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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第一章〈逆臣だらけの宮廷〉編
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1.6 さまよう王と北極星(1)

 シャルル七世の寵臣として知られるル・カミュ・ド・ボーリュー(Le Camus de Beaulieu)は、当初は護衛のひとりに過ぎなかった。


「私の愛するポレールは元気にしているかな」

「ははっ、お戯れを!」

「本気だよ。私の傷心を癒してくれる唯一の存在なんだ」


 要人に仕えるには知性と慎重さが足りなかったが、私はボーリューの軽薄な性格を気に入って、「王の厩舎」の隊長に任命していた。


「侍従長に叱られますよ」

「今は、ジアックより怖い奴がいる」

「ええっ! じゃあ、ますますこんな所で油を売っていたらまずいじゃないですか!」


 一応、臣下らしく諫めはするが、私を本気で追い出すつもりはない。

 ボーリューは人気のない厩舎の奥——孤独な王を慰めてくれる特別な部屋へと私を案内した。


「いつものやつ、預かります」


 入る前に、私は手早く上衣を脱いだ。

 服に匂いが移ると怪しまれてしまうから、上半身は下着同然のシャツ一枚のみ。

 この格好なら、もし汚れてもすぐに替えがきく。

 脱いだばかりの生暖かい上衣をボーリューに預けた。


「新鮮な水桶を用意しておきます。帰る前に、その、王様の体も洗い清めたほうがよろしいかと」

「ありがとう、そうさせてもらう」


 道具を受け取ると、私は厩舎の特別室へ入った。




***




 やかましい宮廷から解放されて、一息つけると思ったのに。


「……よくここが分かったな。ジアックから聞いたのか?」

「侍従長の取りなしは無用です。陛下の護衛はすべて私の部下も同然ですから」


 アルテュール・ド・リッシュモンは大元帥(コネタブル)の権限を使って、護衛の人員配置を一新したようだ。

 私の行動はすべて筒抜けになっていた。


「調教が趣味とは知りませんでした」

「調教というほどではない。世話をしているだけだ」

「良い趣味だと存じます」

「ふん、どうだか」


 私は、馬やロバの世話をすることが好きだった。

 この長いたてがみと長い顔を持つ動物は、日頃から世話をする人間の顔を覚えて、よく懐いてくれる。

 言葉こそ通じないが、知性と心があると感じる。

 それでいて、人間の身分差をまったく知らず、愛情を返してくれる。

 馬は王侯貴族向け、ロバは労働者向けといわれるが、どちらも愛すべき純朴な動物だ。


 だが、どれほど好きでも、馬の育成と調教はとても難しい。

 私は専門的な能力を持っていなかった。下手な調教は、動物虐待になってしまう。


 だから、私はただの馬の世話係だ。

 掃除をして、新鮮な水と飼い葉を入れ替えて、背中にブラシをかける。

 天気が良ければ、運動して牧草を食べさせるために城内の原っぱへ出かける。

 王の厩舎はいつも手入れされているから、私がやっていることは遊びみたいなものだ。

 だが、こうして牧童の真似事をしていると、塞いだ気持ちが不思議と晴れていく。

 気分を一新して、また宮廷の公務へ戻る。それが私の日常だった。


(とはいえ……)


 王侯貴族は、権威を重んじる。

 仮にもフランス王を名乗る者が、薄いシャツ一枚でケダモノの世話をしていると世間に知れたら一大事だ。狂人か、あるいは愚者だと笑い物になってしまう。

 特に、イングランドが支配する北フランスでは、根も葉もない「シャルル七世の悪評」がばらまかれている。

 火種を見つければ、彼らは積極的に炎上させるだろう。


「このことは、口外しないように」


 表沙汰にできないが、秘密の趣味はなかなかやめられない。


「当然です。なんとだらしのない……」


 大元帥になってから、リッシュモンはますます遠慮がなくなった。

 いくら何でも「だらしない」は率直すぎる。無礼スレスレの言い草だ。


「ちゃんとした服を着てください。目のやり場に困ります」

「失礼な! まるで私が裸でいるみたいではないか!」

「同じです。人前に出られる格好ではないのですから」


 正論を言われて、ぐうの音も出ない。

 しかし、宮廷用の上等な服に厩舎の匂いがつかないようにと、いろいろと考えた末に、このような薄着をしているのだ。だらしないと言われるのは心外だった。


「陛下のお召し物は、厩舎長が持ち去ったようです」

「違う。ボーリューが持ち去ったのではなく、私が預けたのだ!」

「ひとまず、こちらを羽織ってください」

「うわ、何をするやめ……」


 リッシュモンが身につけていた外套を、無理やり着せられた。

 サイズが大き過ぎて、どこもかしこも布が余っている。

 体格差をまざまざと見せつけられた気がする。いや、そんなことよりも。


「貴公の外套に厩舎の匂いが移ってしまう!」

「気遣いはご無用です」

「あと、今の私はだいぶ汗をかいている。外套が汗臭くなっては申し訳ない気が」

「そんなことを気に掛けるくらいなら、汗で張り付いた下着一枚で家臣の前に立っていることを恥じてください」


 リッシュモンはあいかわらずの鉄面皮だが、視線をそらしてこちらを見ようともしない。かなり怒っている。


(私は、それほどまでに恥ずかしい行いをしているのか……?)


 愚かな牧童の真似事などしないで、王らしく、身分をわきまえろということか。

 私が黙ったのを見計らって、リッシュモンは書類の束を差し出した。


「陛下から命じられた『顧問会議の再編案』を作成しました。お目通しください」


 こんな所まで追いかけてきて、一体何事かと思えば。


「……まったく、大元帥はあきれるほど仕事熱心だな」


 書類を読むには、厩舎の奥は暗すぎる。

 お気に入りの老愛馬ポレールと、まじめすぎるリッシュモンを連れて、私たちは牧草地へ出かけることにした。


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