11.4 シャルティエの遺言(2)国王への失望
のちにローマ教皇となるピッコローミニは、私より2歳年下の外交官だ。
20代半ばでフランス王の饗応役に抜擢とは、皇帝からかなり信頼されているのだろう。「大国の君主に仕える外交官」という立場から、シャルティエの遺作はとりわけ共感するところが多かったようだ。
なお、「国王に失望、王国の惨状に絶望」のくだりでは、
「シャルティエ様は大胆ですね……」
と苦笑するにとどめた。
神聖ローマ帝国の内乱「フス戦争」の発端となったヤン・フスは、教会組織の腐敗を批判したために異端宣告され火刑に処された。意見を聞きたいと呼びつけて捕縛したのは、ピッコローミニが仕えている皇帝ジギスムントだった。
教皇も皇帝も、臣下の「意見」は絶対に許さない。
その一方で、私は「教訓になるから」と言って、亡き家臣の遺作を熱心に読み耽っていたから、ピッコローミニの目には相当な変わり者に映ったようで、しだいに興味を持たれるようになった。
直接的な臣従関係ではないのに、晩年の『回想録』にシャルル七世が登場するのはこの時の交流が印象に残っていたからだろう。
バーゼル公会議に出席する私の付き添いには、義弟のメーヌ伯シャルル・ダンジューをはじめ、若い側近を中心に選んで連れて行った。
モン・サン=ミシェルの修道院長から預かった弟のギヨーム・デストートヴィルもそのひとりだ。ピッコローミニの近くで写本制作の手伝いをしてもらっている。
外国の有力家臣と交流するのは、将来有望な若い家臣にとって特に学びが大きい。また、外国の要人を接待するのは建前で、スパイ活動を兼ねていることもある。穏やかに談笑しているように見えて、実は、舌鋒鋭く戦ったり、駆け引きや牽制している場合もよくある。
写本制作の手伝いというのも、ピッコローミニにスパイ活動をさせないための見張り役を兼ねている。
これはずいぶん先の話になるので本作で書けるかわからないが、ピッコローミニがローマ教皇ピウス二世に選出されたとき、枢機卿に上り詰めたギヨーム・デストートヴィルが決戦投票の対抗相手だったのは、なんとも奇遇な運命だ。
主要な側近は、フランス国内にとどまってもらった。
イングランドやブルゴーニュがいつまた戦闘行為を再開するかも知れず、また、ジャンヌの異端審問の動向を抑えておく必要がある。異端審問をやっているルーアンと、公会議をやっているバーゼルはフランスを横断するほど距離が離れているのだ。
異端審問を差し止めするために、私はバーゼル公会議に出席して工作中だが、同時に、フランス国内ではラ・イルがルーアンを目指してノルマンディーを進軍している。後発部隊としてデュノワが率いるオルレアン軍も準備中だ。
ようするに、国内では武力行使を、国外では外国勢力を利用した工作を同時に進めている。
私が思うに、シャルティエの遺作に書かれていた「気さくで誠実な自然」とはジャンヌ・ラ・ピュセルを指しているのではないかと思う。山育ちのあの少女にぴったりのあだ名だ。
詩人が死にたくなるほど私に失望していたとしても、くじけている暇はない。
シャルティエいわく、《《自然が生み出した希望をふさいでいる》》「《《忘却の石》》」を取り除くために、私は最善を尽くす。
もし、ジャンヌを無事に救出することができたなら、シャルティエの未完の遺作『希望の書』は、タイトルの通りにハッピーエンドを迎えられる気がするからだ。





