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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第十章〈聖女の受難〉編

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10.6 パリ包囲戦(2)ルネ・ダンジューは見た

 ジャンヌ・ラ・ピュセルの言動はフランス軍の指揮を高めたが、イングランドの影響を受けていたパリ市民たちは、猛烈な剣幕で町に迫ってくる少女にビビり散らかしたあげく、「女のカタチをした生き物」などとブキミなあだ名で呼んでいた。


「あたしに触んないで!」


 矢傷を受けて、私が待機するサンドニの本陣に運ばれてきたときは興奮して泣き叫んでいた。汗とほこりにまみれ、ひいひいと泣き、うーうーとうなり、歯の根をガチガチと震わせ、手足を突っ張ったかと思えば、次の瞬間には振り払うようにじたばたと暴れた。


「やだやだやだやだ! うわあああああーん!!」


 ジャンヌ負傷の知らせを聞いて、オルレアン包囲戦以来の戦友たちが心配して集まってきたが取り付く島もない。


「ジャンヌ、しっかり!」

「聖女さま、気を確かに……!」

「これからどうしたらいいんだ……」

「みんな、落ち着けって」


 幹部から一兵卒まで取り乱していた。

 アランソン公はもちろん、デュノワも例外ではない。

 聖なる少女が負傷した。それはつまり、神の加護を失ったのではないかと。


 みんなの目には聖なる戦乙女に見えているのだろうが、私は違った。

 シノンで出会ったときの勇ましくも素朴な少女を思い出そうとした。

 少女をひとときも離さず、群がる兵たちをこれ以上見ていられなかった。


「全員が集まってどうする。各自の持ち場に戻るんだ」


 ジャンヌは教会が好きだが、今は戦死者と負傷兵でごった返しているため、人目につきにくい静かな民家を選んだ。侍医と何人かの修道女にジャンヌの手当てを命じると、私はまだ居残っている幹部たちに告げた。


「決めた。パリ包囲を中止する」


 ジャンヌの意志とは正反対の命令に、ざわめきが起こる。


「今、なんと……?」

「撤退だ。各隊に伝達するように」

「しかし、ジャンヌは怯まずに前進しろと叫んでましたよ!」


 アランソン公が唾を飛ばしながら抗議した。


「少し落ち着けってば」

「くっ……!」


 デュノワに静止されてアランソン公はそれ以上何も言わなかったが、デュノワも明らかに動揺している。

 この時、私は痛感した。日ごろ、勇気と強さを誇っている騎士たちが、個人の運命も王国の命運も何もかもひとりの少女にゆだねて依存しすぎていることに。


 ジャンヌの声はいつも前進をすすめる。

 その一方で、私の心の声は疑問を投げかける。

 「それは、本当にジャンヌの声なのか?」と。

 シノンで会談した時、ジャンヌは二つの使命があると打ち明けた。


 ひとつめは、オルレアンの解放。

 もう一つは、王太子シャルルをランスへ導いて聖別式をおこなう。


 ジャンヌの使命はすでに達成されている。

 パリ奪還はいつから、誰が言い出したのだろう。

 新たな使命が下されたのか。それは、本当にジャンヌの声なのか?

 誰が、何が、ジャンヌをあれほど駆り立てているのか?

 素朴なあの子を使命から解放してはいけないのか?


「ルネ、伝令を頼んでもいいか?」

「あ、はい」


 ルネ・ダンジューはフランス軍幹部の中で最年少だが、合流して日が浅いせいか比較的冷静だった。顔合わせが済んでいない者もいるだろうからと、案内役にクレルモン伯を同行させた。


 9月21日、ロワール川流域のジアンまで撤退すると、私はランス行軍からパリ包囲戦まで組織されていた軍隊の武装を解き、解散を宣言した。


 同時に、療養を名目にジャンヌ・ラ・ピュセルの指揮権を剥奪した。


 元々、パリ包囲戦は難しいと思っていた。

 軍資金も勝機もなく、ジャンヌの声だけが頼りだった。

 賭けに乗ったが、見込みがなければ撤退するつもりだった。

 王は臆病だと言われようが、取り返しのつかない致命傷を負う前に、引き際が肝心だ。傷が回復したらまたやり直せばいい。何度でも。


「シャルル兄様……、いえ、陛下」

「公の場じゃないから構わないよ。帰るのか?」


 婿入り先のロレーヌに戻る前に、ルネが気づいたことを教えてくれた。

 義父のロレーヌ公はブルゴーニュ派の幹部だったから、ルネは一時期、敵方イングランドに臣従していた。おかげで、こちらが知らない事情に詳しい。


「シャルル兄様の宮廷に行きたいけど、僕の立場が役に立つなら本望です」


 パリ包囲戦の直前、イングランド摂政ベッドフォード公はブルゴーニュ公をパリに呼び出し、パリ政府の摂政の座を譲ることを決めたらしい。


「悪いニュースですみません」

「いや、助かるよ」

「撤退命令を知らせるために城壁のまわりを巡っていたら、ちょっと見えちゃって……」


 ルネは小声で「ブルゴーニュ公フィリップがあそこにいました」と耳打ちした。ようするに、私たちはイングランドと戦うつもりだったのに、実際はフランス人同士で戦っていたことになる。


「ブルゴーニュと休戦する可能性はなくなったというわけか……」


 私は重いため息をついた。ジャンヌが言った通り、ブルゴーニュ公は初めから裏切るつもりだったのかもしれないが、休戦協定を締結した翌日にジャンヌとアランソン公が勝手に破ったのも事実だ。


 ブルゴーニュ公からすれば、無怖公が殺された時から変わっていない。

 家臣を止められない、だめな王だと思われただろう。


 休戦から和平につなげる可能性があったのに、イングランドにつく大義を与えてしまった。そのことが悔やまれる。


「僕がシャルル兄様に臣従して、ブルゴーニュ公がパリで敵対した以上、ロレーヌの動きが気になるのでちょっと様子を見てきます」


 解散したばかりのあぶれた兵を貸そうかと尋ねたが、ルネは「ロレーヌ公の親族を刺激したくないから」と丁重に断った。


「せっかく久しぶりに会えたのに、寂しくなる」

「でも、また会えますよね」

「もちろん。次は奥方と子供たちを連れてくるといい」


 心強い義弟ルネ・ダンジューと再会を約束して別れた。

 しかし、悪い予感は的中し、ルネがロレーヌに帰還してすぐに反乱が起きた。

 妻子の元でゆっくり休む暇もなく、ルネはロレーヌ軍を率いて鎮圧にあたったが敗北し、ブルゴーニュ公に囚われて虜囚の身となってしまった。



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