2.2 悩み多きフランス王(2)
モン・サン=ミシェルとブルターニュで英仏軍が戦っている頃、私はフランス南部のラングドック地域で三部会を招集していた。
三部会とは、聖職者と貴族と平民——それぞれを第一・第二・第三身分という——の代表者を一堂に集めて、王国の諸問題について話し合う身分制議会のことだ。
読者諸氏の時代で例えると、「宮廷顧問会議」が「内閣」で、「三部会」が「国会」だろうか。
長きにわたるフランス王国史によると、宮廷顧問会議で国家運営の方針をすべて決めてしまい、生涯一度も三部会をやらない国王も結構多い。
私ことシャルル七世は十九歳で即位して以来、毎年三部会を召集していた。
歴代フランス王の中では珍しいタイプだ。
さまざまな身分の人たちから話を聞く王だった——といえば好印象だが、王の権力が弱いから民衆に頼っていたとも言える。
「ふう……」
「お疲れ様です。今回のスピーチも素晴らしい出来栄えでした」
控室の長椅子でだらりと寝そべっていると、詩人で書記官のアラン・シャルティエがなめらかな口調で社交辞令を述べてきた。
「陛下の弁舌は、輝ける宝玉の如し!」
「そういうのは要らない」
「本心ですのに」
「どうだか」
私はぷいっとそっぽを向いた。
イングランド勢力は、敵対する私を誹謗中傷して悪評を広めている。
王太子だった十代の頃はいちいち傷ついていたが、もう慣れた。
くだらない中傷に傷つかなくなった代わりに、称賛されても素直に受け取れなくなった。
「私以外の聴衆も絶賛していましたよ。シャルル七世陛下のスピーチはカリスマ的にうまい、柔和な声でありながら不思議と説得力があると」
「私は喋っただけだ。こんなの誰でもできる」
「陛下は謙虚すぎます」
用意された文書を読み、そのまま喋るだけだ。特別な才能はいらない。
しかしながら、戦場や馬上槍試合で小突き合うより、宮廷会議や三部会の議場で話し合うほうが、私の性分に合っているのは確かだ。
「そんなに皆が褒めるなら、演説文の出来が良かったんだろう」
「それもありますね」
「よく言う」
私が発行する文書は、シャルティエが添削するおかげで優れた名文が多かった。
シャルティエは高名な詩人でありながら道化のような性格だったが、詩才を存分に発揮して、民衆に訴えかける演説文から格調高い外交文書までよく働いてくれた。
「私じゃなくてシャルティエの手柄だ。褒めてつかわす」
「はっ、ありがたき幸せ」
「頼りにしている。本心だよこれは」
都落ちした私を追いかけてきて、臣下の座に収まったこの詩人。
あの時、半信半疑ながらも臣従契約を受け入れて良かったと思う。
三部会の議題は時代ごとに変わるが、必ず税金につながっている。
王は「国家運営に税金がいくら必要か、予算配分と名目について」を各身分の代表者たちの前で演説して、協力を仰ぐ。三部会の代表者は、第三身分といえど地方出身の資産家だから、個人的に会談して権益と引き換えに融資を頼むこともある。
このページの前半で、三部会は国会だと述べたが、どことなく「株主総会」にも似ている。
「何にせよ、これでリッシュモンに顔向けができる」
この日、私はラングドック三部会で100万リーブルの戦費調達に成功した。
リッシュモンは軍を率いてブルターニュへ帰郷したが、裏切る気配はまったくない。ならば、急いで追加の兵力と物資を送ってやらなければ。
「大元帥閣下がいたら、威圧感たっぷりに『だらしがない』と叱られますよ」
「はは、言えてる」
長椅子でだらしなく寝そべって、ふざけた詩人と雑談に興じる私の姿を見られたら、きまじめな大元帥はこめかみに青筋を浮かべて怒るだろう。おお、こわい。
リッシュモンは、夜もベッドでまともに就寝しない。書斎または馬上ですわったまま仮眠を取っていると噂されていた。真相はわからないが、いかにもあり得そうな話だ。
「ですが、陛下のスピーチの件は、大元帥閣下も称賛なさるでしょう」
「さあ、どうだかな」
雑談している間に、新たな侍従長ラ・トレモイユが書斎に筆記具と王印を運び、軽い夜食を用意してくれた。
「さて、もうひと頑張りですよ」
「やれやれ」
私は「うーん」と伸びをすると、勢いをつけて長椅子から起き上がった。
すかさずシャルティエが「腰を痛めますよ」と忠告してくれたが、あいにく私はまだ腰痛に悩む年齢ではない。
「夜中まで付き合わせてすまないな」
「滅相もございません。私の本命は陛下ただお一人なのですから」
「そういうのは要らないってば」
「本心ですのに」
前戦はつねに追い詰められている。
「兵は拙速を尊ぶ」というが、後方支援も同じだ。
兵站輸送の遅れが戦いの明暗を分ける。
だから、私は休息もそこそこに、各方面に指示を伝える公文書や密書を書かなければならない。
夜通しで文書をしたためて、夜明けと同時に使者を送り出す。
三部会では、王としての威厳を保ちながらすべての身分の代表者たちに気を配る。
私の振る舞いを見て「王は寵臣と遊んでばかり」と陰口をいう者もいるが、実際は胃痛でほとんど食べられないのに盛大な晩餐会を開いて臣下をもてなし、裏では金策に頭を悩ませているのだ。
心身ともに疲れていたが、それでも首尾よく物事が進むのは気分が良かった。
(※)以前、「シャルル七世は演説がカリスマ的に上手かった」という史料を見かけて、小説のどこかで取り入れたいと考えていました。おかげで今回はあまり話が進みませんでしたが、次回は戦闘パートです。





