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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第十章〈聖女の受難〉編

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10.3 モンテピヨワの戦い(2)対峙

 1429年8月14日、両軍がじわじわと接近し、斥候からイングランド軍の情報がもたらされた。


 戦力はおよそ一万。摂政ベッドフォード公が自ら率いているという。

 アジャンクールやヴェルヌイユよりも大規模な軍勢だ。ベッドフォード公がこの戦いにかける執念が伝わってくる。

 今は、森の端にある修道院に滞在中で、夜戦を仕掛けてくる気配はなかったが、好戦的なベッドフォード公がこちらの動向を見逃すはずもなく、開戦に備えて準備をしているに違いない。


 こちらも、対策を練るべく幹部を招集した。


「修道院のまわりは、川と沼と平野に囲まれています」


 斥候の報告をもとに簡易的な地図を作成し、デュノワが駒を配置する。

 テーブルゲームのようだが、実戦は脳内で完結する思考ゲームとはまるで違う。


「戦端を開くなら、ここだろうな」


 私は指揮棒で一点を指した。

 拠点を落とすことを目的とする包囲戦ならともかく、内陸で水辺を主戦場にすることは考えにくい。イングランド軍にとって「川」と「沼」は自然の防御陣にすぎず、そうなると「平野」に面したところしか考えられない。


「明朝、平野から突進を仕掛けましょう」

「朝靄にまぎれて先制攻撃すれば、短時間で勝敗は決まります」


 フランス軍は古来より重騎兵の突進攻撃を得意としている。

 障害物に阻まれる森の戦いより、平野の戦いのほうが好都合だと思われた。


「戦端を開くにはここしかない。そう見せかけて、今ごろベッドフォード公は馬防柵を立てているだろう」


 重騎兵の突進は、戦場の花といえる。

 騎士たちの憧れだが、過去の栄光に頼りすぎるのは危険だ。

 そもそも、この戦法はアジャンクールの時点で無効化されている。


「我が軍の突進力をこの一点に集中すれば、馬防柵などすぐに蹴散らしてみせます。修道院に立て篭もるベッドフォード公を引きずり出して、逃げ惑うイングランド兵を川に蹴落としてやりましょう」


 めずらしく王がじきじきに参戦しているせいか、みんな功を焦っている。


「明日は期待しているよ。だが、過去の栄光とともに、敗北と屈辱の記憶を思い出してほしい。クレシー、ポワチエ、アジャンクール、ヴェルヌイユ、ニシンの戦い……、君たち自身あるいは父や兄がどれかに参戦し、苦い経験を伝え聞いているはずだ」


 私は、王命が下されるまで先制攻撃を仕掛けないように厳命し、さらに修道院の正面——平野ではなく、渓谷のあるモンテピヨワに4つの軍団を布陣することを決めた。


 第一軍はアランソン公が引率し、第二軍はルネ・ダンジュー率いるロレーヌ軍、第三軍はブサックとジル・ド・レの元帥コンビ、第四陣はデュノワとジャンヌ・ラ・ピュセルを配置した。最前面では——


「俺様より先に攻撃するやつは許さねえ!」


 ラ・イルが目を光らせている。


「抜け駆けしてぇやつは、俺様を倒してから行け!」


 権威を重んじる者は王命を守るが、軍隊という性質上、単純な暴力でものごとを判断する者も多い。見た目の弱そうな国王をみくびって、命令を聞かずに独断で攻撃を仕掛ける可能性があるが、そういう者は、ラ・イルのような血の気の多い乱暴者に弱い。


 アランソン公は、通常なら王侯貴族の序列に従うが、最近はジャンヌにご執心で、王命よりも聖女の意向を重視する傾向が見られるため、あえて二人を引き離す配置にした。


 夜が明けると、高台からイングランド軍の陣容がよく見えた。

 予想した通り、平野に面したところは、するどい(スパイク)を前方に突き出した荷馬車で封鎖されている。もし、朝靄にまぎれて突進を仕掛けていたらフランス軍の騎士たちは軍馬もろともあの乱杭歯(らんぐいし)に突き刺さっていたことになる。


「危ないなぁ……」


 突撃を命じて、アレに刺さっていたかと思うとぞっとする。

 視線を奥に移すと、物騒な荷馬車のバリケードの後方には長弓兵が集まっているのが見える。フランス軍重騎兵の突進に備えつつ、強力なロングボウで休みなく矢を放ち、頭上から雨のように降らせる。イングランド軍おなじみの戦法だ。


「手の内の読み合いは引き分けですね」

「こちらから仕掛けない限りはそうだろうね」


 結局のところ、イングランドはヘンリー五世の時代から率先してフランスに戦いを挑んでくるが、いざフランス軍本隊が接近すると、いつも「待ち」の姿勢なのだ。


「フランス軍が動かなかった場合、ベッドフォード公はどう出るかな……」


 修道院に布陣しているベッドフォード公は、モンテピヨワの渓谷から見下ろしている私に気づいているだろうか。兄の仇だと憎み、「フランス王を自称するシャルル」と呼んで軽蔑している相手に、すぐ近くの高みから見下されているのはどんな心境だろう。


「次の一手はどうしますか」


 デュノワに催促される。

 高低差の優位性を利用してクロスボウを射かけるか、急峻な渓谷を駆け降りて白兵戦に持ち込むか、あるいは——。


「摂政殿と対峙する機会はめったにないからね。反応を見てみたい」

「そうはいっても、あそこから動きますかね?」

「そこで一計を考えてみたんだけどね」

「聞かせてください」

「攻撃ではなく口撃命令を下して、軽くつついてみよう」


 王命を受けると、炎天下で真っ白に輝くプレートアーマーを身にまとったフランス軍は、ベッドフォード公をテーマにした流行歌をみんなで合唱した。



「確かに、ベッドフォード公は賢明な方だ

 あったかい城塞の中で

 かわいい妻を抱きながら

 豪華な衣服を身につけながら

 うまい甘口ワインを飲みながら

 自分の身だけは守りながら

 負け戦に火を付ける」



 オルレアン包囲戦がピークだった当時、敵味方に関係なくフランス中で流行っていた歌だ。イングランド軍に属している兵でさえ、この皮肉たっぷりの歌詞に共感したといわれている。


「この挑発に乗ってベッドフォード公が攻撃を命じたとしても、歌を聴いたイングランド兵は戦意が削がれて積極的に戦う気にはなれないだろう。それでも平野から渓谷に上がってくるなら、クロスボウで射落とす」


 上に打ち上げて弓なりに飛ぶロングボウと違って、クロスボウは直線で飛ぶ。

 平野の戦いで不特定多数を狙うより、下から迫ってくる単騎を狙い撃ちするほうが得意なのだ。


 歌声は一日中、渓谷にこだました。低地の平野では、四方八方から歌の責め句を聞かされただろうに、ベッドフォード公は一向に動かず、モンテピヨワの戦いは「対峙」のみで終戦した。



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