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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第一章〈逆臣だらけの宮廷〉編

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1.4 フランス王22歳、大元帥31歳(1)改訂版

 アルテュール・ド・リッシュモン伯はなぜ私に臣従したのだろう。

 出奔した理由は聞いているが、どうせ建前だろう。公的にしろ個人的にしろ、親交を深めることが目的なら愛想がなさすぎる。神出鬼没で私のことをかぎ回っているようだが、隠密行動するには存在感がありすぎる。


「お呼びでしょうか」


 下心ありきで媚びる(やから)は好きではないが、硬質な鉄面皮の下で一体何を考えているやら。


「いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」

「では、悪い知らせからうかがいましょう」

「ブシコー元帥を知っているか?」


 アジャンクールの戦いでフランス王国軍の司令官だったが、イングランド軍に捕らわれて虜囚となり、長らくロンドン塔に幽閉されていた。


「先日、亡くなったそうだ」


 面識はないが、古式ゆかしい騎士道精神を体現した人物だったと聞く。

 若い頃は、十字軍帰りの騎士崩れの集団にたったひとりで挑んでみたり、自身が編み出した鍛錬法をまとめて騎士志望者向けのトレーニング教本を書き残したりしている。

 ロンドン塔幽閉中は、身内から定期的に送られてくる身代金に手をつけず、困窮する部下の生活費や身代金の足しに充てていた。


「若い同胞を早く帰国させたい。それが、ブシコーの口癖だったそうだ」


 そうして、ブシコー自身は二度と故郷へ帰れなかった。

 アジャンクールから十年も経つと言うのに、痛ましい話である。


「貴公もアジャンクールとロンドン塔からの帰国組だったな」

「面識はわずかでしたが、若い頃に元帥閣下の教本をよく読みました」

「私も幼なじみから借りて読んだことがある。実践的な良書だった」

「体の鍛錬だけでなく、精神的にも最期まで立派な方でした」


 つい、感傷的になってしまうが、故人を偲んでいる余裕はなかった。

 悪い知らせはそれだけではないのだ。ヴェルヌイユで指揮官だったバカン伯が戦死し、ジルベール・ド・ラファイエット元帥はイングランドに捕らわれた。


「バカン伯は大元帥だった。大元帥(コネタブル)元帥(マレシャル)もみんないなくなってしまった……」


 元帥とは、王国軍最高位の役職だ。

 さらに上の大元帥は、元帥をも統率する絶大な権限を有する。平時なら王族関係者がつく名誉職だが、息子のルイはまだ一歳で、いとこのオルレアン公はロンドン塔に幽閉中だった。


「貴公を新たな大元帥に、と考えている」


 王国軍を統率する者がごっそりいなくなり、軍事の立て直しが急務だった。

 しかし、王族に匹敵する人材は限られる。リッシュモンはブルターニュ公の弟で、ブルターニュ公の妻は私の姉だから、血の繋がっていない外戚みたいなものだ。


「これを受け取ってほしい」


 青地のベルベットに金百合を散らした元帥杖と大元帥の剣を差し出した。

 前者は「杖」と呼ばれているが、読者諸氏の時代で例えるなら、楽団の指揮者が振るう指揮棒くらいの大きさだ。(ステッキ)より(ロッド)に近い。


 元帥杖を持つ者は、フランス王の名代として王国軍を指揮する権限を得る。

 さらに大元帥となれば、国王に次ぐ最高司令官であり、伝統的な式典では王剣ジョワユーズを掲げて王を先導する栄誉を授かる。戦時でも平時でも欠かせない重役だ。


「陛下のご意志による任命ですか?」

「そうだが」

「言い方を変えましょう。アンジュー公妃から何か言われましたか?」


 図星をつかれて気まずい。大元帥への推挙もその理由も、確かに、アンジュー公妃こと義母ヨランド・ダラゴンの入れ知恵だ。ブルターニュ公をフランス陣営につなぎ止めるために、リッシュモンとの関係を強化する必要がある。ヴェルヌイユで敗北した今、切実な問題だ。


「義母からの進言があったのは事実だが、私も貴公が適任だと思っている」


 義弟シャルル・ダンジューが継承するはずだったメーヌ領を取り戻せなかったため、このときの私はアンジュー家に対して引け目があった。義母が進言する「リッシュモンの大元帥就任」を取り入れることで、ヴェルヌイユ敗北という失態を挽回したかった。


 もしここでリッシュモンに断られたら、戦争遂行能力ばかりか交渉能力まで疑われて、義母から見放されるかもしれない。


 私はなりふり構わず、玉座を離れてリッシュモンに近づいた。

 臣従礼の儀式を再現するように相手の手を取り、本心では絶対に逃すものかと決意して、その手を自分に引き寄せた。


「私の大元帥になってくれないか?」


 誓いのキスでも何でもくれてやるつもりだった。


「私の一存では決められません。兄から許しを得なければなりません」

「ブルターニュ公か。兄君の妻は私の姉だ。つまり、フランスとブルターニュは運命を共にしている」

「ええ……、私も同じ思いです」


 よし!と思ったのも束の間。


「万難を廃するために、ブルターニュへ帰郷することをお許しください」


 二つ返事で許可を出しかけて、悪い予感が頭をもたげた。

 歴代ブルターニュ公は、英仏の間で巧みに立場を入れ替えることで定評がある。弟の帰郷を理由に、ブルターニュ公はイングランドに寝返るかもしれない。


「旅は時間がかかる。使者を派遣するのはだめか?」

「フランス大元帥を拝命する重みは、使者を派遣して許しを得られるほど軽いものではありません」


 まじめすぎる。


「私であれ、他の誰かであれ、軍の高位統率者が長らく空位のままではよろしくありません。ただちに相談して参ります」


 まだ何も言ってないのに、リッシュモンは帰郷の許可を得たと先走り、きびきびした動作で一礼するとさっさと退出しようとした。


「待て!」


 完全に行ってしまう前に引き留めた。


「まだ話は終わってない。……ええと、私からも何か口添えした方がいいのでは?」


 もしも、ブルターニュ公が大元帥拝命を許さないばかりか、弟がフランスに戻ることを拒否したらどうする? そして兄弟そろってイングランド陣営へ……それだけはだめだ!


「名案です。一筆書いていただければ兄も喜ぶでしょう」

「私も貴公とともに参ろう!」


 とっさに考えたにしては上出来だと思う。

 私が直接出向いて説得すれば、ブルターニュ公とて無碍にはできまい。

 交渉が済んだらリッシュモン大元帥をフランスに連れ帰る。この男はある意味、ブルターニュの人質なのだから。


「陛下が私とともにブルターニュへ……?」

「うん、私からも兄君にご挨拶しよう」


 いつも温度を感じさせない鉄面皮が、かすかに動揺したのはなかなかの見ものだった。


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