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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第五章〈謎の狙撃手〉編
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5.3 大元帥は塩対応(3)給餌

 当面の治療が済んで人心地ついたのか、リッシュモンは窓にかかった鎧戸の隙間から外の様子を確認している。


「町の市民はレ・トゥーレルを見てますが、ノートルダム塔に顔見知りの兵が数人います」


 勘のいい指揮官は、砲撃の弾道から発射地点を推測するはずだ。

 デュノワは昔から騎士志望で、火砲は邪道だと考えているようだが、今はどうだろう。


「デュノワが来ているのか?」

「会いたいですか?」

「いや……」

「オルレアンにいることを知らせてないのですね」


 私は答えず、リッシュモンもそれ以上詮索しなかった。

 夕方から夜に近づき、外から差し込む光がオレンジ色から青みを帯びて紫色になってきた。


「貴公こそなぜここに?」

「ブサックがあなたの元を離れたと聞いて」

「護衛のつもりか?」

「姿を見せるつもりはありませんでした」

「貴公も隠密行動中というわけか」


 そういえば、通常、フランス王なら最低八人はついてるはずの護衛はどうしたのだろう。

 公務から私生活まで二十四時間、ある程度距離を保ちながらつねに王に張り付き、不審者が近づこうとしても、実際に接触する前に取り押さえられるのが常だが、なぜか今は何の音沙汰もない。


 相手が大元帥だから手を出さなかった。あるいは手を出せなかったのか。

 騎士や兵士の中には、おそらく現状では最高水準のスペックを持つ「騎士の鑑」リッシュモン大元帥に心酔している者も多い。

 先だってのブサック元帥のように、王の威光よりも大元帥の意向を気にかけて行動する。気持ちはわからなくもない。リッシュモンは内面も外見も、頂点に立つにふさわしい理想的な人物だと思う。


 仮に、リッシュモンが私を見限ってイングランドやブルゴーニュに寝返るとしたら、ついていく人間がかなりいるだろう。


 いるはずの護衛たちが姿を見せないのは、リッシュモンに遠慮しているのか。

 それとも、私のお忍び行動を利用して、何か陰謀が動いているのか。


 ブルゴーニュ公はオルレアン包囲戦に参戦していないが、だからといって、親フランスに変わったと考えるのは時期尚早だ。オデット・シャンディベールは、ブルゴーニュ派によるシャルル七世暗殺計画を私に知らせようとしていた。オルレアンを攻めないだけで、私個人への恨みは健在だと考えるべきだろう。


 リッシュモンの実母はイングランド王太后で、ベッドフォード公とは血の繋がらない義理の兄弟だ。そして、ブルゴーニュ公とは幼なじみの間柄でもある。


 もし、リッシュモンが暗殺計画に関わっているとしたら。

 今なら簡単に実行できる。


「顔見知りに会いたくないなら、夜の帳が下りるまで外に出ない方がいいでしょう」


 リッシュモンは窓の鎧戸を閉めると、暖炉の火加減を一瞥してから、テーブルを挟んで対面の丸椅子に腰を下ろした。


「今のうちに、腹ごしらえしておくか」

「……そうですね」

「せっかくだから、ここの主人の好意をいただくとしよう」


 パンを取ろうとしたら、手首をつかまれた。


「患部を安静にするようにと申し上げたはずです」

「別にこのくらいいいだろう」

「だめです」


 リッシュモンが毒見を兼ねながら、給仕をすると言う。

 ついでに、余った卵黄で具なしのキッシュのような卵焼きを作ってくれた。


「本当に器用だな」

「焼いて塩を振っただけです」


 義弟のルネ・ダンジューは趣味で料理をするが、道楽だから凝ったメニューを作りたがる。

 リッシュモンの場合はありあわせの素材で作る無骨な料理だが、高価なゲランドの塩で味付けをするのがポイントだ。


「お口に合うかわかりませんが」

「いや、これで充分だ」


 10歳まで修道院で暮らしていたから、質素な食事には慣れている。


「毒見をします」


 そう断ると、リッシュモンはパンを引き裂き、シンプルな卵焼きをナイフで切り分け、それぞれを口にして慎重に咀嚼した。特に問題はなさそうに見える。


「それでは、お召し上がりください」


 リッシュモンは、私の前にパンと卵焼きを並べると、丸椅子を寄せて隣に座った。そして、一口大にちぎったパンのかけらを私の鼻先に差し出した。


「何を……」

「今夜は私が、負傷した手の代わりを務めます」


 リッシュモン手ずから私に給仕を——。

 いや、これは給仕というより《《給餌》》ではないか!


「まさか、貴公が食べさせると言うのか……?」

「王に奉仕するのは臣下の務めです」

「いい、いいってば! 今の私は王じゃないと言っただろう!」

「では、けが人の世話ということで」


 しばらく押し問答が続いた。


「負傷したのは利き手だ。左手はほらこの通り、無事だ!」

「片手では不自由でしょう」


 迫りくるリッシュモンを押しのけようとした手をつかまれる。


「安静にと申し上げているのに」

「貴公が無理強いするからだ!」

「口を開けるだけです」

「子供みたいな真似はできない!」


 なおも抵抗していると、リッシュモンは「兄だと思えばいい」と言った。


「あ、兄だと……?」

「私はかつてあなたの兄君に仕えていました。年齢も近い」


 リッシュモンを兄だと思って、兄に甘えるつもりになればいいと言う。


「兄上に……」

「ええ、そうです」


 つい、心が揺れてしまった。

 さらに「冷めてしまいますよ」とだめ押しされ、ついに私はおずおずと口を開き、リッシュモンが差し出すパンを受け入れた。


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