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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第二章〈モン・サン=ミシェルの戦い〉編

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2.6 シャルル七世の秘策(3)奈落と銀貨

 かつて、祖父・賢明王シャルル五世に仕えた名将ゲクランは、戦地へ行く前にモン・サン=ミシェルに妻を預けた。敵の報復から守るためだ。

 ここは、大天使ミシェルのお告げで礼拝堂が建てられた聖地として知られる。

 大天使の加護を期待できる上に、ゲクランは軍人として「島の要塞」の防衛力を高く評価したのだろう。


 モン・サン=ミシェルが浮かぶサン・マロ湾は、イングランドが支配するノルマンディーとブルターニュの境界にある。


 何度も攻撃を受けたが、一度も陥落していない。

 人々は「神と天使の加護」のおかげだというが、王は神頼みしているだけでは務まらない。


 実際、危機は何度もあった。

 例えば、守備隊の幹部がひそかに裏切り、イングランド軍を島に引き入れようと企んだ。

 幸い、実行する前に発覚・阻止され、裏切り者は海に投げ捨てられた、

 1421年の戦火では、島にある施設の多くが崩落している。

 イングランド軍は、修復する前にとどめを刺そうと、1424年から1425年にかけて再び攻撃を仕掛けた。


 修道院長ルイ・デストートヴィルは一般人を島外に避難させると、出入りを厳しく制限した。

 小島に残ったのは、聖職者と常駐する守備隊119人のみ。

 対するイングランド軍は2万人の兵力を投入した。



***



 島の北面に、ラ・メルヴェイユと呼ばれる三階建ての居住区があった。

 モン・サン=ミシェルは、祭壇を安置する身廊も礼拝堂も破壊されていたため、聖職者たちは最上階にある回廊で祈祷し、歩きながら瞑想するようになった。

 回廊で囲まれた中庭は、明るい陽光が差すせいだろうか。神がいる場所と見なされた。


「オルレアンの人はいらっしゃいますか」


 ひときわ若い、12歳くらいの少年僧がいた。

 年長の聖職者が、口元に人差し指を立てて「静かにするように」と合図した。


「申し訳ございません」

「院長が、オルレアンの人を呼んでいるのかい?」

「はい……」


 一般人、中でも女性と子供は優先的に島外へ避難していたが、修道院長の弟ギヨーム・デストートヴィルは島に残った。おそらく、最年少だったはずだ。

 二人は回廊の端に移動すると小声で話した。


「オルレアンから来た人は「巡礼の修道士」を装っていたが、実は王にお仕えする騎士だそうだ」

「ええ、そのようですね」

「聖職者は修行のために祈祷と瞑想をするが、騎士の修行方法は私たちとは違う。そうだな、奈落(ル・グフ)へ行ってごらん」


 助言を受けて、ギヨームは奈落へ向かった。

 修道院の入り口「哨兵の門」につながる大階段は、門の内外を合わせて133段もある。

 崖のような急斜面で、外界へつながる唯一の道だったため「奈落」と呼ばれている。

 平時は巡礼者でにぎわっているが、出入りを制限しているため人気(ひとけ)はない。


(お疲れ様です)


 門を挟んだ二つの塔には、哨兵が常駐して目を光らせている。

 ギヨームは黙礼すると、足を滑らせないように慎重に下り始めた。

 しばらく進むと、がちゃがちゃと妙な音が聞こえてきた。


「あれは……」


 自称・オルレアンの私生児ことデュノワ伯ジャンが、急峻な「奈落」をものともしないで、ぐんぐん駆け上がってくるではないか。


「オルレアンの人! うわっ」


 驚きながら声をかけた拍子に、足を滑らせた。

 運が悪いと「奈落」の底までまっさかさまだが、尻餅をついて、数段落ちたところで、ジャンがギヨームを受け止めた。


「痛た……」

「大丈夫?」

「お尻が痛いけど、何とか」


 ジャンが手を差し伸べると、ギヨームはお尻をさすりながら立ち上がった。


「ありがとうございます。あやうく死ぬところでした」

「大袈裟だなぁ。ところで、俺に何か用?」


 ジャンは、ドジっ子な少年僧に幼なじみの面影を感じたらしい。


「兄があなたに話があるそうで、探しに来たのです」

「修道院長が俺に? 何だろう?」

「悪い話ではなさそうでした。それから、あなたはすごい人なんですね」

「すごい? 何が?」


 ジャンは、リッシュモンにもらった「ブシコー元帥直伝の鍛錬本」に倣い、プレートアーマーを着てトレーニングを続けている。

 このときは、アーマー着用で全身に負荷をかけながら長い大階段を駆け上がっていた。


「この階段は『奈落』と呼ばれています。長くて急斜面だから……。私は、半分も行かないうちに……はぁ、息が切れてしまいます……」

「大丈夫?」

「は、はい……はぁ、はぁ」

「先に行くから、無理しないで休んでていいよ。院長がいるのは西のテラス?」

「違います。騎士の間ですぅ……ぜぇぜぇ、はぁはぁ」


 居住区ラ・メルヴェイユの二階に「迎賓の間」と「騎士の間」がある。

 前者は王侯貴族が滞在するときの部屋で、後者は従者のための部屋だったが、戦争中は守備隊が会議をするために利用していた。

 修道院長は、廃墟寸前の教会がある「西のテラス」ではなく、聖職者たちが集まる「回廊」でもなく、無骨な「騎士の間」でジャンを待っていた。


「オルレアンの私生児、参りました」

「ふふ、そう自分を卑下しなくてもいいでしょうに」

「何のことです?」

「国王陛下に手紙を送ったのはあなたですね?」


 モン・サン=ミシェル修道院の院長の名を、ルイ・デストートヴィルという。

 修道院長と聞くと非力な老人を思い浮かべるかもしれないが、彼は1400年生まれで、せいぜい25歳くらいだった。


「極秘の返信が届きましたよ。私宛てとあなた宛てです」


 若き修道院長は、ジャンに未開封の手紙を差し出した。


「私宛ての方はすでに読みました。驚くべき内容です。あなたは陛下の幼なじみだそうじゃないですか!」


 デストートヴィル家はノルマンディー地方の貴族で、フランス王になる前のヴァロワ家とは遠縁だった。百年戦争が始まると、ノルマンディーの統治者でもあるイングランド王家に反発し、ヴァロワ王家に忠誠を誓った。

 戦いが激しくなると、一族は故郷を離れてアンジューやブルターニュへ逃れた。

 ルイ・デストートヴィルと弟のギヨームは、モン・サン=ミシェル修道院の聖職者になっていた。


「島の窮状を何度訴えても反応がなかったのに、陛下はあなたが送った手紙を受け取り、こうして便宜を図ってくださった。あなた様を『私生児』と蔑むのはふさわしくありません」


 ジャンはうんざりした様子で「そういうの、要らないですから」と言いながら、自分宛ての手紙を読み、「確かに、驚くべき内容だ」と付け足した。


 私は、モン・サン=ミシェルの窮状を救うために二つのことを命じた。

 ひとつは、ルイ・デストートヴィルに修道院長と守備隊隊長を兼任させた。

 彼はまだ若いが、聡明で慈悲深く、ヴァロワ王家への忠誠心も申し分ない。

 文武を束ねる責任者として適任だと考えた。


 もうひとつの命令は——


「ははぁ、考えましたね……」

「ええ、驚きました。陛下は知恵者であらせられる」


 ジャンが大鴉(レイブン)コルネイユに託した手紙には「修道院時代の経験が役に立った」と書いてあった。そこで、私も修道院時代のことを思い出し、名案をひらめいた。


「物資も金銭も届かないならば、必要なだけ作ればいい!」


 私は、モン・サン=ミシェル修道院に「貨幣鋳造」特権を与えた。

 読者諸氏には、この特権の真意がわかるだろうか。

 ようするに、修道院が大量に所有している銀食器を鋳つぶして、必要な戦費——つまり「銀貨」を簡単に自力調達できるように便宜を図ったのである。







(※)モン・サン=ミシェル修道院長の弟ギヨーム・デストートヴィルは、のちに枢機卿となり、ジャンヌ・ダルクの復権裁判(再審請求)を実現するためにローマ教皇庁と交渉する重要人物です。本作では、シャルル七世が王位を継がないで聖職者になったifルートの「シャルル」のイメージを重ねています。


(※)1421年にモン・サン=ミシェルの施設が崩壊して、15世紀半ばに修復・再建完了とのこと。作中では、1424〜1425年ごろの戦いを想定しているため、各施設の破壊・修復状況は作者の想像の産物です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 甲冑を着たまま階段を駆け上がるジャンのたくましくなった姿にワクワクしました。 少年期編の「ブシコー・ブートキャンプ」に出てきた鍛錬メニューをリッシュモン並みに真面目に取り組んでいたのかと思う…
[一言] カクヨムにも青年期編を移植しますか
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