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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第十章〈聖女の受難〉編

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10.8 コンピエーニュ包囲戦(1)

 うかつだった。王侯貴族にしては優しい——半面、ちょろいとも——と言われている私が、珍しく「肌寒いから着替える」と駄々をこねて服を持って来させた上に、侍従が戻ってきたら床でヘタレていたものだから、大騒ぎになってしまった。


 急病か、毒を盛られたか?


 シャルル七世の死を願う勢力はごまんと存在し、実際に暗殺計画がこれまでに何度も発覚している。予定は全部キャンセルになり、私は寝室に放り込まれて監禁され、すぐに侍医が呼ばれた。


「熱はありませんが……、顔色が青白いですね」

「それは元々だ」

「食事の量が少なすぎます……」

「元々、少食なだけだ」


 私は健康をアピールしたが、侍医は呼ばれたのに何もしないわけにいかず、「毒殺の予兆が疑われる」と警告し、側近たちは騒然とした。


「念のため、瀉血(しゃけつ)をしましょう」

「遠慮する」

「しかし、王の健康は国の安泰にかかわる重大事です」


 腕をつかまれ、とっさに振り払おうとしたが、ラ・トレモイユに回り込まれて羽交い絞めにされた。その隙に袖を包むひもがほどかれた。


「陛下、どうかご辛抱を」

「あ、やめろ!」

「わがままはいけません」

「待て待て、待てってば!」


 瀉血とは、人体の血液を外部に排出させることで症状の改善を求める治療法の一つで、中世ヨーロッパではもっともポピュラーな治療法だが、読者諸氏の時代では医学的根拠がないことがわかっている。

 皮下に溜まった膿を排出するならともかく、発熱、頭痛、腹痛、下痢、せき、めまい……と具合が悪ければとりあえず瀉血する。そんな風潮だった。


「瀉血は必要ない。侍医は戻っていい」

「……まさか、陛下は私を疑っておいでなのですか?」


 王が侍医の診断を認めなかった場合、侍医は反逆者とみなされ投獄される。

 そのことを考えると、強く拒むことをためらってしまう。

 結局、私は瀉血に応じるほかなく、血を抜かれたせいで本当に具合が悪くなった。


 ラ・トレモイユは、「《《大侍従の務め》》」として国王の管理をこれまで以上に徹底すると誓い、それ以来、私は自由に動けなくなった。長らくリッシュモンとの接触を阻まれていたが、大元帥以外の人間との対面も厳しく制限された。


 ジャンヌと会えないまま、時が流れていく。


 パリ包囲戦の負傷は一ヶ月ほどで軽快したようで、10月下旬、サン・ピエール・ル・ムーティエという町を包囲して占領したとの報告が入った。ジャンヌの指揮権は剥奪されていたが、聖女の信者たちはジャンヌを焚き付けて戦いをやめなかった。


 12月、ラ・シャリテ・シュル・ロワールを攻撃したが、今度は敗北した。


 「ジャンヌがいれば絶対に勝てる」という熱狂は少し沈静化して、一部の人は「神の加護がなくなった」と手のひらを返し、その一方で、聖女の力を認めさせたい勢力は勝利を渇望してジャンヌを離そうとしなかった。


 このころ、ジャンヌの《《声》》は「使命は終わったのだから故郷に帰るように」とすすめていたらしいが、ジャンヌは信者とともに戦い続け、「あたしはもうすぐ敵に捕われて死ぬ」と不吉な予言を残した。


 だが、私はこの発言は予言ではないと思う。

 声に背いていることを自覚し、その報いが訪れる不安を感じていたのだろう。


 以前のように勝てなくなったのは事実だが、神の加護を失ったとは思わない。何度も戦っていれば、敵方も学習して「戦い方の癖」を見抜く。ビギナーズラックが通用しなくなった、それだけのことだ。


 もし、ジャンヌと対話する機会があったらそんな風に慰めたと思う。


 ここに残るのも、故郷に帰るのも君次第だ。

 戦うことをやめたからって、君の功績がなくなるわけじゃない。

 君と出会って、折れる寸前だった私の心は救われた。

 オルレアンの英雄、救国の聖女と呼ばれるようになった。


 使命を果たした後、本当の君はどうしたかったんだ?

 君の本心を、ジャンヌの本当の《《声》》を聞かせてくれないか。





 ランスの聖別式をきっかけに、祝いの使者を送ってきたブルゴーニュ公と和解の機運が訪れたが、パリ包囲戦を境にまた内乱が激しくなっていた。


 休戦協定を結んだコンピエーニュの町はブルゴーニュ公の支配地域だったが、あの日、モンテピヨワから駆けつけた私と直接対面したせいだろうか。休戦協定はわずか1日で無駄になったにもかかわらず、町の人々は私が戦争終結と和平を望んでいることに共感し、しかも私よりもはるかに諦めが悪かった。


 ブルゴーニュ公との対立が再燃しても、「フランス王シャルル七世」に臣従する意思を隠さなかった。


 そのせいで、イングランドとブルゴーニュに目をつけられた。

 シャルル七世を支持する町が拡大するのを防ぐため、また《《見せしめ》》の意味で、コンピエーニュを包囲する準備が進んでいることがわかり、私は危機を知らせる密書を送った。


「気持ちは嬉しいが、あなたがたの本来の主君はブルゴーニュ公だ。町の平和を望むなら主君に従うように」


 ようするに、私への臣従を撤回するようにすすめた。


 こちらに寝返った敵方勢力を追いやるなど正気の沙汰ではない。

 勝てばこちらが有利になり、負けたとしても敵方勢力の内紛なのでこちらに痛手はない。賢く立ち回るなら、勝手にやらせておけばいいのだが、不器用な私は放っておくことができなかった。


 私を支持したせいで、誰かが血を流し、命を奪われ、略奪と破壊がおこなわれるのを見過ごせない。戦いを避けられるならそうするべきだ。


 しばらくしてコンピエーニュの町から帰ってきた返書は、「イングランド・ブルゴーニュ連合軍と戦うので援軍を派遣してほしい」という内容だった。



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