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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第九章〈二度目の戴冠式〉編

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9.17 シャルル七世の聖別式(2)1429年7月17日

 父王シャルル六世が亡くなった直後、19歳のときにブールジュのサンテティエンヌ大聖堂で《《一度目》》の戴冠式を挙行した。ランスでおこなう伝統的な戴冠式ではないから正統な王としては認められない——という意見も聞くが、当時は戴冠式をやらない君主が結構いた。


 例えば、神聖ローマ帝国の皇帝ジギスムントは、激化するフス戦争に翻弄されて正式な戴冠式をしていない。戦乱の多い時代にはよくあることだ。


 戴冠式をしていないことを理由に、君主をみくびる風潮もある。

 だが、荒廃する国土と民衆を放ったらかして、自身の権威を高めるパフォーマンスを重視する君主がはたして善政を敷くだろうか。


 19歳から26歳までの七年間、ランスでの戴冠式よりも実務を優先していたことを私は後悔していない。


 ならば、二度目の戴冠式に意味はなかったのか?

 もちろんそんなことはない。





 1429年7月17日、ランスのノートルダム大聖堂にて、フランス王国ヴァロワ王朝第五代国王シャルル七世の《《二度目》》の戴冠式が挙行された。一度目の戴冠式が戦時下における臨時の式典だとしたら、今回は伝統的かつ正統な戴冠式——聖別式だ。


 式典は早朝から始まる。まず、「天使から授かった聖油」を保管するサンレミ修道院へ使者を派遣し、ノートルダム大聖堂に運んで主祭壇に安置する。聖油の守り手となったのは、ブサック元帥、ジル・ド・レ伯爵、グラヴィル卿、キュラウト卿の四人だ。


 ランスは一応、敵方の領地でもあるので、式典を妨害するために聖油が奪われないとも限らない。フランス軍の中でも実力のある者を選抜した。

 聖油が持ち込まれた大聖堂は、四人の守り手によって厳重に守られ、たとえ聖歌隊の一員であっても近づくことはできない。


 やがて、十二使徒を模した立会人の貴族とともに、国王がノートルダム大聖堂に連れてこられる。


 大聖堂の周りには群衆が集まっていた。


(あいつは……)


 見知った顔が見えたような気がして一瞬どきりとしたが、私情は後回しだ。私はファサードに降り立つと、敬虔な気持ちでゴシック様式の大聖堂を見上げた。13世紀に建造されたが、イングランドによる包囲戦で南側の鐘塔が未完成のままだ。


 大聖堂に入ると、ランス大司教ルニョー・ド・シャルトルと助祭二人が祭壇の前で王の到着を待っている。なお、助祭といっても下級司祭ではなく、ラオンとシャロンから来た司教だ。


 裾の長いマントを大侍従に整えてもらいながら、厳かに身廊を進んでいく。


 立会人の一人、ジャンヌ・ラ・ピュセルが白い軍旗を掲げながら固唾を飲んで見守っていた。この日のために新調した服は、なじみのある男装で、鮮やかな緑色にも鳶色がかった枯葉色にも見える。絹によく似た刺草(いらくさ)織りだ。


(そんなに緊張しなくても大丈夫だ。なにせ、戴冠式は二度目だからね)


 式典と関係ない言葉を発するわけにいかず、私はジャンヌの眼前を通り過ぎながら、かすかに口角を上げてうなずいた。私よりもジャンヌのほうがよっぽど緊張しているように見えたから、少しでも安心させたかった。


 祭壇の前でひざをつくと、助祭を従えた大司教が、王家に臣従するすべての教会を代表して王に言葉をかける。


「私たちは、あなたがキリスト教徒一人ひとりと教会に対し、正統な特権を有し、公正な法と正義を行使することを認めます。そして、王が各司教座と教会を守ってくださるようお願い申し上げます」


 私は膝をつき、頭を伏せたまま「約束します」と答える。

 すると、助祭が近づいてきて、私の両手を取って立たせると、大聖堂にいる立会人と周囲を取り囲む群衆に向かって「新たな王」を披露しながら問いかける。


「彼を王として認めますか」


 立会人たちが「私たちは彼を王として認めます」と承認すると、群衆たちも大きな歓声で応えた。しばらくして静寂が訪れると、大司教は聖書を差し出した。


 私は聖書の上に手を置き、立会人と群衆に聞こえるように大きな声で宣誓する。


「イエス・キリストの名において、私に臣従するキリスト教徒に約束します」


 誓いの言葉をつむいでいる間に、これから儀式で身につける装飾品と法衣が祭壇に並べられた。


「第一に、キリスト教徒と教会のために、常に真の平和を守ります。すべての略奪と不正な行為を防ぎます。すべての裁きにおいて正義と慈悲が守られるようにし、寛容と慈悲である神が、人々に恩寵を注いでくださるように導きます。今、私が述べたすべてのことを、ここに誓い、確認します。神とその聖なる福音書に助力を求めます」


 宣誓が終わると、私は膝をついて祈りを捧げ、その間に着ていたローブを脱がされていく。ランスの大司教が、聖油を載せた器を手にして近づき、


「父と子と聖霊の名において、私はこの聖なる油であなたがたの王を奉献します」


 右手の親指で聖油を取ると、私の額に塗りつけた。

 二人の助祭が、王が身につけている「長袖の肌着」と「袖なしの下着」の開口部を開いて肌をあらわにさせる。大司教が私の胸に、額につけたものと同じしるしをつけ、さらにそれを鎖骨の中央、右肩、左肩、そして両腕の関節へと、繰り返し聖油を塗った。


 ラテン語の聖歌に包まれながら、王の法衣が整えられ、最後に大司教の手によって王冠を載せられると、ひときわ大きな歓声が響き渡った。


「国王陛下、万歳!」

「シャルル七世陛下、万歳!」


 ジャンヌが泣きそうな表情で、白い軍旗を力いっぱい振り回しているのが見えた。群衆は口々に祝いの言葉を叫び、兵士たちはホルンを吹き鳴らし、鐘楼はありったけの鐘を鳴らして聖別式の挙行が成功したことを知らしめた。


 聖別式の裏事情を明かすと、「紅玉の王冠」と「宝剣ジョワユーズ」が欠けている不完全な状態だったが、ランスの大司教は悪びれることなくこう言った。


「シャルル七世陛下ただお一人のために、神によって作られた王冠をご用意いたしました」


 そんなことをしていいのかと、私の方がためらう。

 しかし、よく考えてみれば、この聖油の言い伝え「新たな王が即位するときに、神の奇跡によって小瓶の中に聖油が満たされる」もずいぶん怪しい。王が即位するたびに、人の手で注ぎ足しているのかも知れず、そうだとしたら大司教が「神が作った王冠」などと平然ととぼけるも理解できる。聖職者は意外としたたかだ。


 私の頭上で輝いている真新しい王冠。

 製作者が神であろうと人であろうと、どちらでもいい。

 込められた想いに敬意を表したい。


「私ひとりではここまで成し遂げられなかった。みんな、ありがとう」


 手をあげて、群衆の歓声に応えた。


 私ほど王位に就くことを疑問視され、拒絶された王はいないだろう。

 だが同時に、私ほど王位に就くことを強く望まれた王もいないのではないか。



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