10.7 ルネ・ダンジューの子供たち
ルネ・ダンジューの妻と子供たちが、緊迫するロレーヌ情勢を逃れて避難してきた。
老ロレーヌ公の死去にともない、一人娘のイザベルが女公に、ルネは共同統治者となったが、この取り決めを不満に思っていたロレーヌ家の親族をブルゴーニュ公が焚き付けた。ルネは敵に捕らわれ、残されたイザベルと子供たちが乗っている馬車が襲撃を受け、略奪の憂き目に遭いながらもなんとか紛争地帯を脱出してきた。
「あらあら、まあまあ! かわいい子供たちだこと!」
私とマリー・ダンジューはすぐに一家を受け入れた。
中でも、ヨランド・ダラゴンは孫たちとの対面を格別に喜んだ。
非常事態とは思えないような態度だが、彼女なりに心配させないためかもしれない。
「上からジャン、ヨランド、マルグリットね。初めまして、お祖母様ですよ」
兄と妹2人の三兄妹は、王家の子供たちと同じ組み合わせだ。
王太子ルイと、ジャン・ダンジューは遊び盛りの幼児で2歳しか違わない。立場上、同じ年頃で対等な相手とはなかなか出会えないので、いい巡り合わせだ。
双子の王女ラドゴンドとカトリーヌはまだ乳児で、ヨランドとマルグリット・ダンジューは年子だが似たようなものだった。
子供が3人から一挙に6人に増えた。
いずれも乳幼児ばかりで目が離せない。それぞれに子守りが必要だ。
宮廷の子守り部門は明らかに人手不足で、異母妹マルグリットと侍女のアニエス・ソレル、アランソン公の妻ジャンヌ・ドルレアンまで駆り出されて大騒ぎだ。
「子育てならわたくしに任せて!」
「お母様、そんなに無理をなさらなくても……」
「失敬ね。あなたたちのお父様、アンジュー公が亡くなってから一人で切り盛りしてきたんですからね。孫たち全員、立派な紳士淑女に育ててみせますとも」
しばらくの間、ヨランド・ダラゴンは6人の孫の養育に専念することになった。頼れる義母が、宮廷の政治の場からいなくなるのは少し心細かったが。
「大丈夫ですよ。陛下はとっくに独り立ちなさってますわ」
心を見透かされている。
昔ほど感情だだ漏れではないはずだが、この人には通じない。
「……そうですね」
「疑わないで。わたくしは本心からそう思っているのですからね」
ヨランドは、髪を覆うベールの先をひとつまみして、最年少の孫娘マルグリット・ダンジューの鼻先でくしゃくしゃと音を立ててあやしている。金糸の刺繍が気に入ったのか、マルグリットはふくふくした手を伸ばしてそれをつかもうとした。
「ふふふ。お嬢さん、これをかぶるのは少し早いわ」
美しい賢夫人にかかれば、一筋の白髪さえも凛とした威厳の象徴に見えてくるから不思議だ。集まった若い貴婦人たちは、憧れの眼差しでヨランドを見ている。
「さあ、陛下! 子供たちと女たちのことは、わたくしに任せてちょうだい。陛下は、陛下にしかできないことをやらねばなりませんよ」
わかっている。フランス王の王位継承権が男子に限られているのは、過酷な政争と残酷な戦争から逃げることができないからだ。
「あ、そうそう。言い忘れてたわ!」
子供たちが過ごす離宮から立ち去ろうとした時、ヨランドは人に聞かれないように小声で「ルネから密書が届いている」と耳打ちした。
私は一瞬だけ動揺したが、マリーやルネの妻子に悟られてはいけないと思い直し、平常心を保ちながら小さく折り畳まれた紙片を受け取った。
療養中のジャンヌの見舞いに行こうかと思っていたが、肌寒いから着替えたいと口実をつけて自室に戻り、さらに「服のコーディネートが気に入らない」などと、わがままを言って人払いした。
ポケットの中に気がかりが入っているのに、平常心で居続けるのは難しい。
夜、寝室でひとりになるまで待てなかったのだ。
「ルネ、無事なのか……?」
私に臣従したせいで……、あるいは、ブルゴーニュ公との休戦協定が守れなかったせいで、ルネにとばっちりが降りかかったのではないか?
ルネの捕縛を聞いて以来、申し訳なくて胸が張り裂けそうだった。
ルネ自身はもちろん、ヨランド、マリー、ルネの妻と子供たちに対しても同じ思いだ。ランスの聖別式で待っていると知らされた時に、「来たらだめだ」と拒否すべきだったのかもしれない。
破いてしまわないように慎重に、ひどくもどかしい気分で、折り畳まれた紙片をひらいた。目に飛び込んできたのは、たった一言のみ。
「潜入成功……?」
本気か強がりかわからない。だが、なんという悲壮感のなさ!
言葉の意味がじわじわと浸透して理解できたとき、目尻にたまっていた涙は泣き笑いに代わり、私は脱力して床にへたりこんだ。
(※)シャルル七世とルネ・ダンジューの子供について。
王太子ルイ(ルイ11世):幼稚園の年長くらい
ジャン・ダンジュー:幼稚園の年少くらい
ラドゴンドとカトリーヌ王女(双子):1歳
ヨランド・ダンジュー:1歳
マルグリット・ダンジュー(マーガレット・オブ・アンジュー):0歳
(※)ルネの捕縛は史実ではもう少しあとですが、このような理由で、この子たち(いとこ同士)はヨランド・ダラゴンの元で一緒に養育されます。





