11.6 皇帝ジギスムント(2)本音と建前
ハンガリー王位継承の打診は、あらためて丁重にお断りした。
宗教がらみの内乱で人心が離れ、荒れ放題となった領地をこちらに丸投げしようという魂胆だろうが、もちろん本心は隠す。
「皇帝陛下の親愛の証と受け止めました。この身に余る光栄です」
「シャルル王よ、余の息子になってくれ!」
耄碌してんのか!——と言いたくなるが、かろうじて抑える。
確か、ジギスムントは62歳。ヨーロッパ諸国の君主の中では最高齢だ。
「余はな、後を継ぐべき息子がいないのだよ……」
「皇女殿下がいらっしゃるではありませんか」
ジギスムントの一人娘エリーザベトはすでに結婚している。
ルネ・ダンジューが婿入りしたロレーヌ公のように、いずれは夫婦で共同統治するのだろう。
「ふん……。娘婿の実家はハプスブルク家といってな、あそこは帝国史上わずか4人しか皇帝を輩出していないのだ。頼りないにも程がある! ……そこでだ、内乱に慣れ親しんでいるフランス王に帝国の一角を支えてもらうのはどうかと! どうだ?」
やっぱり面倒ごとの押し付けじゃないか!
帝国の問題にフランス王が「ハンガリー王」を名乗ってしゃしゃり出たら、速攻でプラハの窓から投擲されるに決まっている。
顔に笑顔を貼り付けながら、絶対に断ろうと決意する。
「皇帝陛下もご存知のように、私は父に廃嫡されかけたふつつかなフランス王です。イングランドが占拠する領地を取り戻して、フランス統一を成し遂げるまでは国外の統治に目を向ける余裕がありません」
ジギスムントは盛大なため息をついた。
「フランス王は謙虚だな。口約束で王位をもらい受ける人間が大半だというのに」
「恐れ入ります」
「イングランド王とはだいぶ違うな」
にやにやしながら、こちらの様子をうかがっている。
ヘンリー五世と比較して、品定めしているのだろう。
「イングランド王とは面識がありませんので、自分ではわかりかねます」
「くっくっく、あいつらは公会議に来とらんしな」
「教皇聖下も不在と聞きました」
「会いたいか?」
私にとってはここからが本題だ。慎重に答えなければ。
「皇帝陛下と教皇聖下は、ヨーロッパ全土に並び立つ2本の柱です。どちらが欠けても諸国の平和は成り立ちません」
「若いの、耄碌した皇帝に小難しい話を聞かせるな。単純明快に話せ」
「失礼しました……」
ここから先は、取り繕うよりも単刀直入に要求を明かしたほうが良さそうだ。
「イングランド方で不当な異端審問がおこなわれています」
「シャルル王をランスの聖別式に導いた娘のことだな」
「私は恩人であるあの少女を救いたいのです」
「では、ここへ呼ぼう」
言っている意味がわからず、ぽかんと呆けてしまった。
「まさか、ジャンヌをバーゼルへ連れてくるのですか?」
「その通り。公会議には、ヨーロッパ中の高位聖職者が集まっているのだぞ。異端審問をするのにこれほどふさわしい舞台はないだろうが!」
ジギスムントは「ぐははは!」と豪快に笑いながら、控えていたピッコローミニにさっそく手紙を書く用意を命じた。
「ついでにイングランド政府の高官も引きずり出してやろうぞ!」
ジャンヌの異端審問と英仏百年戦争の調停。
この二大問題を同時に解決するという。
皇帝の気まぐれは要注意だが、好機を逃してはいけない。
「ありがとうございます!」
「どうだ、おもしろいことになってきただろう。それに、余もその少女に会って話をしてみたい。フランス王が聖別式を挙げたように、余もローマで聖別式をやりたいんじゃー!!」
ジギスムントは1410年に神聖ローマ帝国の皇帝に即位したが、当時は教会大分裂の真っ最中だった。その後はフス戦争の長期化により、歴代皇帝の聖別式を挙行するローマに遠征することが叶わないまま、即位から20年も経過していた。
困難を極めていたフランス王の聖別式成功にあやかりたい——というのが、ジギスムントの本心らしかった。





