11.3 シャルティエの遺言(1)希望の書
詩人アラン・シャルティエの遺作は『希望の書』または『亡命の書』と呼ばれている。自由に書かれた散文と、彼が得意とする韻文詩を組み合わせたエッセイのようなものだ。
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私の怠惰な亡命生活10年目に
多くの嘆きと多くの死の危険を乗り越えて
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冒頭はこのように始まる。
シャルティエがいう「亡命10年目」とは、無怖公のクーデターでパリを脱出した王太子を追いかけてきたときのことを指している。半ば無理やり臣従を迫られたあの日を懐かしく思い出す。
華々しい活躍が目立つ武官と違って、文官の仕事は地味だが、シャルティエの明るい性格と優れた文才にはずいぶん助けられた。
『希望の書』は死去する前年の1429年に書き始めて、未完成のまま残された。
私は幼い頃から読書が好きで、それは今も変わらない。
しかも、側近の遺作となれば、率先して読むに決まっている。
それなりに長く、教訓に満ちていて、さらに《《国王評》》が出てくるとなれば、読みかけで旅立つことはできなくて、バーゼル行きの荷物に入れて持ちこんでいた。
読者諸氏にも、簡単に紹介しよう。
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孤独な亡命者である詩人は、病床で《《毛むくじゃらの異形の者》》を幻視する。
ベッドのあしもとに「不信」「憤慨」「絶望」という名の3びきの魔物が現れて、詩人は恐怖に震えながらこれまでの人生を回想し、国王への失望とこの国の悲惨な惨状を打ち明ける。
毛むくじゃらの異形の者は、絶望する詩人に共感して自殺をすすめる。
しかし、詩人の枕元に《《気さくで誠実な自然》》が出現して、小さな窓から「信頼」「希望」「慈愛」を招こうとする。窓は「忘却の石」で塞がれているが、詩人は《《自然》》と対話し、その言葉を信じて、大変な努力でその窓をこじ開けようとしている——。
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非常に興味深い「寓話物語」だ。
その一方で、側近が語る「国王への失望」のくだりは、私の心を容赦なく刺した。国王としての不甲斐なさを恥じ、時には反論したくなり、そのたびにシャルティエがもういないことを思い出してずいぶん落ち込んだが、それ以上に、あのいつも明るい詩人が内心で自殺を考えていたことに大きなショックを受けた。
ピッコローミニに「シャルティエの遺作が見たい」といわれたとき、私は部外者に見せることをためらった。
「シャルロット……、いや、メーヌ伯。あの本をここへ」
しかし、すぐに思い直して持ってこさせた。
なお、メーヌ伯とはアンジュー家の末弟シャルル・ダンジューのことで、最近宮廷入りしたばかりの若い侍従だ。子供の頃の癖でつい「小さいシャルル」を意味するあだ名で呼んでしまい、たびたびジト目で睨まれて言い直している。
「陛下、ご所望の本をお持ちしました」
「ありがとう」
「おお、これがシャルティエ様の遺作ですか……!」
「ははは、そんなに好きとはね」
「あの、触れてもよろしいでしょうか?」
うなずくと、ハンカチを手に大事そうに表紙に触れた。
たぶん私がいなければ、遠慮なくがばっと開いているだろう。
「読みたい?」
「そ、それはもう……!」
「いいよ。ただ、私も今読んでいるところだから貴公にあげることはできない」
ピッコローミニは、フランス王一行に付き従って饗応する役目を担っている。
そこで、私たちがバーゼルに滞在している間、仕事の合間に写本を作ってはどうかとすすめた。とはいえ、他国の家臣をこちらの好き勝手にこき使うことはできない。
「もちろん、ジギスムント陛下の許しがあればだが……」
「皇帝陛下もシャルティエ様のことを気に入っておりましたから問題ないと思いますが、ただちに聞いてまいります」
皇帝ジギスムントの私への心象が良くなったのは、やはりシャルティエのおかげのようだ。
シャルティエの本心「国王に失望していた」を他人に見せるのは、国王としての不適格さを晒すも同然だ。しかし、ヨーロッパ中で知られる著名な詩人の遺作を熱烈なファンの注目から隠し通すのは無理だ。
側近の不平不満を隠そうとしたことが、後になってばれるより、堂々と見せてしまった方がいくらかマシだろう。





