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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第六章〈ニシンの戦い〉編

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勝利王の書斎16:塩を入れる

 第四章から第五章へ——。

 《《勝利王の書斎》》は、歴史小説の幕間にひらかれる。


 こんにちは、あるいはこんばんは(Bonjour ou bonsoir.)。

 私は、生と死の狭間にただようシャルル七世の「声」である。実体はない。

 生前、ジャンヌ・ダルクを通じて「声」の出現を見ていたせいか、自分がこのような状況になっても驚きはない。たまには、こういうこともあるのだろう。


 ただし、ジャンヌの「声」と違って、私は神でも天使でもない。

 亡霊、すなわちオバケの類いだと思うが、聖水やお祓いは効かなかった。

 作者は私と共存する道を選び、記録を兼ねて小説を書き始めた。この物語は、私の主観がメインとなるため、《《歴史小説のふりをした私小説》》と心得ていただきたい。


 便宜上、私の居場所を「勝利王の書斎」と呼んでいる。

 作者との約束で、章と章の狭間に開放することになっている。





 少年期編では、フランスの慣用句を『勝利王の書斎』のサブタイトルにしていた。

 小説の筋書きとこじつけるのが面倒でやめていたが、思いがけず好評だったと聞いたので、今回から復活する。


 "Mettre son grain de sel."


 直訳すると「自分の塩の粒を入れる」

 その意味は「いらない意見を述べる」とか「自分と関係ない話に口出しして邪魔になる」とか「聞かれていないのに勝手なことを言う」とか……。


 日本語の「塩対応」と同じく、塩のしょっぱさを不快感として捉えている言葉だ。


 よく、シャルル七世はリッシュモンの扱いが塩対応すぎるといわれるが、私からすると、リッシュモンの言動は「塩を入れてくる奴」そのものだ。


 しかし、「人生の塩(Sel de la vie)」という正反対の慣用句もある。

 こちらの意味は「人生を味わい深くするもの」


 塩気がなければ味気なく、物足りないが、入れ過ぎればくどい。

 素材の良さを殺してしまうこともある。

 しかし、ちょうどいい塩加減は、素材のうまみを引き立てる。


 食べ物も人生も人間関係も、扱い方次第。適量が大事というわけだ。


 フランスの塩といえば、ブルターニュとプロヴァンスとロレーヌが有名な産地として知られている。味わいや質感がそれぞれ違っていて、フランス料理では塩を使いこなすことを求められる。大粒の粗塩グロ・セル、細かな粉末のセル・ファン、塩の花と呼ばれる結晶フルール・ド・セル——。


 なお、ブルターニュはリッシュモンの故郷、プロヴァンスはアンジュー家の所領のひとつ、ロレーヌは義弟ルネ・ダンジューの婿入り先だ。


 読者諸氏の時代では、塩を化学的に合成できるようになり、安く手軽に使えるが、かつては自然がもたらす神の恵みだった。通貨の代わりにもなるし、聖書をはじめ、慣用句にもよく登場する。


 私を取り巻くキャラクターを良質の塩に例えるなら、うまく使いこなす技量が求められる。


 さて、時間が来たようだ。

 これより青年期編・第六章〈ニシンの戦い〉編を始める。





(※)フランス北西部のブルターニュ地方ゲランドで取れる塩は、大西洋の海塩。南部のプロヴァンス地方カマルグで取れる塩は、地中海の海塩。北東部(内陸)ロレーヌ地方で取れる塩は、アルプスの岩塩です。

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