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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第三章〈大元帥と大侍従〉編

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3.12 シャルル七世と異母妹(1)

 シャルティエとともに、クレルモン伯の手引きでブルボネーに入った。

 宮廷のあるポワティエと直轄領ベリー(ブールジュ)を抜けてから、王太子領ドーフィネまでの道中には、ブルボン公の領地ブルボネーがまたがっている。ちなみに、ブルボン公は、アジャンクールの戦い以来イングランドに囚われているため、嫡男のクレルモン伯が実質的に統治している。


「人は見かけによらないと言いますが」


 馬車を乗り換えながら、シャルティエが妙なことを言い出した。


「陛下は時としてずいぶん大胆なことをなさる」

「そんなことを言われたのは初めてだよ」

「敵襲が怖くないのですか」

「敵ぃ?」


 私たちは、ブルボネーとドーフィネの境界にあるリヨンに向かっていた。

 なお、北の境界でブルゴーニュとも繋がっている。


「イングランドはともかく、私はブルゴーニュを敵と思ってない」

「陛下がそうだとしても、ブルゴーニュ公はそうではないでしょう」

「さあ、どうだろうね」


 ブルゴーニュ公の本心はわからないが、ブルゴーニュ派の一部はいまだに私を「無怖公殺しの首謀者」だと信じている。道中でブルゴーニュ派に襲撃されたり、暗殺者がまぎれこんでいてもおかしくない。

 シャルティエはそのことを心配しているのだ。


「陛下は、尊い身分を弁えずに行動することが過去にも何度か……」

「シャルティエは辛辣だなぁ」

「クレルモン伯は先祖代々フランス王に仕える重臣でしょう。なぜ陛下を止めなかったんですか」

「神に誓って、もちろん止めました」


 シャルティエに責められ、クレルモン伯は心外だと言わんばかりに反論した。


「陛下みずから迎えに行くのではなく、《《妹君を宮廷へ連れてくるのが筋》》でしょうとご進言申し上げました!」


 王の隠密行動に付き合って護衛するのと、女性二人を護衛するのとでは、労力も意欲も全然違うだろう。

 二人の言い分はわからなくもない。


 シャルティエとクレルモン伯は、暗黙の抗議と言わんばかりにジト目でにらんでいるが、私は知らんぷりを決め込み、車窓から変わりゆく景色を眺めていた。

 アンジューをはじめ、フランス西部の城下町は青灰色の屋根瓦が立ち並ぶが、東部は一転して赤い屋根瓦の家が多い。


「製法はそれほど変わらないのに不思議だ。土壌の質が違うのかな」


 西海岸の土と、東の内陸部の土。焼き固めた瓦の色がこれだけ違うのだから、住んでいる住民の気質も違うかもしれない。人間は作物を食べて命をまかない、作物は土から栄養分を吸い上げて実る。すなわち、人間も土の影響を受けて青くなったり赤くなったりする……のか?


「まぁ、陛下の奇行のおかげで、妹君のご尊顔を拝見できるのですから、私は役得ですけど」


 私が知らんぷりしているのをいいことに「奇行」だの何だの言いたい放題だ。

 思い返せば、リッシュモンの妻からも「風変わり」だと言われた。王らしい振る舞いができないことを悩んだ時期もあったが、最近は図太くなったのか開き直っている。


(妹君のご尊顔か……)


 亡き父王シャルル六世と、侍女オデット・ド・シャンディベールの間に生まれた私生児マルグリットを覚えているだろうか。私は王家嫡流きょうだいの末っ子だが、マルグリットは異母妹にあたる。

 14歳で王太子になってから、母と無怖公がクーデターを起こしてパリ脱出するまでの一年間、オデットとマルグリット母娘とは少なからず交流があった。当時、二人がどう思っていたかはわからないが、慣れない宮廷生活と破綻した親子関係の中で、私の心を支え、癒してくれた人たちだ。


 クーデターのあと、オデットとマルグリットは、母イザボー・ド・バヴィエールの支配下に置かれたが、以前と変わらず、父王の世話をしていた。愛妾と庶子として正式に認知されなかったものの、事情を知る人はオデットのことを「小さな王妃さま」と呼んでいたらしい。

 父王は生前、オデットにこれまでのお礼として宝石や土地を与えたが、死後、母イザボーはそれらをすべて没収し、オデットとマルグリットは行方不明になった。


 最後に会ってから10年、消息不明になってから6年経つ。

 何ひとつ音沙汰がなかった。政治利用されることを恐れて、どこかに監禁されたか、ひそかに殺されたと言われていた。


「生きていればオデット様は38歳、マルグリット様は19歳くらいか」


 シャルティエはしみじみとうなずいた。


「シャルティエ殿は母娘を知っているのか?」

「いいえ」

「そうか。もしやと思ったのだが……」


 クレルモン伯は身を乗り出したが、シャルティエが首を横に振ったのを見て、失望をあらわにした。


「おや、クレルモン伯もご存知ない?」

「当時の私は、父の名代として宮廷入りしたばかりだ。王家の内情までわかるはずがない。ましてや、隔離された狂王の世話をする侍女の顔なんて……っと、失礼しました」


 クレルモン伯は失言を詫びた。


「……感動の再会に水を差すのは憚られますが、本物でしょうか」


 シャルティエがしばらく逡巡してから疑問を口にした。


「わからない。陛下の記憶だけが頼りだ」

「偽物だったらどうするんです。王家の財産を狙う悪漢はそこらじゅうにいますよ。いや、今回は男じゃないですけど」

「男だろうと女だろうと、リッシュモン大元帥が健在なら粛清するだろう。それに、金目当ての詐欺師ならいくらかましだ。私が心配しているのは……」


 クレルモン伯は言い淀んで、続きを口にするのを憚った。

 シャルティエもすぐに、クレルモン伯が何を言おうとしたか気付いたようだ。


「詐欺師ならまだしも、ブルゴーニュから送り込まれた刺客かもしれない」


 私は、車窓を眺めながらはっきり言葉にした。


「危険は承知している」


 私がみずから対面しないと証明できない。

 10年前の記憶をさかのぼるには、顔をよく見なければならない。

 しかし、正体不明の部外者に接近することは大きなリスクをともなう。


 重臣たちが「王の安全を最優先」するならば、オデットとマルグリットは存在しない方が都合がいい。

 本物か偽物か関係なく、対面する前に消される可能性があった。


(重臣たちが王のために殺人を犯したとしても、それは忠誠心ゆえの行いだ。誰も悪くないし、誰も責めたくない)


 私は一計を案じた。

 二人が本物ならば、保護するのが道理だろう。

 オデットは父の愛妾として、マルグリットは私の異母妹として正式に認知する。


(父王の時代に翻弄された母娘を、私は命惜しさに死なせるのか? 重臣がまた罪を犯すのを見逃すのか?)


 考えた末に、私が導き出した最善策は——


(自分から会いに行って、この目で確かめよう)


 世間ではとうに「シャルル七世は暗君だ」と定着している。

 王の《《突発的な奇行》》のせいでニセモノ母娘に暗殺されたとしても、すべて私の責任、自業自得だ。クレルモン伯をはじめ、誰かが責められる可能性は低いだろう。

 マリーには感謝している。長男ルイを産んでくれたおかげで、私が死んでも王位継承に問題はない。私は遠慮なくリスクをおかすことができるようになった。


 これが、私が無理を押してここまで出向いた理由だ。



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