勝利王の書斎20:いちごを持ち帰る
第九章から第十章へ——。
《《勝利王の書斎》》は、歴史小説の幕間にひらかれる。
こんにちは、あるいはこんばんは(Bonjour ou bonsoir.)。
私は、生と死の狭間にただようシャルル七世の「声」である。実体はない。
生前、ジャンヌ・ダルクを通じて「声」の出現を見ていたせいか、自分がこのような状況になっても驚きはない。たまには、こういうこともあるのだろう。
ただし、ジャンヌの「声」と違って、私は神でも天使でもない。
亡霊、すなわちオバケの類いだと思うが、聖水やお祓いは効かなかった。
作者は私と共存する道を選び、記録を兼ねて小説を書き始めた。この物語は、私の主観がメインとなるため、《《歴史小説のふりをした私小説》》と心得ていただきたい。
便宜上、私の居場所を「勝利王の書斎」と呼んでいる。
作者との約束で、章と章の狭間に開放することになっている。
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前作『7番目のシャルル』少年期編は全九章で完結している。
本作・青年期編も、第九章で戴冠式まで辿り着き、そろそろ話を締めくくる頃合いだが……、もう少しだけ続けよう。
恒例のフランスの慣用句シリーズ、現在進行中の物語に合うのはこれだろうか。
"Ramener sa fraise."
「自分のいちごを持ち帰る」
かわいらしい語感だが、その意味は「じゃまな人、来て欲しくない人がやって来る」である。
ある事柄・話題について、その人とは関係ない/意見を聞かれてないにもかかわらず、自分勝手に割り込んできて余計な口出しをする。そういううんざりする人に対する辛辣さが込められている。
フランスの王位継承にしろ、宮廷闘争や内乱にしろ、私の立場からすれば、イングランド摂政ベッドフォード公の存在はまさしく「自分のいちごを持ち帰る」にふさわしい。
こちらの果実に首を突っ込んで持ち帰ろうとする。
あるいは、こちらの果実によその果実(問題)を混ぜ込もうとする。
私ことシャルル七世がランスの大聖堂で伝統的な聖別式を挙行したこと、途中の町々がほとんど無抵抗でフランス軍を受け入れ、次々と城門を開けて通過させたこと——、あのベッドフォード公が黙っているはずもなく、ロンドンからの援軍が上陸すると、オルレアン包囲戦の残党と合わせてすぐに新生イングランド軍を再編した。「それは自分のいちごだ」と、前のめりで首を突っ込み、食い荒らそうとしている。
オルレアン包囲戦のリベンジも兼ねた、避けられない戦いがまもなく始まる。
私とベッドフォード公、初めての直接対決だな。
さて、時間が来たようだ。
これより青年期編・第十章〈聖女の受難〉編を始める。





