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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編

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4.7 開戦(2)でかい牛とうまいパン

 フランス軍総司令官のデュノワ伯が、イングランド軍総司令官ソールズベリー伯の最後通牒を拒否したため、包囲戦は避けられなくなった。オルレアンの町に出入りする門はすべて閉ざされた。


 1428年10月、最初の日曜日。

 町の人たちはフランスの旗とオルレアンの旗、そして十字架を掲げて讃美歌を歌いながら町中を練り歩き、神や天使に祈りを捧げた。気休めかもしれないが、城壁に聖水を振り撒いて「少しでも強化されるように」と加護を祈った。


 城壁の外では、破壊が間に合わなくて放棄された修道院や教会施設をイングランドが次々と占領していた。

 デュノワとブサックは、斥候からイングランド軍の動向について報告を聞きながら、自身も各所の塔にのぼり、高みから周辺の様子を視察した。


「弓兵ばっかりで、歩兵はほとんどいないな」


 長弓兵を主体とする、イングランド軍らしい編成だ。

 ほとんどの弓兵が、立派な軍馬に騎乗していた。

 これまでの戦いの功績で、弓兵たちはずいぶん優遇されているようだ。

 なお、指揮官たちは紋章が染め抜かれたサーコートを身につけて槍を持っているので、一般兵と容易に見分けがつく。


「妙だな」


 ロワール川にかかる大橋の要塞レ・トゥーレルから、イングランド軍の動向を視察した時のことだ。


「軍馬よりも、荷馬車を引く駄馬が多い気がする」

「……兵站か」

「長期戦になると見越しているんだろうな」

「…………本当に兵站じゃろうか?」

「ブサック元帥、どういうことですか?」

「………………でかい牛がいる」

「どこです?!」


 ブサックは無言で、荷馬車が駐車している敵陣の一角を指し示した。


「でかくて旨そうな牛だな」

「……我慢じゃ」


 オルレアンの町の人口は1万5000人だったが、郊外の避難民を合わせると3万人まで膨らんだ。その上、私が派遣したフランス軍と臣下の騎士団たち、オルレアンが独自にかき集めた傭兵団や有志の十字軍までいる。

 敵軍に包囲され、出入りを閉ざした「陸の孤島」で、これほど多くの人々を養いながら戦うのは至難の業だ。

 オルレアンには二年間籠城できる備蓄があったが、すでに非武装の人間だけで二倍もいる。一年保たないのは明らかだった。


「イングランド軍の兵站を略奪したらダメかなぁ」

「……陛下は略奪を禁じておられる」


 デュノワは、モン・サン=ミシェルの戦いで籠城戦を経験している。

 食料調達がどれほど重要であるかを、身に染みて理解しているから、「戦闘に打って出る前夜」を除き、籠城中の食事を減らすと決めていた。


「牛を略奪したら……、王は怒るかなぁ……」


 じゅるりと舌なめずりしながら、デュノワは重そうな荷車を引くたくましい雄牛をじっと見つめる。行動力のある若き総司令官殿にとって、我慢を強いられる籠城と食事制限は非常につらい作戦だった。





 10月12日、火曜日。オルレアンに砲弾の雨が降った。


 イングランド軍は、町へ渡る大きな橋が見える丘陵地帯に陣を敷いた。

 お得意のロングボウからの射撃ではなく、荷車に搭載した大砲を打ち込んできたのだ。城壁を飛び越えて、家々に石の砲弾が降り注いだ。


 開戦初日の犠牲者は、女性一人。


 一人の少女によって救われるオルレアン包囲戦は、女性の死によって開戦の火蓋が切られた。


 その週のうちに、イングランド軍の砲撃で川沿いに設置された水車12基が次々と破壊された。

 しかし、デュノワもオルレアンの人々も動揺するどころか全然余裕で、小麦粉が不足しないように「馬力で稼働する臨時の製粉所」をまたたく間に11カ所も建設した。さすがである。


「はっはっは! きょうも元気だ、パンがうまい!」


 飢えるかもしれない……という不安と危機感は、人々の戦意を削いでしまう。

 デュノワは食料供給に細心の注意を払っていた。






(※)ちなみに、デュノワが従軍したことのあるモン・サン=ミシェルには、人力で稼働する歯車動力機があっていろいろ活用してたらしい。


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