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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第九章〈二度目の戴冠式〉編

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9.18 義弟のおねだり(1)ルネ・ダンジューの臣従

 聖別式が終わったのは午後二時。

 大聖堂を出ると、ひときわ大きな歓声に包まれた。

 ファサードから馬車に向かって歩きながら、集まった群衆を見渡して目に焼き付ける。権力で強制された動員ではなく、本心から祝い、喜びを分かち合うために集まってくれたのだと感じて、嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。


(いない……)


 式典の前に通りかかった時は、見知った顔がいたと思ったのだが、今回は見つけられなかった。帰ったのか、それとも初めからいなかったのかもしれない。


(気のせい? あれは幻だったのか)


 以前、ジャンヌの押しの強さに抵抗するつもりで「リッシュモンが出席するなら、私は戴冠式を欠席する」と言った。

 彼のことだから、ブサックか護衛を通じて私の意向が伝わっているだろう。ランスのノートルダム大聖堂には大元帥の座が用意されていたが、リッシュモンは現れなかった。


(こうするのが一番いいとわかっているのに、なぜ私はリッシュモンの姿を探した? なぜ、ここに来ていると思ったんだ?)


 馬車に乗りこみ、人目がなくなると、私は自分の姿を見下ろした。

 法衣は銀糸でこまやかに刺繍されていて、光にかざした水晶のように輝いている。青紫のマントには王家の紋章である金百合フルール・ド・リスが散らばっており、長い引き裾のひだは回廊を歩くときは美しいが、今は少し持て余しぎみだ。


 重たい王冠を外してかたわらに置くと、一呼吸ついた。


 額と胸と鎖骨の中央、両肩と両肘に聖油を塗ったため、全身からかぐわしい香りが立ち込めている。手を伸ばしてそっと額に触れると滑らかな感触がある。

 指先についた聖油を鼻に近づけて嗅いでみたが、古い油の匂いではない。


(終わってみれば、あっけないものだな)


 聖油が香る手を見下ろす。

 着飾っているだけで、私自身は何も変化を感じていない。


(終わりじゃない。今から始まるんだ)


 聖別式を済ませたフランス王は、その手に「癒しの力」を授かると伝わっている。儀式の後、王が最初に行くところは病院と決まっている。神の恩寵を、苦しみのさなかにいる病人に分け与えるためだ。この手に本当に「癒しの力」が宿っているのか、はなはだ疑わしいが、王を信じる人々のために心尽くしの祈りを捧げよう。





 祝賀行事は一週間続いた。

 大司教の邸宅の庭園に「牡鹿をかたどった青銅製の噴水」があり、ワインが出ると聞きつけた市民が大挙して押し寄せた。ごちそうが振る舞われ、市民たちは貧富も身分も関係なく飽きるほど飲んだり食べたりして、声が枯れるほど万歳を叫んだ。


「ご無沙汰しています、シャルル兄様……あ、間違えた。陛下!」

「ふふ、昔みたいにシャルル兄様で構わないよ」

「そういうわけにいきません!」


 数年ぶりに、義弟のルネ・ダンジューと再会した。

 敵方ブルゴーニュ公の重鎮ロレーヌ公の娘婿になったため、ブルゴーニュ派と見なされていたが、聖別式の祝いに駆けつけると「フランス王に臣従したい」と申し入れてきた。


「本当にいいのか? 私に臣従したらルネの立場が悪くなるのでは……」


 懸念を伝えると、ルネは口を尖らせて「心外だなぁ」とむくれた。


「今年で20歳ですし、もうハナタレ小僧じゃありません。そろそろ大人扱いしてほしいですね。ちなみに、義父は隠居して愛妾と悠々自適に暮らしてます。領地の統治はぜーんぶ僕におまかせでね」


 大人扱いを望んでいるが、ぷくっとふくれた顔は昔から変わらない。

 ルネは11歳のときに、20歳のロレーヌ公令嬢と結婚した。一人娘だ。

 義理の父であるロレーヌ公は、ルネの養父でもある。


「僕はずっと前から、兄様が真のフランス王になる日を夢見てきましたし、こう見えてちょこちょこ裏工作なんかもやってるんですよ」

「裏工作って、いったい何してるんだ?」

「それは秘密です。裏工作なので」


 そりゃそうだ。秘密を明かしたら、裏で工作した意味がない。


「心配無用です。ロレーヌは、僕たち夫婦が共同統治する取り決めになってますし、今回、聖別式に出席して臣従する件は妻も了承済みです」


 王が、よその領主権に口出ししすぎることは侮辱に等しい。

 私にとってルネはかわいい弟分で、つい子供扱いしたくなるが、上背が伸びて今は私とそう変わらない。そろそろ認識を改める頃合いかもしれない。


 私はルネ・ダンジューの申し入れを受け入れることにした。

 司祭の立ち合いのもと、祭壇の前で互いに臣従の誓いを立て、キスで締めくくると、ルネは顔を赤らめながら


「これでやっと、僕も兄様とフランス王国のために役に立てますね……!」


 と、健気に涙ぐんだ。


「ブルゴーニュ公と直接交渉したいなら橋渡し役をやることもできますよ」

「頼もしいな」

「任せてください!」


 ロレーヌ公の人脈は確かに魅力的だが、実はブルゴーニュ公との交渉はひそやかに進められていて、ルネの力を当てにするまでもなかった。


 ランスに滞在している一週間、私は多くの使者と対面した。


 表向きの最大の成果は、ルネ・ダンジューとの臣従の誓いだが、《《裏向き》》の最大の成果は、あのブルゴーニュ公が「フランス王シャルル七世の戴冠を祝賀する」使者と親書を寄越したことだろう。

 リッシュモン大元帥とその妻で元王太子妃のマルグリットによる地道な調略が実を結んだおかげだが、ブルゴーニュ公の行為は同盟相手のイングランドに対する裏切りに等しい。


 このことが表沙汰になれば、イングランド摂政ベッドフォード公はどれほど怒り狂うことか。きっと、オルレアン包囲戦を上回る攻撃を仕掛けてくるに違いない。


 ルネが想定している裏工作よりも、明るい日の下でロレーヌ軍を率いて共闘する——。そっちの可能性が高そうだ。


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