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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第三章〈大元帥と大侍従〉編

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3.8 リッシュモンの妻(4)

 パルトネーは、アジャンクール以前に王家から若きリッシュモンに与えられた領地だった。

 アジャンクールの戦いの後、長らくロンドンに幽閉されていたため、実際にパルトネーを統治するようになったのは最近のことだ。イングランドの攻勢が休止している間、リッシュモンはシノン城から離れて自分の領地経営に専念していたというわけだ。


 要塞化された大きな宿場町で、北にブルターニュとアンジュー、東にポワティエがあり、西にはラ・ロシェルが、アンジューとポワティエの間にはシノン城がそびえている。

 私がどこにいても監視しやすく、すぐに駆けつけることができる距離だから、リッシュモンにとって都合が良い場所だった。


 無骨な城塞の奥深くに城主夫妻の寝室があった。


「どういう風の吹き回し? あなたの方から誘うなんて初めてじゃないかしら」


 役目を果たして解放されたマルグリット・ド・ブルゴーニュは、夫のもとへ帰った。


「話を聞かれたくない」

「あのグリュエルまで遠ざけるなんて、よっぽどね」


 副官のギヨーム・グリュエルは、二人が結婚した際にブルゴーニュ公が与えた忠臣で、戦時には盾持ちを、平時には書記をしている。

 筆まめで、上官リッシュモンの言動を事細かに書き残した人物だが、見張り役兼内通者だったかもしれない。


「陛下に会ったそうだな」

「ええ、大元帥閣下の狙いどおりにね」


 マルグリットは「妻を危険な目に合わせた甲斐があったわね」と皮肉を言ったが、リッシュモンは意に介さず、淡々と妻の報告を聞いていた。


「会ってみて、どう感じた?」

「なんて、いまいましい御方だろうと」

「ずいぶんな物言いだ」

「仕方ないじゃない。あの方はまるで生前の王太子殿下……、ギュイエンヌ公の生き写しだわ……」


 マルグリットの最初の夫であり、私の兄でもある王太子ルイ・ド・ギュイエンヌ公が急死してから十二年の月日が流れている。

 ギュイエンヌ公とマルグリット——、リッシュモンはこの王太子夫妻に仕えていた。

 当時の三人は二十歳前後だ。

 兄は若くして亡くなり、マルグリットは未亡人となり、リッシュモンはアジャンクールの戦いで捕らわれて虜囚の身となった。つまり、リッシュモンは元主君の未亡人と結婚したことになる。めまいがしそうな三角関係だ。


「夫の生き写しと対面して、心がかき乱されたか」

「勘違いしないで。変な気は起こしてないから」

「似ているが同じではない。別人だ」

「ええ、そうね。わたくしの夫には王族らしい威厳があったけど……」

「王の器量ではないと? 陛下に失望したか?」


 マルグリットはかすかに笑うと、「どうかしらね」とはぐらかした。


 私の視点から見ているとなかなか気づかないが、マルグリットにとって《《シャルル七世》》は亡き夫の弟であり、リッシュモンからすれば亡き主君の弟なのだ。私にはわからない特別な思い入れがあったのかもしれない。


「義姉上と呼ばれたわ」

「どう感じた?」

「こそばゆい感覚かしらね。心のひだに触れられたような、あの感じ」

「それで?」


 マルグリットは「まるで尋問ね」と呆れながら、義弟との初対面について嫌がることなくリッシュモンに報告した。


「陛下はわたくしの手を取って中庭までエスコートすると『王の義姉上だから丁重に遇するように』と言って、無礼で陰険な悪漢・悪女をけん制したわ。父の慰み者だった女に対等な口を聞かれたのも腹立たしいけど、それよりもジル・ド・レとかいうあの男はほとんど変質者ね。大丈夫なのかしら」


 腹に一物ある男を、なりゆきで召し抱えたことに疑問と不安を抱きながら、マルグリットは私を嫌っているわけではなさそうだ。


「悪く言えば気が弱くて悩みがち、良く言えば優しくて思いやりがある。夫である《《あなた》》を含めて、今生きている人間の中ではもっとも丁重にわたくしを扱ってくれたのではないかしら」


 リッシュモンは話を聞きながら「陛下が触れたのはこっちの手か?」と確認すると、妻の手を取り、同じところに唇を寄せた。


「あなたって人は……。隠す気がないの?」

「何をだ?」


 本心か建前かわからないが、リッシュモンは「陛下に対してやましいことは何もない」と断言し、尋問を続けた。


「ようするに、陛下を気に入ったのだな?」

「義姉として、元夫によく似た義弟の頼みごとは断れないもの」

「何か頼まれたのか?」

「知りたい?」


 当然のようにリッシュモンはうなずく。


「ひとつめは、弟との和解を仲介してほしいということ。ふたつめは、父の愛人だったあの女について。というわけで、一度、ブルゴーニュに里帰りするけどいいかしら?」


「許可しよう」

「元王太子妃……、いいえ、王の義姉にふさわしい護衛隊をつけてくれないと嫌よ」

「善処する」

「ちなみに、陛下から大元帥閣下への伝言は何もなかったわ」


 リッシュモンはそれ以上何も言わなかったが、マルグリットは鉄面皮な夫のわずかな変化に気づくとうすら笑いを浮かべて「萎えちゃったかしら?」とからかった。



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