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7番目のシャルル、聖女と亡霊の声  作者: しんの(C.Clarté)
第九章〈二度目の戴冠式〉編

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9.15 ジャンヌの町歩き(3)買い物

 私とイングランド兵の論戦は分が悪いと思ったのだろう。

 捕虜はジャンヌに泣きついた。


「聖女さま! どうか、私を見捨てないでください!!」

「大丈夫よ、絶対に取り返してやるんだから!」


 ジャンヌが叫ぶと、野次が飛んできた。


「やれるもんならやってみろ!」

「そんなに助けたいなら貴様が人質になれよ!」

「そりゃあいい、若い女の方がいろいろ楽しめるしな!」


 いつのまにか退却準備中のイングランド兵が集まっていた。


「あまり大事にしたくないんだけどなぁ」


 ここでも注目の的はジャンヌ・ラ・ピュセルだ。

 私は目立たないのをいいことに、ざっと視線をめぐらせた。


 これまでに何度も修羅場をくぐってきたせいだろうか、流血や殺人に発展するときは独特の空気感——異様な熱狂または地獄の蓋がひらくような——があるものだが、今のところ危うさは感じられない。見物人は品の悪い連中だが殺気立った様子はなく、娯楽感覚で喧嘩を見に来たようだ。


 そもそも、無血開城と退却をあっさり合意したことから推測して、トロワの駐屯兵は戦闘経験が少なく、平穏に暮らしていたのかもしれない。


「駐屯兵諸君の言い分はもっともだ。捕虜がいる可能性を考えずに、『人質解放』を条件に含めなかったのは私の落ち度だ」


 イングランド兵たちが「あいつは何を言ってるんだ?」と言いたそうに顔を見合わせる。


「そこで、捕虜の(あるじ)である貴殿に、改めて交渉を持ちかけたい」

「はあ? さっきからてめえは何なんだ?」

「いや、ちょうど私の金づるが来たものだから」


 野次馬の背後から、大侍従ラ・トレモイユとアランソン公がやってきた。


「身代金を払えばいいのだろう? 言い値で買おう」


 数日前に、ラ・トレモイユはサンフロランタンの町で多額の軍資金を受け取っている。トロワでも同様だった。行軍のどさくさに紛れて独り占めするつもりだったようだが、いい機会だから、今この場で引きずり出してやる。


 正義の怒りに燃えていたジャンヌは、私の言葉を聞くと、みるみる表情が柔らかくなり、さらにアランソン公を見つけると弾むように飛びついた。


「アランソン公! 美しい公爵さま!」

「わあ、ジャンヌ! どうしたんだい。私を待っていたのかい?」

「あたし、買って欲しいものがあります」

「えっ?」

「何でも買ってくれるって言ってましたよね?」


 こうして私たちは、一兵卒の身代金としては少々多すぎる金額で捕虜を買い取った。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 解放された捕虜は感激にむせび泣き、その一方で、捕虜の(あるじ)だったイングランド兵は、


「毎度あり〜! 俺、フランスそんなに嫌いじゃないよ!」


 身代金をがっぽり手に入れると態度を一変させ、「フランス軍は気前がいい」と褒めちぎりながら、ほくほく顔でトロワの町から出て行った。


 捕虜は身代金が見込める「財産」かもしれないが、いつ支払われるかも知れず、人質の腕力しだいで逆襲される危険と隣り合わせだ。早めに利益を確定させて手放したい。そういう考えもあるのだろう。





 平穏な一夜が明け、英気を養ったフランス軍はトロワを去り、ランスに向かって行軍を再開した。道すがら、ところどころで豆の群生地を見つけて、私をはじめ「修道士リシャールの豆まき」の話を知っている者はずいぶん勇気づけられた。


 オーブ川を渡ってレトリーの村へ、さらにシャロンの町に到着した。


 トロワの町が近隣に手紙を送りまくっていたおかげで、包囲戦と無血開城までのいきさつが広まっており、行軍を開始した当初の不安がうそのように、どの町も好意的に迎え入れてくれた。


 次は、いよいよこの行軍の最終目的地、歴代フランス王が戴冠式をおこなってきたランスの町だ。


(※)トロワで、イングランド軍に捕まっていた人質を見つけたジャンヌの行動と、シャルル七世がそのことを知って駆けつけ、身代金を支払ったという話は、アナトール・フランスの著書に書かれている史実をもとにしています。


のちに、ジャンヌ・ダルクが捕らわれたときに、シャルル七世が身代金を払わなかった(=ケチ!)という不名誉な話が知れ渡っているので、今回のようなエピソードを拾って書いておきたかったんです……!


予想よりも長くなってしまいましたが、私は満足した!!

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