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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第十章〈聖女の受難〉編

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10.4 モンテピヨワの戦い(3)休戦と戦闘

 王の天幕の中で、私は腹を抱えてうずくまっていた。


「は、腹が痛い……」


 ベッドフォード公をからかう流行歌は、渓谷という土地柄もあって、おもしろいほど反響した。その上、ルネ・ダンジューが自前のリュートをじゃらんじゃらんかき鳴らして、馬上で弾き語りを始めたものだから、笑いを噛み殺していた私はついに堪えきれなくなった。これ以上、王の威厳を保つのは無理だと判断すると、天幕の中に引っ込み、玉座にもたれて笑い転げた。


「やばい、涙が出てきた」


 悪趣味な余興だが、こういうのは嫌いじゃない。

 少なくとも流血沙汰よりずっと楽しい。


「陛下」


 その時、天幕のひだの間で影が動いた。


「ベルトラン・ド・ボーヴォーか」

「ランス大司教のシャルトルが、ブルゴーニュ公と単独会見に成功しました」


 元はといえば、ボーヴォー家はアンジュー公に仕えている家柄だが、ヨランド・ダラゴンの心遣いで王太子時代からずっと私のために諜報員をしている。


「戴冠式で交わした休戦協定の期日が過ぎましたが、延長することに異論はないそうです」

「和平条約については何と?」

「無怖公暗殺のけじめをつけるまでフランス陣営に戻る気はないとのことです」


 休戦協定と中立。

 秘密裏に結んだ約束を延長し続けているばかりで、一向に進展しない。

 英仏両国に都合のいい顔を見せるところが先代とそっくりだ。


「コンピエーニュにいるのだろう?」

「よくご存知ですね」

「私をそこに連れて行ってくれ」

「何をおっしゃるかと思えば。今、戦闘中ですよ」

「ただの歌合戦だ。私がいなくても問題ない」


 夕方、私は少数の軍勢とともにモンテピヨワの高台から離れた。

 オワーズ川流域をたどり、二日後にはコンピエーニュの町についたがすでにブルゴーニュ公フィリップは立ち去った後だった。この町はブルゴーニュ公の支配下だったが、急に現れた国王軍に驚きながらも、素直に門を開いて歓迎してくれた。


「ランスでの聖別式、まことにおめでとうございます」

「うむ、大義である」

「わたくしどもは陛下の戴冠を心から支持しております。そのことをお忘れなきよう」


 好意の証に、まだ町に居残っているブルゴーニュ公の使節団をかき集めて、会見の場を設けてくれたおかげで、クリスマスまでの休戦協定を締結することができた。


 ランスの戴冠式の日に交わした休戦協定は15日間だった。

 コンピエーニュの休戦協定は4ヶ月だ。和平条約の道のりは遠いが、それでも少しずつ前向きに進んでいる——と思いたい。





 休戦協定を交わした翌日、8月26日。

 ほころびは、敵方ではなく味方から始まった。


 ジャンヌ・ラ・ピュセルとアランソン公が、モンテピヨワの対峙を戦闘に変えて勝利を収め、パリ郊外にある王家の霊廟サン・ドニに布陣。聖女に従う有志たちはセーヌ左岸を攻撃すべく、川に船を浮かべて板を敷き詰め、即席の拠点を築き始めたのだ。


 私はサン・ドニに急行した。


「休戦協定を結んだ翌日だぞ。いきなり約束を破るやつがあるか!」

「知りませんでした」


 本当か嘘かわからないが、私の面目は丸つぶれだ。

 ブルゴーニュ派の理屈だと、「シャルル七世は和平条約締結の場で無怖公をだまして暗殺した」ということになっている。一度失った信頼を取り戻すために、どれほどの時間と労力と譲歩をしてきたと思っているのか。ブルゴーニュ公フィリップはいまだに私と会おうとせず、言い訳も謝罪も聞いてくれない。


「私の面目はどうなる……」


 努力を無駄にされて、私は怒り心頭だ。

 それでも、できるだけ感情を抑えながら二人を諭した。


「パリ包囲戦の準備は始まっています。今さらやめれば、聖女の面目はどうなるんですか!」


 アランソン公の言葉に私は仰天した。

 この男は、王の面目よりもジャンヌの面目を優先していることを隠そうともしない。


「休戦協定なんて無駄です。誰も守りませんよ」

「率先して破った張本人が、呆れた言い草だな。騎士道の風上にも置けない」

「二人ともやめてください」


 ジャンヌが割って入ると、言葉を続けた。


「やさしい王様、あたしの声を聞いてください。シノンに行く時も、オルレアンに行く時も、ランスに行く時も、いつだって『前へ進め』と言いました。休戦はいりません。パリへ進みましょう!」


 いつもの、あのきらきらと輝く無垢な瞳で私を見上げて説得した。

 だが、なぜか今のジャンヌの瞳は、何も考えていない単純なまがいものに見えて、私はこれまでに感じたことのないおぞましさに身震いした。


「王様、どうしたんですか……?」


 ジャンヌが一歩踏み出したのが見えて、私は反射的に手を突き出した。

 拒絶の意思が伝わったのか、それ以上近づいては来なかった。この時のジャンヌがどんな顔をしていたかはわからない。私は内心の変化を悟られないようにジャンヌから目を逸らし、玉座に腰を沈めてうつむいた。


「少し気分が悪い」

「大変。あたしが神様に祈りを捧げればすぐに……」

「何もしなくていい。すまないが出て行ってくれないか」

「でも……」

「ひとりになりたいんだ」


 純朴な少女をおぞましいと感じたことがショックだった。

 ひどい自己嫌悪に苛まれたが、もはや自分でもどうしようもなかった。



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