必死にもがいている。本当の私は、擦り切れた下着を買い換えることさえできないほど貧乏だった。


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