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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第二章〈モン・サン=ミシェルの戦い〉編

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2.3 フランス大元帥とイングランド摂政

 若き大元帥(コネタブル)アルテュール・ド・リッシュモンは、故郷のブルターニュと隣り合うノルマンディー、そしてアンジューを含む三地域の境界線で戦っていた。

 フランス軍は大元帥が引率するにしては小規模で、物資も足りなかった。

 ブルターニュ公は、私ことシャルル七世が「追加の戦費を調達したら、すぐに兵と物資を送る」という話を疑い、弟にブルトン軍を貸し与えた。


 アンジュー北部メーヌで、イングランド軍が略奪しながら侵攻しているとの報を受けて、リッシュモンはフランスとブルターニュの混成軍を率いて駆けつけた。


「リッシュモン伯よ、久しぶりだな!」


 敵味方が入り乱れる戦場で、ふいに声をかけられた。

 互いにプレートアーマーで全身を固めている上、フェイスガードを下ろしているから顔が見えない。しかし、高位の王侯貴族はサーコートに紋章をあしらっているため、個人を見分けることは可能だ。


「いや、アーサー・オブ・リッチモンド伯と呼ぶべきかな」


 リッシュモンの名を、イングランド風の発音で呼ぶ人間は限られている。

 悪夢のアジャンクール戦で、リッシュモンは戦斧の一撃を頭に受けて倒れた。

 ブルターニュの白い旗は泥水に染まり、頭上では楽しそうな、否、リッシュモンからすれば侮辱を含んだ笑い声が聞こえた。


「久しぶりだな、我が弟よ」


 あの時、リッシュモンのイングランド名を呼んだヘンリー五世はすでに死んでいる。

 だが、血の繋がらない義兄はヘンリー五世だけではない。

 亡きヘンリーの遺志を継ぐもう一人の義兄の名は——


(ベッドフォード公……)


 亡きヘンリー五世の弟で、イングランドの幼君ヘンリー六世の叔父だ。

 現在は幼君の摂政を務め、イングランド占領下の北フランス——彼らの理屈では英仏二重王国——を統治している。リッシュモンとは、血の繋がらない家系図上の兄弟だ。


「大元帥閣下、いかがなさいますか」


 リッシュモンの副官で盾持ち役のグリュエルが、指示を乞うために声をかけた。

 グリュエルはもともとブルゴーニュ派だ。そして、この時点でのブルゴーニュ公はイングランドと同盟を結んでいる。

 リッシュモンは身振りで副官を制し、「控えているように」と指示を送った。

 慎重に間合いを取りながら、周囲の戦況とベッドフォード公の動向を観察した。

 イングランド軍が誇る長弓兵に動きは見られなかったが、油断はできない。


「はは、そんなに警戒するな。今日は戦いに来たのではない」


 ベッドフォード公は、親しみを込めて声をかけた。


「貴公を連れ戻しに来たのだ」


 馬鎧の脇に、戦斧がぶら下がっている。

 リッシュモンがアジャンクール戦で受けた一撃は、今も側頭部に傷跡が残っている。

 先だってのヴェルヌイユ戦では、あの戦斧で多数のスコットランド兵の首と四肢と胴体が切断された。

 私ことシャルル七世は生まれつき心が弱く、凄まじい流血沙汰にショックを受けた。

 一方のベッドフォード公は、宮廷では策謀家で、戦場では勇猛だった。敵に怒りをぶつけるように戦斧を振り回す。


「先王——亡き兄は、貴公を高く評価していた。兄弟仲良く、手を取り合って協力しようではないか」


 ベッドフォード公は策士らしく、リッシュモンの説得を試みた。

 もし、リッシュモンがイングランド陣営に戻れば、兄のブルターニュ公も後に続くだろう。


「先日の議会で、貴公を『反逆者』と断罪したがあれは建前だ。大元帥ともなれば、自称フランス王シャルルの機密情報を手に入れているだろう。それを教えてくれればいい」


 フランス大元帥の裏切りなど絶対にあってはならない。

 しかし、実現すれば、ヴェルヌイユ敗北に続いて「シャルル七世の求心力低下」を強力にアピールできる。


「兵法では『敵をだますには味方から』という。貴公がシャルルに近づいたのは、間諜(スパイ)として潜入するためだったのだ……」


 ベッドフォード公は、リッシュモンがイングランド陣営に復帰する「シナリオ」を説明した。

 リッシュモンは無言のまま、二人は付かず離れず、間合いをとりながらゆっくり旋回した。


「したがって、これまでの反逆行為は不問とする。機密情報の内容によっては相応の褒美を与えよう」


 リッシュモンが寝返った場合、イングランドが得られる利益はまだある。

 例えば、アンジュー公未亡人ヨランド・ダラゴンはリッシュモンを高く評価している。

 リッシュモンを通じてヨランドと交渉し、アンジュー地方の安定と引き換えに、アンジュー家全体をイングランド陣営に引き込むシナリオも考えられる。私ことシャルル七世は完全に孤立するだろう。


「なぁ、アーサー・オブ・リッチモンド伯よ。黙ってないで少しは反応してくれてもいいではないか。それとも、大元帥と呼べば機嫌を直してくれるか?」


 青地に金百合を散りばめた元帥杖は、武器ではない。

 しかし、元帥杖を授けられた者は、フランス王の名代として王国軍を指揮する権限を得る。


「生前、兄は『望みのものを与える』と言っていたのに貴公は何も言わなかった。まさか、聖職者並みに無欲なのかと不思議に思っていたが、なるほど、王国軍の指揮権が欲しかったのだな。くく、貴公は無欲なのではない。強欲すぎて、口に出すのも憚られる望みだったというわけか」


 イングランド摂政ベッドフォード公は「同じ身分を与えよう」と言葉巧みに誘った。

 さらに、シャルル七世の宮廷でリッシュモンが冷遇されていること、何よりシャルル七世自身がリッシュモンを毛嫌いしていることを指摘した。


「その証拠に、シャルルは大元帥にまともな軍隊も物資も与えなかったではないか。ブルターニュへ帰郷するというのに、だ! 私は騎士として大いに同情するぞ。これほどの恥辱を受けてまで忠誠を誓う理由がない。貴公が再びイングランドへ寝返るのは、シャルル自身が過ちを犯したせいだ!」


 ベッドフォード公は、亡き兄ヘンリーに忠誠を誓った高潔な策士だ。

 イングランド陣営の中でも賢明な人物だったが、ことにシャルル七世に言及するときは感情が昂るところがあった。


「後方からの物資を絶たれるようでは、貴公が目指す『略奪をしない』軍隊は作れない」

「……よくいう。略奪の限りを尽くすイングランドに与する気はない」

「嬉しいぞ、やっと喋ってくれたか」


 長らく沈黙していたリッシュモンは、「陛下は必ず約束を守る」と告げた。

 ベッドフォード公は、くくと嗤うと、「この堅物め。まあいい、好きなだけシャルルの支援を待つと良かろう。貴公の忍耐がいつまでもつか、私は高みの見物を決め込もう」と言って手綱を引いた。


「今日のところは、ここまでとしよう」


 リッシュモンは武器に手をかけようとしたが、ベッドフォード公は意に返さなかった。

 馬首を返しながら、「もっとも、貴公よりも先に部下の方が音を上げるだろうがな!」と言い残した。


「何を……」

「大元帥閣下!」


 この時、リッシュモンはベッドフォード公の背後から斬りつけることもできたかもしれないが、副官グリュエルが血相を変えて飛び出してきた。


「何事だ。控えていろと言ったはずだ」

「恐れながら申し上げます。味方陣営がもちそうにありません!」


 イングランド軍は得意の長弓兵を活用しなかったにも関わらず、リッシュモン率いるフランス・ブルターニュ混成軍は短時間の小競り合いで総崩れとなった。

 後方からの物資が届かない上に、リッシュモンは全軍に略奪を禁じていたため、戦いが始まる前から兵たちの士気は低かった。そして、多数の兵たちは空腹だった。


「至急、退却のご準備を!」


 末端の兵からすれば、規律ばかりが厳しくて、見返りのない戦いに参加する義理はない。

 少し前まで、戦場では敵味方が入り乱れていたが、フランス軍の兵士たちは初めから逃げ腰で、いまや完全に逃亡しようとしていた。


「まだ早い。戦線を維持せよ!」


 リッシュモンは元帥杖を掲げて引き留めようとした。

 しかし、時すでに遅く、副官グリュエルを除いて命令を聞く者はいなかった。

 もしかしたら、フランス大元帥とイングランド摂政の接近に気づいた者が、リッシュモンの裏切りを予測して、いち早く逃げ出したのかもしれない。

 見ようによっては、二人の対話は旧交を温めているようでもあった。


「待て、待つんだ!」

「閣下、もう無理です!」


 逃亡兵は止まらず、リッシュモンは単独で戦おうとしたが、逃げる部下の馬脚に蹴られて落馬し、あやうく討ち取られそうになった。

 忠実な副官で盾持ちのグリュエルがいなければ、戦死か捕虜になっていただろう。

 イングランド陣営に再び寝返るどころの話ではない。




***




 さて、家臣の黒歴史をさらして恥をかかせるのは本意ではない。

 私から少しフォローしておこう。


 読者諸氏の時代で、フランス大元帥アルテュール・ド・リッシュモン伯は、英仏百年戦争における三大名将の一人に数えられている。今回の戦いは、生涯二度目にして最後の敗戦記録である。

 物語の先は長い。起死回生の活躍を期待しよう。



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